第30話 誰が純愛主義者だ
「――そんで、お二人さん。水族館デートはいかがだったかな?」
「デートじゃない。楽しかったけど」
「また行きたいって話してた」
授業の合間のお昼時、俺と莉世、黛の三人は大学の食堂で昼食をとっていた。
うちの学食は品数もそれなりにあって、安さの割に美味い。
学生の味方だからか、お昼時は席がほとんど埋まるくらい込み合っている。
それでも弁当を作った方が安いから利用するのは稀だけど、たまにはこういうのも大学生っぽくていい。
そんなお昼時に黛が出してきた話題は案の定、というべきか、先日の水族館のこと。
チケットをペアで渡したのだから、俺たち二人が揃って行くのは自明の理。
まして俺と莉世が同居していることも知っている黛なら、そうなるのが自然とすら思っていそうだ。
不承不承ながらもチケットを譲ってもらった恩の分は正直に答えたら「そりゃなにより」とケラケラ笑いながらカレーライスを頬張った。
「でも、本当に貰ってよかったのか? 予約するくらい行きたかったんじゃ」
「いやさぁ、本当は彼女と行く予定だったのよ。でも、急に気分変わった! とかで行先変更。どこ行ったと思う?」
俺にデートスポットなんて聞かれても困るんだが。
「映画とか?」
「ハズレ。正解はナイトプール。お陰様で水着のお姉さま方を拝んできましたとも」
「……まゆ、彼女と行ったんじゃないの?」
「そうだよ? だから『他の女ばっかり見てないでこっち見なさいよ』ってビンタ貰った」
「自業自得だな」
「まあ、その後は二人で楽しく夜の一時を……ってやつよ。それくらいのツンなんて可愛いもんだろ?」
いや、知らん。
にやけ顔で言われても俺たちは反応に困る。
同性の俺はともかくとして、莉世はもっとだろう……と横顔で表情を盗み見ると、いつもと変わらない表情で天津飯を口へ運んでいた。
前からそうだけど、莉世は意外とこういう話に耐性があるよなあ。
……そうじゃなきゃ対価は身体で支払うとか考えないのかもしれないけど。
などと考えながら、俺も塩ラーメンをすする。
この程よい塩気と野菜のシャキシャキ感、やはりちょうどいい。
「てか、三人でどっか行きたくね?」
「どっかって、どこだよ」
「夏も近いし海とかいいじゃん。青い空、白い砂浜、絶え間ない波の音、水着の美女、ナンパ、一夏の思い出……!」
「後半煩悩しかないけど大丈夫か?」
「男子大学生が海行ってやることなんてそんなもんだろ」
「……一応言っておくけど、莉世もいるんだぞ?」
男だけならまだしも……と思いながら莉世の様子を窺うと、まるで嫌な顔一つせずに首を振っていた。
「私は気にしない。そもそも、この歳でそういうことを全く知らない人っているものなの?」
「よっぽどの箱入りお嬢様ならって感じじゃね? それ言ったら琴ちゃんもかなり箱入りっぽく見えるけど」
「全然お嬢様じゃない」
「と、おっしゃっておりますが、ゆっきー殿の見解はいかがでしょうか」
「なんで俺に振るんだ」
「一番間近で生態観察してる人間だろ?」
同居のことを暗に示しているのはわかるけど、言い方は考えて欲しい。
けれど、莉世の家での暮らしを頭の中で思い出しながら考え――
「……ぽんこつぐうたらで気分屋の猫?」
「私が湊に酷い認識を持たれてることはよくわかった」
「否定する意思は?」
「材料としては弱いかもしれない」
大部分は認めると言いながらも、莉世に悪びれた様子はない。
俺としても態度を改めて欲しいわけではないからいいけど。
「うちの大学屈指の美少女をそんな風に呼べるのはゆっきーくらいだろうな」
「名誉のために情報を補填しておくと、迷惑をかけるタイプではないぞ」
「ん。ちゃんと色々手伝ってる」
「共同作業じゃん。夜の方は?」
「未定」
「それは流石にセクハラの領域に片足どころか両足突っ込んでないか? あと、莉世も答えなくていいから」
この場で恥ずかしい思いをしているのは多分俺だけだ。
黛は「まあこいつだしな」みたいな目で俺を見てくるし、莉世も莉世で「ほんとにね」と黛に同調して平然と頷いてるし……いやほんとになんで?
俺がおかしいのか?
一般常識的に考えたらそれはない……はずなんだけど、男子大学生は頭の大半が煩悩に支配されていてもおかしくない年代らしい。
その辺の事情を考慮すると俺が男子大学生としては純粋、ないしヘタレであることは自覚しているつもりだ。
そして莉世も存外にそっち系の知識に抵抗がなく、黛とのそれに平然と答えているため、俺だけが疎外感を覚える結果になっていた。
「こんなのは冗談だって。俺に琴ちゃんをどうこうしようってつもりはない。ま、多少焚きつける意図があったのは認めるけども」
「私もまゆが本気じゃないのはわかってる。口調も目線も嫌な感じはしないから」
「そうそう。俺は彼女を愛する純愛主義者だぞ? 人の女は取らないって」
「誰が純愛主義者だ鏡を見てから言え。それと、何度も言うけど莉世は彼女とかじゃ――」
否定の言葉を遮ったのは、莉世のスマホから鳴った着信音。
「非通知? 誰だろ」
「大体詐欺じゃね? 時たまちゃんとしたところからの電話だけど」
「……一応出てみる」
「怪しかったらすぐ切るんだぞ」
莉世が通話を繋ぎ、受け応える声を隣で聞きながら箸を進めていると、
「……え?」
心底からの困惑を秘めた声が、静かながらも響いた。
みるみる蒼白に染まる莉世の顔色。
何度か受け答えをした後に通話を切るも、呆然としたまま動けずにいた。
「――莉世、何があった」
驚かせないように尋ねると、ぎこちなくこっちへ振り向いて。
「…………お父さんが、車に轢かれて搬送されたって」
未だ現実を受け止め切れていないと一目でわかる声音で、そう言った。
―――
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