04 接触と食事

「あの、氷はご入用いりようでしょうか」


 と、そう言われた時。俺は一度スルーしようとして、んん?となった。

 ちょっとなんて言ったか分からなかったんだ。


 何しろ火の魔石3連チャンで疲れてたからな。


 だが、その言葉の意味に気が付いた時、俺は思わずお願いしていた。


「い、いいのか!?よろしくお願いします!」


「ふふ、いいですよ。ただ、少々お待ちを」


 そう言うと、彼女は湖へと歩いて行き、何かむにゃむにゃと唱えた後、その一帯を凍らせたのだ。

 俺が初めて目にした魔法だった。


 いや、俺のは違うよ。モドキだから。


 彼女は身に着けていたらしいナイフでそれを割り、両手に抱えて……

 いやいやいや!


「そこで!そこでいい。俺が行くから!」


 流石にそれは冷たいだろうと思って、俺がそっちに行くことにした。




「……ひかえ目に言って最高だぜ」


「ご満足いただけて何よりですわ」


 私は安堵していた。数多の伝説の前には、私の魔法など、と思っていたけれど、彼は喜んでくれたようで良かった。

 今は、水の魔石から水を注いだコップに、その水で作った氷を浮かべ、私がアイスフィールド氷原で凍らせた巨大な氷の傍で涼んでいる。


 彼は私にも氷入りの水が入ったコップを手渡してくれた。

 ……久しぶりに美味しい水を飲んだ気がする。


 私がコップを見つめて黙り込んでいると、彼の方が話しかけてくれた。


「いやぁ、助かったよ。氷の魔石はまだ作ってなかったからなぁ」


「いえ、お役に立てたならば」


「その口調もう止めない?もう敵対してないし、こういうことしてくれたってことは少なくとも友好的ってことだろ?俺はただの村人だし、そういうのはいいって」


「あ、えっと」


 そう言われて思わず口ごもる。ただの村人というのは何かの冗談だろうか。

 それとも身分をいつわってここにいるということ?と色々考えていると。


「あー、仲良くしたくなかったり?」


「いえっ!そういうわけではっ!」


 と答えてしまってから、少し後悔した。図々ずうずうしくも屋敷に住まわせてほしい、などと思っているがために、だ。けれど。


「分かるぜ、って俺が言っても説得力ないだろうけど、相当苦労したんだろ。そりゃそうだよな。何日も何日も頑張ってマイハウス……あー、自分の家建てたってのに、すぐその隣にこんなの建っちゃったらなぁ。俺でもキレるわ」


「……ぁ」


 少し前までの気持ちを全て見透かされたような気さえして、恥ずかしくなる。

 それを隠したくて、私は言い重ねた。


「で、でも、醜い嫉妬しっとでした。私は自己中心的で、とてもではないですけれど、立派な人間とは言えませんでしたわ」


「そこまで自覚してんなら俺から言うことは何もないよ。大体、それを言えば、俺だって立派な人間とは言えないしな……」


 そう言って、神妙な顔で黙り込んだ彼は、少しして表情をやわらげた。


「いや、でも話が通じるやつで良かったぜ。最悪敵対も覚悟してたんだ」


「それを言えば、私も安堵あんどしました。敵対なんてしていたら間違いなく負けていましたから」


 すると、彼は意外そうな顔をして謙遜けんそんして見せた。


「そうか?結構すごい魔法使ってるから五分五分だと思うけどなぁ」


「そんなまさか。御冗談を」


 そもそも無詠唱の時点で私の負けは見えている。どう考えてもそこで差がつくとしか思えなかった。




「あぁ、そうそう。自己紹介を忘れてたな。俺はオーン。村人だから苗字は無い」


 取って付けたようにそう言うと、彼女は丁寧に礼をしてこう言った。


「私は……アナンタ。ただのアナンタですわ」


「それを言えば俺もただの村人だからな。いい加減敬語は止めてくれ」

 

 いや、絶対ワケありだろ、とは思うものの、それを言っちゃうと一生口調直してくれ無さそうだから言わない。


 それに、なんかへりくだられてる感じがして気分が悪いんだよ。

 ゴマ擦ってる気は無いんだろうが、前世を思い出して嫌な気分になる。

 

「そうは言いましても、あのお屋敷のあるじではないですか」


「いや、あれは俺んちであって、別に貴族じゃない」


 そう言うと疑いの目を向けられた。

 いや、貴族が自分で家を建てるかよ。と、そう言えば。


「……そこまで言うのでしたら……、分かったわ。これでいい?」


「ああ、そっちの方が断然いい」


「……そう」


 と、どうにか納得してもらえた。

 いや、これは納得じゃないか。

 どっちかと言うと、譲歩じょうほされた気がするな。まぁいいや。


 とにかく今は風呂だ風呂。


 氷のお陰で汗は引いたけど、今度はベトベトだ。

 さっさと温かいお湯に入って寝たい。

 日もかたむいてきたしな。と思ったところで腹が鳴った。


 そういえば飯も食べ損ねてたのを思い出した。

 すると。


「あっ……木の実がまだ少しあるんだけど、食べる?」


「それ美味うまいの?」


「……いや、あんまり」


 あんまりらしい。じゃあ焼き魚でいいや。

 正直もう火は見たくないが、疲れを引きずると良くないのでスタミナがつくものを食わなきゃな。早めに野菜が欲しいぜ。


「じゃあ、魚食ってくか?」


「えっ……いいの?」


「ただの焼き魚だけどな」


「いえ、その、いただくわ。ずっと木の実しか食べてないから」


 いや、よくぞまぁ、それで生き延びられたなと思う。

 ちから出ないだろうそんなんじゃ。


 そう思いながら、いつものように漁をして、いつものように焚火して、今日は少し多めに魚を焼いた。


 涙目で焼き魚を頬張っている彼女を見て、俺はほんのり優しい気持ちになった。

 それを眺めながら、そういえばと思う。


「追われてはないんだよな?」


「振り切ったはずよ。もうここに来てだいぶつもの」


「そうか。それならいいんだ」


 これだけは確認を取っておきたかったんだ。

 こうやって助けておいて死にました。いなくなりました。じゃ後味悪いからな。


「この後、どうするんだ?」


「どう、って何?」


「やることはあるのかってことだ」


「それは……」


 何かあるのか、目が泳ぐ。いや、これは何か迷っている感じだな。

 口を開いては閉じている。何か言いたいことでもあるのか?


「まぁ、言ってみろよ」


「あの、ここに住まわせてもらえませんか?」


「いいよ」


「そうですわよね。こんな小汚い小娘……えっ」


 そんなにもあっさり許可出したのが以外か?

 彼女は驚いた表情でぱくぱくと口を開けたり閉じたりしている。

 

 実に漫画的だな。典型的な驚愕きょうがくの表情をありがとう。

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