第24話 恋愛コンプレックス的な何かを抱えていたりするんです?

 緊張のせいか歩くのすらぎこちない莉世を連れてスタジオに到着すると、撮影に向けての準備が多数のスタッフの手でせわしなく進められていた。

 グリーンバックにアンティーク風のソファー、ティーセットなどの、服装とマッチしそうな家具がいくつか並んでいる。


 他にも光源の調整や絶えず指示を出す声が飛び交っていて、プロの現場なんだと肌で感じ取った。


 そんな中で全体指揮を執っていた水無瀬さんが俺たちに気づき、手招きしながら寄って来る。


「来たわね、二人とも。それにしても……莉世ちゃんは本当に可愛いわね。モデルの仕事も受けてくれてよかったわ。これなら話題沸騰間違いなしよ」


 水無瀬さんが親指を立てながら本気かどうかもわからないことを口にする。

 けれど、莉世は小首を傾げるばかり。

 スタジオに来たことでイメージが鮮明になったのかもしれない。


「でも、緊張してるみたいね。初めてだから仕方ないわ。アタシから出来るアドバイスは肩の力を抜いて深呼吸と、楽しいことを考えるくらいかしら」

「肩の力を抜く。深呼吸。楽しいこと……」

「……大丈夫ですかね、莉世」

「お仕事的にはやってもらわないと困るけど、莉世ちゃんの顔面の良さがあれば多少のことはどうにでもなるわ。なるべくいい写真を撮りたいのは本当だけど。雑誌の売り上げにも関わってくるし。話していたら気も紛れるんじゃない?」


 適当な、と思うけど、それくらいしか俺に出来ることはない。

 付き添いでいるだけの置物よりは気が楽だ。


「莉世。俺に出来ることはないか」


 試しに聞いてみると、顎のあたりに手を当てながら考えて。


「……じゃあ、肩揉んで」

「肩の力を抜くのとは関係ないと思うんだけど……?」

「なら、手でもいい。安心するから」


 代替案とばかりに差し出されたのは莉世の右手。

 日焼けを知らない白さの、俺より一回りは小さな手のひら。

 細い指に節はなく、容易く折れてしまいそうなそれが、目の前に。


 莉世のこれに、決して深い意味はない。

 緊張を紛らわすのに、誰かと触れ合っていた方がいいのも感覚的には理解できる。


 けど、この場でそれをするのは、とても注目を集めると言いますか。

 なんならもう、水無瀬さんが俺たちにロックオンしている。

 しかも邪魔するつもりはないですよと言わんばかりに満面の笑みを浮かべながらちょっと距離を開けていて、思わず頬が引き攣ってしまう。


 完全に傍観の姿勢を崩しませんよ、という確固たる意志を感じる。


 ……余計なお世話だと言いたいものの、それはそれで恥ずかしい。

 手を揉むより恥ずかしいことは余裕であったと思うけどさ?


「……ダメ?」


 それはそれとして、だ。

 俺は頼まれると、まず断れない。


 だからお人好しの擬人化だとか、好き勝手呼ばれるのだろう。


 そんな俺が莉世からの頼みを断われるわけもなく。


「わかった。優しくするつもりだけど、痛かったら教えてくれ」

「大丈夫、湊は優しいから」


 ……絶妙に引っかかる言い方は気にせず、莉世の手をそっと取る。


 でも、手を揉むってどうやったらいいんだ?

 とりあえず指の先から手のひらにかけてを指の腹で押すことに。


 ふにふに、ふにふに。

 触れるのが癖になる感触だけど、無心でそれを揉み続ける。


「ちょっとくすぐったい」

「やめた方がいい?」

「続けて。思ってたより和む」


 和むって……莉世の気分的には猫にでも踏まれているようなものなのか?


 嫌じゃないならいいかともう片方の手も揉み解していたところで、莉世から「ありがと」と終わりが告げられた。


「楽になった。リラックスしすぎてちょっと眠いかも」

「……撮影中に居眠りするなよ?」

「流石にしない。帰ってから寝る」

「そうしてくれ」

「湊も帰ったら手、揉まれてみる?」

「……いや、いい」

「残念」


 ちょっと魅力的な提案に思えたけど断ったら、莉世が目に見えてしゅんとしてしまった。

 え、なに、そんなにしたかったの?

 まさかここまで気を落とされるとは思っていなかったため、少しだけ動じてしまう。


 ……手を揉まれるくらいならスキンシップってことでギリギリセーフか?


「…………まあ、どうしてもって言うなら好きなだけ揉んでくれ」

「ん。頑張る」


 こんなこと頑張らなくていいからね?


 呆れながらため息をつけば、タイミングを見計らったかのように水無瀬さんが莉世を呼びに来た。


「莉世ちゃん、撮影始めるわよ」

「わかった」

「幸村くんもこっち来て。アタシのとこにいたら変にちょっかい出されることもないだろうから」

「あー……はい」


 完全に部外者で付き添いの俺がうろちょろするのは良くない。

 だから現場を仕切っているらしい水無瀬さんの傍にいるのが一番トラブルを遠ざけられる。


 その判断に異論はないけど――


「――なによさっきの莉世ちゃんとのアレ。衆人環視であんなに甘い雰囲気漂わせながらいちゃつくってどうなってるのよ」

「あれは莉世の緊張を解すためであって、いちゃついてたわけじゃないんですけど」

「言い訳無用! あれで付き合ってないとかあり得ないでしょ。早くしないと莉世ちゃん可愛いから取られちゃうわよ?」

「……ほんとにそういうのじゃないので」

「は~~~~これが現代の草食系男子ってわけ?? もはや断食よ断食!! 顔みりゃ好きか嫌いかなんてわかるでしょ!? てかそもそも好きじゃなきゃあんなことさせないってのっ!?」


 いきなり頭を抱えながら悶え始めた水無瀬さん。

 恋愛脳を自称していただけあって、言ってることが漫画とかのそれだ。


 ところどころに理解できる部分がなくもないけど……認めてしまったら莉世との関係が崩れてしまう気がして、見て見ぬふりをしている。


 世間一般の友達って尺度よりは仲がいいのはそうだと思う。

 親友……はちょっと違う。

 同棲でもなければ、彼氏彼女の仲でもない。


 言うなればホームシェアで共同生活をしている相手。

 だから気兼ねなく話せるし、距離感が普通より近いのかも。


 それを知らない水無瀬さんから見たら、俺たちが付き合っていないのはおかしい……と思うのも仕方ないか?


「莉世ちゃんはどうなの? 幸村くんのこと好き?」


 ここでターゲットを切り替えた水無瀬さんが莉世に訊くと、


「好きか嫌いかなら好きだけど」


 一切の迷いなく答えていた。


「……幸村くん、やっぱり脈ありっぽくない?」

「好きにも色々ありますよ。友達としてって意味じゃないですか?」

「らしいけど、莉世ちゃん的には?」

「友達としては当然。人としても好き。すごくいい人。だけど、いい人すぎて心配になる」

「肝心の異性としては?」


 それを本人たちの前で聞くか?

 でも、莉世は考える素振りを見せていて、否応なしに緊張が高まっていく。


「……わからない。でも、湊と一緒にいるのは楽しいから、これからもそうだといいなって思ってる」


 莉世の答えは曖昧なもの。

 けれど、俺からしたら安堵してしまう内容で、ちょっと嬉しい。


「ふーん……莉世ちゃんはそういう感じなんだ。ま、若いうちしか出来ないんだから、精々後悔しないようにね」

「水無瀬さんって恋愛コンプレックス的な何かを抱えていたりするんです?」

「誰がいい歳こいて独身の非モテ女だって? あァ゛!?」

「そこまでは言ってないです」


 お願いだから急に豹変しないで。


「……まあいいわ。撮影を始めましょ。莉世ちゃんはセットで、カメラマンの指示通りにポーズ取ってくれたらいいから」

「ん」

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