アナンタの章 ~隣に屋敷が!?~

01 激昂の遭遇

 アナンタ・ユール・シクヴァスはかつて天才と呼ばれていた。

 それが今は見る影も無い。

 ところどころが破けたボロボロのドレスに、薄汚れた肌と金髪。

 ただ、目だけは当時の生気を失わず生き生きとしているアンバランスな少女。


 彼女は突如、苦労して作った自宅の横に現れた豪邸を見て、あんぐりと口を開けていた。ここ数日は、家の中の内装をどうにか改善しようと夢中になっていたから、家の外に出ても上の空なことが多かったからか。

 それともときたま目に入るそれをまぼろしか何かと勘違いしていたのか。


 それは明らかに家であった。

 それも、ただの家ではない。豪邸だった。とにかく大きい。


 色が薄茶色一色というのが不自然ではあったものの、人が住む場所を家と呼ぶなら、それは家に違いなかった。

 口をぽっかりと開けたまま、彼女は視線を自宅へと向け、もう一度、豪邸を見上げた。そして、ゆっくりと時間をかけて、もう一往復した後で。


「な……なんなのよ……」


 彼女はやっとの思いでそれだけを口に出すことに成功した。

 数日前にはこんなものは無かった。つまり、ここ数日でこれが出来上がったということだ。

 彼女が幻を見ている、あるいは見ていたということで無ければ。


「な、な……なんなのよッ!一体ッ!」


 次に彼女の口から飛び出してきたのはいきどおりだった。あり得ないと思うと同時、ふざけるなと思う。

 なにせ、彼女は数か月を掛けて自宅を作ったのだ。数か月だ。

 数か月もかかってやっと目の前の掘っ立て小屋モドキを建てたというのに。

 

 あれは……なんだ。


 窓がある。扉がある。実に3階建てであり、ささやかながら装飾もされた壁。

 一周回っても張りぼてなどではない。それはれっきとした家屋であった。


 正しく言えば豪邸。彼女はかつてこんな、いや、これよりはきちんとした豪邸に住んでいたわけだが。

 そう、つまり、この家は彼女にこそ相応ふさわしいはずだった。


 彼女がこの湖のほとりみついてから数か月。何度も後悔したし、何度も考え無しな自分を呪った。

 それでも試行錯誤の末に自分の家を。ささやかな自分の家を建てたのだ。


 それが、どうした。これは、なんだ。


 彼女は怒りのあまり卒倒しそうだった。


 それでも、そう、ひとかけらでも、彼女に理性が残っていたのは幸いだったのだろう。

 彼女は内心ブチギレそうでも、礼儀正しく正面からドアを叩いてたずねたのだから。


 果たしてそこから現れたのは……。


 彼女より背は高いが、顔つきはまだ幼さの残る、年下に見える青年だった。




 さて飯でも食うかと思っていた矢先。

 ドンドンとドアを叩く音が聞こえた。

 

 来客とは珍しい、と思いつつ、何となく察した俺はそのドアを薄く開いた。


「はぁ、どちらさんで?」


 そう言ってドアを開けた先には、みすぼらしい格好の女の子がいた。

 髪はぼさぼさ、服はボロボロ、ほんのりとえた臭いもする。そんで視線が強かった。

 まぁたぶん。というか確実に例の掘っ立て小屋のあるじなのだろう。


 個人的には犯罪者か何かだと思って警戒していたわけだが、中身は少し洗えば中の美少女が出てきそうな外見のお嬢様っぽい子と来た。ちょっと予想外だ。

 時々、掘っ立て小屋の方から視線を感じたので、誰かいるんだろうことは分かっていたが、まさかこんな子が住んでいるとは思いもしなかった。


 何となく怒る理由を察しつつ様子をうかがうと、彼女はこっちに一歩踏み出して口を開いた。

 近い。そんで臭う。


「あなた、この家に住んでるの?」

「そうだけど、何」

「ふぅん」


 そう言って彼女はじろじろとこっちを見てくる。

 なんかめんどくさそうな雰囲気になってきた。今にも文句を言いそうだ。


 そう思った俺は、じゃ、用事があるんで、と言ってドアを閉めた。

 飯は後回しにしようそうしよう。

 飽きてたしちょっとばかり時間がズレてもいいか。


 そう思った直後。


 ドンドンドンとドアを叩く音がした。さっきより強めだ。

 俺は一瞬無視しようかと思ったものの、余計にめんどくさくなる気がして、

渋々ドアを開けた。


「あの、なんすか」

「この家、わたくしによこしなさ


 俺は彼女の最後にかぶるようにしてドアを閉め、浮動の魔素を使って境目にメンテ用に用意しておいた土を塗り固めて、堅実のルカナを使い、ドアを一枚の板にしてやった。

 つまり、ごろし。押しても引いても開かないってことだ。


 当然のごとく、もと扉、げん板を叩く音が聞こえるが無視することにした。

 

 ああいうのは関わらないに限る。ちょっと可哀かわいそうではあるが。

 あのまま話を聞いてると、こっちが可哀そうな状態になりそうな気がしたんだ。


 俺はスローライフがしたい。厄介ごとはお呼びではないということだ。うん。

 そう自分を納得させた。



 その後は、急に風呂を作る必要性を感じて風呂作りに没頭。


 1階の湖に近い側に、床を上げる形で防水用に固めた堅実のルカナを使いタイル状の土の床を敷き、その上に土の浴槽を置き、お湯を注ぐ場所を作った。

 ここが小さいとお湯を張るのにかなり時間がかかる程度には少し大きめに作ったので、かなり幅を広くし、お湯を作るタンクと併設することにした。


 例によって俺の魔石は効率が良いから、火の魔石となるとその火力も高くなってしまう。だから、一度に沸かすお湯の量を増やし、それを使い切るために大きめの浴槽を用意し、その注ぎ口もかなり広くしてやった。


 というのは建前で、一度これぐらいのびのびと入れる風呂を作ってみたかったんだ。


 何しろ、前世はともかく、こっちに生まれてからは初風呂だ。

 村には風呂なんかなかったからな。精々井戸水で体を拭くぐらいだった。

 ……これ以上思い出したくないので思考を戻す。


 それに、蛇口のときにも思ったが、こっちの体は前世と比べても大きめだ。

 だから、前世の感覚で作るとはみ出ると思った結果、今後の成長も考えて大きめに作った。これなら息を止めて潜っても全身優に入る、はずだ。

 俺が将来3m越えみたいな巨人にならなければな。


 ……いや、フラグじゃないからな?


 銭湯みたいに出続けるタイプじゃないけど、ソロなら何も問題ないし、一般開放するつもりも無いからいいだろう。ちなみに水だけで試したところ、入れきるまでにかかった時間はたった5分だった。これならお湯を沸かしても精々10分程度だろう。

 かなり早い方だ。満足だ。


***

ヒロインちゃん登場ですが、まさかの放置。

ここから2視点になります。視点が変わる時は3行空きますので目安にどうぞ。

主人公の章より少し長めです。

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