第23話 ぐうたらって言いたいの?

 莉世から過去の話や家出の経緯を聞いても俺たちの関係性は変わらなかった。

 そもそも、そんな話を聞いて俺が莉世を追い出せるはずもなく、同居生活は意外にも平穏に続いている。


「――ここが撮影で使うスタジオみたい」


 週末、俺は莉世と一緒に某所の撮影スタジオへ来ていた。

 今日は莉世が引き受けたモデルの仕事に付き添うことになっている。


 元々入っていたバイトは店長に相談したら快く休みの許可を出してくれた。


 だから気兼ねなく莉世に付き合えるわけだけど……。


「……本当に俺がいてもいいの?」

「構わない。許可も取ってある。それに……」

「それに?」

「……なんでもない。行こ」


 いつもより口数少なく会話を区切り、スタジオへ入っていく莉世。

 緊張しているのかな? と思いながら俺も後に続いて中へ。


 受付で入場許可証を二人分貰い、待合室まで案内してもらう。


 すると、待合室の中で待っていた若い女性がこちらを見て微笑んだ。


 見た目としては二十台前半くらい。

 パンツスーツが似合う、バリバリのキャリアウーマンっぽい雰囲気だ。


「莉世ちゃん、よく来てくれたわね。こうして顔を合わせるのは久しぶりかしら。モデルの仕事も受けてくれて嬉しいわ」

「久しぶり、澪さん。湊、この人がマネージャーの水無瀬澪さん」

「紹介ありがとね。――それで、キミが噂の彼氏くんっ?」


 ……俺が噂の彼氏?


 目をキラキラさせながら聞いてくる水無瀬さんには悪いけど、事実無根の疑いはちゃんと否定させてもらおう。


「……初めまして、幸村湊です。あと、俺は莉世の彼氏じゃないので」

「普通に名前呼びしてるのに?」

「友達なら名前呼びくらいは普通にします」

「えー? こんなところに男連れなんて、彼氏ですって言いふらしてるのと同じじゃない?」

「少なくとも俺と莉世は本当に付き合ってません」

「私たちは友達。仲がいいだけ」


 莉世も話を合わせてくれたことで水無瀬さんが訝しげに俺たちを見て、笑った。


「二人が恋人じゃないのは恋愛脳的には残念だけど、莉世ちゃんはキミ……幸村くんのことを信用していそうだからよしとしておくわ」

「はあ……」

「それより仕事の話をしましょ」


 パン、と一度手を叩いただけで、水無瀬さんの表情が真面目なものへ変わる。

 仕事モードってことだろうか。


「今日の目的は莉世ちゃんの撮影ね。まずはアーティストさんにメイクをしてもらって、その後に撮影の衣装に着替えてもらうわ。莉世ちゃんがデザインした新作も含めて数着の予定よ。更衣室もちゃんとあるから安心して」

「わかった」

「付き添いの幸村くんは……撮影が始まるまでは莉世ちゃんの話し相手にでもなっていてちょうだい。その方が緊張も紛れるだろうから」


 それからは、すぐさま撮影に向けての準備が進んだ。


 水無瀬さんと入れ替わりでメイク担当の女性がきて、莉世に化粧を施す。

 まるで魔法みたいな手際だ。

 普段も薄く化粧をしているのは知っていたけれど、プロがするそれは一味も二味も違うのか、莉世の印象が可愛いよりも綺麗へと寄っていく。


 髪型も編み込んだり結んだり、色々と手が加えられていた。


「……やっば。可愛すぎ」


 アーティストさんからも思わず感嘆の声が漏れてしまう。

 その気持ちも理解できるくらいの、圧倒的な雰囲気を纏った莉世がいるのだから。


「湊」

「なんだ」

「私、可愛い?」

「……そうやって聞いてくるのが嫌味に思えるくらい可愛いぞ」


 肩を竦めて呆れながら答えると「そっか」と素っ気ない返事があるだけ。

 でも、鏡に映る莉世は薄く笑っていた。


 この無自覚天然ポンコツお姫様はもうちょっと自分の顔に自信を持って欲しい。


 ともかくメイクと髪は整え終わったので、次は着替えだ。

 衣装に着替える莉世と別れ――


「湊も来て」

「……なんで?」

「一番に見せるのは湊がいい」


 袖を軽く引かれ、上目遣いでそんな風に言われれば、断るだけの理由がなかった。

 そのまま二人で更衣室まで向かい、莉世だけが中へ入って仕切りを閉める。


 俺は莉世の着替えを外で待っている間、衣擦れの音が聞こえてきて。


 ぱっと、仕切りが開けられた。


 立っていたのは、例の試作品を纏った莉世だ。

 記憶と違うのは靴や髪飾りなんかの小物も合わせていること。


 でも、着られている雰囲気はなく、全てが莉世を十全に着飾っていた。


 今の莉世には深窓の令嬢という言葉が似合う。


「雰囲気が違って見えるでしょ」

「……かもな。いつもはもうちょっと、ダウナーっぽいかもしれない」

「ぐうたらって言いたいの?」

「否定はしない」


 違うか? と訊いてみれば、莉世は僅かに口先を尖らせならがジト目で俺を見る。

 本人的にも自覚があるらしい。


 とはいえ――莉世がとても可愛いことは、わかりきった話で。


「見て」


 莉世が声を上げ、くるりと一度だけ回る。

 ロングスカートの裾が遠心力で軽く花開き、遅れて白雪の如き長髪がついていく。

 流し目で俺を映し、最後に薄く微笑んだ。


「モデルっぽい?」

「とびきりいい写真が撮れそうだ」

「なら、撮って。予行練習」

「……わかった」


 間違いなくプロが撮るよりは下手だろう。

 莉世もわかっていて、それでも頼まれたのなら断れない。


 なにより……この瞬間の莉世は、とても尊いものに思えて仕方なかった。


 スマホを取り出し、カメラを起動。

 見切れないよう画面に莉世の全体像を映し、シャッターを切る。


「見せて」

「……っ」


 隣へ寄ってきた莉世の気配に動揺しつつも、一緒にスマホの画面を覗き込む。


 素人が撮ったにしては手振れもなく、くっきりと莉世の姿が映っていた。


「上手く撮れてるけど、もう一枚撮らない? 今度は二人で」


 ……まあ、ツーショットくらいは友達同士でもギリギリするか。

 自分を納得させて「いいよ」と答え、内カメラに切り替えて莉世も映るように調節。


 ぎこちない表情の俺と、すまし顔の莉世。


「湊、表情硬い」

「写真って昔から得意じゃなくてさ。莉世は……莉世らしいな」

「表情が薄いのは自覚してる」

「……でも、結構笑ってる気がするぞ?」

「そう?」


 日常の合間で見せる笑みは無自覚だったのか。


 それすらも、莉世と泊める前までのことを考えると大きな進歩なのだろうか。


「それより、写真」

「そうだな」


 笑顔のことを気にしたのか、おもむろにピースを作る莉世に内心苦笑しながらシャッターを切る。


 この一枚は……他の人には見せられないな。


「完璧。後で私にも送って欲しい」

「もちろん」


 忘れるつもりはないけど、手間がかからないから先に莉世へ写真を送る。


 莉世のスマホがピロンと通知を告げて、


「ありがと。準備も出来たし、スタジオ行こ」


 すたすたと歩いていく莉世。


 でも……緊張してるんだろうなあ。


「莉世」

「なに?」

「スタジオ、多分真逆だよ」

「…………間違いは誰にでもある」

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