中学の卒業式に女子に告白された話

@karupa00

中学の卒業式に女子に告白された話

中学の卒業式の日、女子に告白された。

「付き合ってください」と言われた訳ではないから、厳密にいうと告白ではないのかもしれないが、なんらかの感情を打ち明けられたという意味では「告白」というイベントだったと見なして差し支えないと思う。

卒業式が終わった後、私は所属していた剣道部の部室に行き、卒業する部員や後輩たちとしゃべったりしていた。別れの挨拶が一通り済んだのでそろそろ帰ろうかと思っていたその時、「先輩、すみません」と呼び止められた。

振り向くと二年の部員のHさんがいた。

「何?」と返事すると、Hさんはうつむき加減で非常にか細い声で「ちょっと、よろしいでしょうか」と言う。

意図がわからずぼんやりしていると、Hさんの隣にいたやはり二年のGさんが

「ちょっとEちゃん(Hさんの名前)が先輩に用があるので、一緒に外に行ってもらっていいでしょうか」

とハキハキ言った。

もし私が男なら、ここでピーンと「もしや告白?」と思ったことだろう。あるいはここが女子校なら、鈍い私でも相手の素振りからなんらかの意図を察しただろう。しかし私は女であり、さらに今いるのは普通の公立の共学校だった。なので私はそういった可能性にまったく思い至らず、「剣道とか勉強の相談かな?」とのんきに考えていた。

Hさん、というかほぼGさんに誘導され、着いたのは体育館の裏だった。コテコテの告白スポットやな、と今思い返すとつい笑みがこぼれる。しかし当時の私は「なんで部室で話せえへんのかな? 机も椅子もあるのに」とアホみたいなことを考えながら突っ立っていた。

Hさん(+隣のGさん)と私は向かい合い、そして長い沈黙が訪れた。

Hさんが全然しゃべらない。うつむいて、心なしか震えている。

Hさんどうしたんかな、ひょっとして知らないうちに私がHさんに何か悪いことをしてしまっていて、それを訴えたいんやろうか、と心配になってきたその時、Hさんの頬を水滴が伝っていることに気づいた。

泣いている。

対面している人が泣き出したら、人は大抵焦る。理由がわからないならなおさらだ。

「ど、どうしたの」

と私がオロオロしていると、Hさんがようやく口を開いた。

「私……あの……N先輩に、あ、憧れていて」

「えっ? あ、はい」

「剣道が強くて、頭がよくて、優しくて、かっこよくて、ずっと……ずっと、好きでした……」

ここにきて鈍さの東洋チャンピオンたる私も、事態をようやく飲み込むことができた。

私、告白されとる。

パニックが一気にドッと襲いかかってきた。

告白されとる……女子に……

…………………………

頭の中はキレイさっぱり真っ白だった。

「それで……私……」

「えっ? あっ、はい」

Hさんの声で現実に引き戻される。

Hさんはぼろぼろと涙をこぼし、言葉がうまく出てこないようだった。頭の中は相変わらずパニックではあったが、彼女の懸命に気持ちを言葉にしようとする態度に心打たれ、私はHさんを見守った。

わが校の剣道部は比較的大所帯だったのだが、うちの代とその下の代は特に部員が多く、その中でHさんは目立たない存在だった。剣道の腕は可もなく不可もなく、公式試合の選手に選抜されたことはない。それでも部活の態度は真面目そのもので、地道に頑張ってるなあという印象の人だった。日々の練習で稽古をつけたりはしていたが、特段仲がいいというほどではなく、部活を引退した後はほとんど付き合いはなかった。そんなHさんがこのようなことを打ち明けてこようとは、まったく思いもよらなかった。

「私……あの……」

「うん」

「先輩との……思い出がほしくって……」

「うん。…………はい?」

思い出?

思い出ってなんやろう。どういうことをすれば思い出になるんや?

漫画とかで「思い出がほしい」という台詞が出ると、その後は大抵センセーショナルな展開になる。とんでもないことを要求されたら、どうしたらええんや? 経験値が全然ないから、どうしたらええんか全然わからん。

ありとあらゆる想像がーーしかし若さゆえの解像度の低い想像が脳裏を駆け巡り、脇に一気にドッと汗が吹き出た。

Hさんがしゃくり上げる。Gさんが「頑張って!」と言いながらHさんの背をさすった。Gさん、私だって大変なんや、私だって励ましてほしい、と八つ当たり気味に恨めしくなった。

Hさんが呼吸を整え、口を開く。

「……一緒に写真を、撮ってもらえませんか」

「…………。写真?」

「はい。先輩とツーショットで、写真を」

…………。そっか。写真かー。

ホッとしたような、拍子抜けしたような複雑な心境だった。

断る理由はないので快諾した。写真はGさんが撮ってくれた。泣きじゃくるHさんとピースサインの私という、なんとも不思議なショットだった。

写真撮影が終わった後、Hさんがやはり泣きながら「高校に行っても頑張ってください」と言ってくれた。わたしは礼を言い、「Hさんも頑張って。剣道部のこと頼んだで」などとしょうもないことを言い残し、逃げるようにその場を後にした。

卒業後、Hさんに会うことは結局二度となかった。



あれから三十年余りの年月が経ち、私はごく普通に結婚し、子どもを産み、ごく普通のおばさんになった。

普段は忙しくしていて、昔のことなど完全に忘れているが、時折ふとHさんのことを思い出す。

あれはいったいなんだったんだろう。

あんなに号泣するほど私のことを大切に思ってくれて、でも「付き合ってください」という言葉はなかった。

恋愛というよりは尊敬とか憧憬とか、もしくは今でいう「推し」という感覚に近かったのではなかろうか。

Hさんは私のことを誉めちぎってくれたが、私はHさんが思っているほど素敵な人間ではなかった。確かに剣道はそこそこ強く、勉強もそこそこできたが、それは要領がよく大抵のことはそこそこできるというだけの話で、突出したものは何もない典型的な器用貧乏なだけなのだ。まあまあ背が高く、男顔なので男子のように見えたのかもしれないが、趣味は編み物だし、根は気弱で泣き虫だし、ついでにいうならだらしなくて部屋は汚部屋寸前だし、憧れられる要素なんてどこにもない人間なのだ。

それでも、Hさんは私が持っているいくつかの要素を組み合わせ、彼女にとっての理想を見出だしてくれたのかもしれない。

今となっては、たとえ虚像でも私のことを大切に思ってくれてありがとう、という感謝の気持ちしかない。

Hさんが今どうしているかはわからない。それでも、彼女の人生に幸多かれと今も願っている。

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