05 疑惑と沐浴

 まさかの、まさかだった。

 こんなにあっさり許してもらえるとは思っていなくて。

 こんなにあっさり住むことを許可してもらえるとは思わなくて。


 ハッとして、私は私の体を抱きかかえた。


「ま、まさか。体目当てだったのね!?」


「ハハハ。面白い冗談だな。それはそのぼさぼさの髪と臭う体をどうにかしてから言うんだな」


「え゛っ」


 そう糾弾きゅうだんすれば、鋭い反撃が返ってきて、私に突き刺さった。

 く、臭い……?私が?


 すると、彼はやれやれ、と肩をすくめると、私の方を指さした。

 いや、正確には……肩の辺り?


「俺は見ないでおいてやるから、わきにおいでみろ。絶対酷いぞ」


「………う゛っ」


 半信半疑で、彼が後ろを向いた後、恐る恐る言われた通りにしてみると、酷い刺激臭と湿った臭いが鼻をついた。

 そんな、毎日水浴びだけは欠かさなかったのに!


 そう思った後で私は、知りたくなかった真実に気付いてしまった。


「まさか……ずっと?」


「……まぁな。隠しても仕方ないから言うけど」


「そんな……もうどこにもとつげませんわ」


 私は先ほどとは違う意味で体を抱きしめた。

 こんな、こんな酷い臭いを年下とはいえ、異性に嗅がれるなんて……ああ、恥ずかしい。そう思って、気持ち、彼から後ずさりした。


 すると彼は不思議な提案をしてきた。


「まぁ、そう言うな。俺もまぁまぁ臭うからな。今は。そうなることを見越して、風呂を作ってたんだ。この火の魔石があればすぐ完成するから」


「……風呂、ですか?」


 私は、その、フロというものが分からず、首を傾げた。




 風呂を知らないってどういうことだ?

 この世界の人間は身体を洗わないのか?


 そんなことを思いながら、いや、でもさっきは自分の臭いにショックを受けてたもんな、と思い出す。

 それとも何か、生活魔法的なやつで浄化、とかやるんだろうか。

 ……ありそうだな。


 と思いながら、後は火の魔石だけ、という風呂場へと移動し、それぞれセットする。それから……今日はこれも必要そうだ、と第三の魔石を取り出した。


 名を浄化の魔石、という。

 これは水の魔石を大量に作ると出来る副産物だ。


 どうも、純度の高いものに多く含まれている魔素のようで、湖で水の魔石を大量に作ると、10個に1個ぐらいの割合で発生するのだ。

 ちなみに大きさは他の魔石と同じ、1cmぐらいだ。


 こいつのスゴいところは、どんなものでもこれ一つで綺麗にできる、ということだ。あ、正確には魔力もいるけどな。


 だから、例えばたっぷりの水にこの魔石を使えば一発で安全に飲めるようになるし、この魔石を蛇口などの水の魔石と合わせて使うことで、なんと、浄化の力がついた水が発生するのだ。


 これはつまり、その水を手や体に掛ければ、いわゆる生活魔法の浄化、のように、手や体の汚れが一発で取れるというわけだな!


 では、なぜ、そんな魔石を使おうとしていなかったのか、だが。



 いや、俺はね。スローライフをしたいの。

 キャンプで言うグランピングをしたいわけじゃないの。


 全部便利になっちゃったら面白くないじゃん。と、そういうことだ。

 風呂は体を洗うために入るからいいのだ。

 風呂入る前に身体が綺麗になっちゃうのはなんか違うだろ。と、そう思うんだ。


 だから、出ししみしていた。


 でも今は汗でべっとべとな上、汚れを積載したお嬢様に加え、なんと石鹸せっけんが無い。


 こうなってくると、不便のままじゃ追っつかない。ということで使用を解禁したというわけだな。

 ここで我慢したらストレスがすごい。明日に響くことはしたくない。

 と、そういうことだ。自分ルールだからそんなもんだよ。うん。


 

 そういうわけなので、今日だけは風呂に浄化の魔石を設置することにした。

 次につける時はたぶん、風呂掃除のときか、同じぐらいべったべたに汚れた時だな。その頃には石鹸が出来てると思うけど、石鹸じゃ太刀打たちうちできなくなったらまた使うと思う。

 もっとも、そんな汚れるって何事だって話なんだけど。


「さてと……お湯を沸かして、と」


 俺から入ってもいいが、ここは先ほどのお嬢様からだろう。

 あんだけ気にしてたんだし、先に入ってもらおう。


 ちなみにだが、浄化の力のこもった水は汚れることが無い。

 ずっと綺麗なまんまだから、残り湯がどうのみたいな話は無いし、汚れが浮くみたいなことも無い。実に衛生的だ。うむうむ。


 だからと言って、再利用するのはなんか気がひけるから、排水溝は湖まで引いて湖に流すけどな。

 大量の水に流すと浄化力が希釈きしゃくされるっぽいから、処理にも便利だ。湖万歳!


「おぉい。風呂沸いたぞ!」


 そう言って彼女を呼ぶと、随分と離れたところから、返事が返ってきた。

 いつのまにあんなに離れたんだ。そんなに臭いがショックだったのか?


 ……まぁ、女の子には色々あるんだろう。そう思うことにして、手振りで風呂場に入るように誘導して、俺はさっさと退散することにした。


 浄化の魔石を使って適当に浄化してもいいが、今日はなんか風呂に入りたい気分なんだ。だから待つぞ。更衣室の前で。


 いや、これはこれでなんか変態っぽいな。

 まぁいいか。別に誰も見てないし。


 風呂の中からヘルプされるかもしれないしな!



 彼に呼ばれていくと、何やら部屋の方を指さしていたので、そちらへと向かってみる。するとそこは、いくつかのかごが置いてある空間だった。

 その奥には扉があり、まだ奥に部屋があることを示唆しさしている。


「ここで何をするのですか?」


 そう、部屋の外に向かってたずねると。


「服を脱いで入るんだよ」


 と、若干くぐもった声が返ってきた。

 えっと、それはつまり。

 

湯浴ゆあみ場ですの?」


「まぁ、そんな感じだ」


 それならそうと言ってくれればいいのに。

 そう思って、私はいそいそと服を脱いで、籠へと入れる。


 この服も随分とボロボロになってしまった。

 少しでも動きやすい服を、と思って着て来たものだったのに、これでも動きづらかったことを思い出す。


 その所為せいで色々な所に引っ掛けてしまって、もう直すのも難しいぐらい破けてしまっている。幸いにも、下着や肌が見えるほどではないけれど。

 ………くんくん。


「う゛っ」


 ……湯浴みはできても、この服はどうにもできそうにない。

 それなら、裸を彼の前にさらす……?ま、まさか。それをねらって!


「……あの、服は」


「……あー、その問題があったか。とりあえず、俺の服を貸すからそれで我慢してくれ」


「あ、ありがとうございます」


 少しでも疑った数秒前の私をはたきたい。

 彼がそんなことをするはずないのに。

 と、いつの間にか、彼のことを信用している自分に気が付いて、自嘲じちょうした。


 安い女。とそう思って、私は扉を開けた。


***


ランキング順位が6つ上昇して2840位になってました。

ありがとうございます。これからも精進します。

次回、ラッキースケベ回です。お楽しみに。

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