第19話 ヘタ……人畜無害だし

「幸村くん。琴朱鷺ちゃんに付き合おうって言われてたけど、結局どうなったの?」


 バイト中、客足がぱったりと途絶えたタイミングで同じくシフトに入っていた宮前先輩が、もう抑えられないとばかりに目を輝かせながら聞いてくる。


 莉世から「付き合う?」と言われた昼食の場では答えを保留していた。

 気軽に、流れで告げられた言葉が本気だとは思わなかったのと、真意を確かめる必要があったから。

 黛と宮前先輩の前で込み入った話をするわけにもいかなかったのも大きい。


 そんなわけで二人は俺が莉世からの告白? の結果は知らないのだ。


「どうなったもなにも、俺が莉……琴朱鷺に釣り合うと思います?」

「男なら釣り合うとか考える前に『こいつは俺の女だ』とかいって有無を言わさずものにするところじゃないの?」


 自分で自分を抱きしめながら、一人で勝ってに「きゃーっ!」などと楽しそうに盛り上がる宮前先輩。

 やっぱりこの人、美人なのは認めるけど残念なんだよなぁ。


「俺がそういう俺様系じゃないの知ってますよね。宮前先輩の趣味では?」

「……趣味なのは! 認めるけど!! それくらいの気概を持つべきだと言いたいの!!!!」

「宮前先輩、お願いなので悪い男にだけは引っかからないでくださいね」

「男を見る目がないって言いたいのっ!?」

「それもありますけど宮前先輩って全体的に、その……残念なので」

「残念っ!?」


 余程「残念」判定がショックだったのか、よろよろと壁にもたれて顔を手で覆った。

 わーん、わーん、と泣き真似までしているあたり、余裕そうに見えなくもない。


 ……流石に残念は言い過ぎか?

 でも、初対面でも好みのタイプを見つけるとすぐ飲みに誘って、飲み過ぎて痴態を見せて引かれるまでがテンプレだし。


 だから恋人は出来ないし、付き合おうという話まで関係性が進まない。


「……てことはさ、まだ幸村くんはフリーなわけだ」


 ぱっと顔から手を退けた宮前先輩は、やっぱり泣いてなんかいなかった。


「別に誰とも付き合う気はないですよ」

「えー? 大学生だよ? 人生の夏休みだよ!? 今恋愛しないと社会に出てからじゃ遅いんだよ!?」


 宮前先輩が本気で驚いた風に声を上げる。


 言いたいこと自体はよくわかるつもりだ。

 大学生は最後の、時間に余裕がある時期。

 しかも同年代とちょい上か下ばかりの環境で、同じような考えの異性が多いため、恋人を作る場としてはこれ以上がない。


 卒業後、社会に出ればこうはいかない。

 毎日のように労働に勤しみ、その隙間で恋人を探すのは至難の業だろう。


 しかも大学生であっても四年になれば就活や卒論で忙しくなり、恋愛どころではなくなる。


 だから今の内に恋愛を――という理屈自体はわかるけど。


「悪い見本が近くに二人もいるせいか、本当に気が進まなくて」

「……まさかそれ、わたしも入ってる?」

「そりゃもう、バリバリに」


 俺の周囲にいる人で恋愛強者と言えば間違いなく黛の名前が挙がる。

 常に二人以上の彼女がいて、セフレも別にいて、なのに他の女性からアプローチをかけられるような男は黛以外に知らない。

 ……まあ、他にそうそういてたまるかという思いはあるけど、それはそれ。


 そして、残念だのなんだのと言ってはいるが、宮前先輩も相当な美人である。

 男をものに出来ていない原因と思しき酒癖の悪さを直せれば彼氏なんてすぐ出来そうだけど……それが出来たら苦労しないという話なのかもしれない。


「うう……わたしって三年生じゃん? 今年が終わったらもう就活と卒論で恋愛どころじゃないんだよ?」

「だったら相応の振舞いってものがあると思うんですけど」

「お酒はいらないと緊張して話せないし……」

「その割に俺には遠慮がないじゃないですか」

「だって後輩だし、泥酔した帰りに送ってもらっても手を出してこないヘタ……人畜無害だし」

「今ヘタレって言おうとしました?」


 聞き返しても「なんでもなーい」と肩を竦めながら笑って誤魔化される。


 ヘタレなのは間違っていないけど、人畜無害って表現はどうだろう。

 やっぱり俺は男として認識されていないんじゃないか?


「幸村くんには来年もあるからいいね。しかも琴朱鷺ちゃんみたいなすごく可愛い女の子がいてさ。絶対幸村くんのこと好きだよあの子」

「……それはどうですかね?」


 莉世が俺へ抱いている好意は異性へのそれではないと思う。

 友人的な親愛や情があるのは、莉世の変化を見ていたら嫌でもわかる。


 嫌われていたら泊まる場所が必要だとしても、こんなに長く居座ったりはしない。


 それくらいはわかってる。

 だから勘違いをしてはいけない。


「好きじゃなきゃ冗談でも人前で付き合うかなんて聞かないよ。あれって多分、わたしに対する牽制の意味もあったと思う」

「……なんのために?」

「わたしが幸村くんを狙ってると思ったんじゃない?」

「実際狙ってるんです?」

「本人に聞くのってどうかと思うなあ」


 ……それはそうだ。


「これでも思わせぶりな態度を取ってる自覚はあったけど」

「俺が誤解したらどうするつもりだったんです?」

「それはそれでいいかなーって。幸村くんって目立たないけどかなりの優良物件じゃない? 家事万能で仕事もできて、勉強で困ってるって話も聞かない。何よりダメなところを見せてもなんだかんだで見捨てないし」

「色々とお世話になってますからね」


 俺の大学生活が無事に軌道に乗ったのは宮前先輩のお陰だ。

 その恩を忘れるつもりはない。


 ……かけられた迷惑も忘れないけど。


「幸村くんは口ではなんて言ってても、困ったときは助けてくれるって安心感があるんだよね」

「だからってあてにされても困りますよ。手を伸ばせる範囲には限度がありますし」

「……見捨てるって選択肢がすぐ出てこないあたり、本当にお人好しだよね」


 呆れられている気はしたけど、お人好しなのは自覚症状アリだから否定できない。


 これはもう何年も前……下手したら物心ついた頃からの持病みたいなものだ。


「誰彼構わず助けてたら手が回らなくなるよ?」

「大丈夫ですよ。昔ならいざ知らず、今は自分の限界をよくわかってるつもりなので」

「ならいいけど……困ったときは頼りになる先輩に相談してね?」


 ぱちり、とウィンクを飛ばしてくる宮前先輩。

 こういうところが残念なのに、一体いつ気づいてくれるんだろう。


 そんな思考を愛想笑いでコーティングし「そうします」と答えると、なぜか「絶対だよ?」と念押しされてしまった。

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