第15話 マスコットみたいでちょうどいいだろ?

「……湊。私、やっぱり変? いつもよりすごく見られてる」


 小雨が傘を打ち、さあさあと控えめな雨音が響く外。

 大学の敷地に入るなり、琴朱鷺は俺の身体に隠れながら後をついてくる。


 いつもは人目なんて気にせず、平然と俺の隣を歩くようになった琴朱鷺がこうなっているのには理由があった。


 今日の琴朱鷺が着ている服は、いつもの清楚系ではなく可愛さを前面に押し出したロリータファッション。

 これも自分でデザインした服らしい。


 大学では『白雪姫』なんて呼ばれたりもする琴朱鷺だが、今日の格好は御伽噺の世界から飛び出してきたお姫様みたいなものだ。

 服装に合わせたのか、髪も編み込みなんかのアレンジをしている。


 それなりに浮く系統の服装ながら、琴朱鷺に似合っていないかと聞かれれば全く別の話。


 だからなのか、すれ違う人から向けられる視線の量が目に見えて多い。


「見られてるのは琴朱鷺が可愛いからだろうな」

「…………本当に?」

「こんなつまらない嘘つかないって。心配なら他の人にでも聞いてみるか?」


 返答は「似合ってる」か「可愛い」が大半を占めると思うけど。


 しばし考え「湊がそう言うならいい」とすっぱり気持ちを切り替え、一限が行われる講義室へ。


 もう数分で授業が始まる講義室は出席する生徒が粗方席を埋めている。

 ざわざわと雑多な話し声が満ちていた講義室に琴朱鷺が現れるなり、声量が何段階か落ち着いた気がした。


 男女問わず視線が琴朱鷺へ注がれているものの、近くにいる俺としては嫌な雰囲気は感じない。

 というのも、まばらながら「可愛い」「めっちゃ似合ってる」とかの呟きが耳に入っていたからだろうか。


 だけど、それは当事者じゃない俺に余裕があるからで……好意的とはいえ多数の感情と視線に晒される琴朱鷺は違った。


 表情自体はあまり変わっていないものの、動きがぎこちない。

 親とはぐれた迷子の子どもみたいに不安げな眼差し。


「琴朱鷺」


 それが見ていられなくて名前を呼ぶと、驚いたのか肩を少しだけ跳ねさせながら琴朱鷺が振り返った。


「……湊?」

「大丈夫だから席に着こう」


 どうしようかと迷った末に、琴朱鷺の手を軽く握って引く。

 向かう先は含み笑いを浮かべながらも講義室の後方で手招く友人、黛のところ。

 講義が同じときは三人並んで座るのが常になっていたので、今日も俺たちの席を取っていてくれたのだろう。


 俺の家に泊まり込むようになってから、琴朱鷺も同じ講義の時は近くに座るようになった。

 友達同士なら普通のことでも、これまで誰も寄せ付けなかった琴朱鷺の変化は簡単に周りも認識する。


 講義室の一番後ろなのは黛が熱心な受講者ではないからだけど、視線に晒されにくくなるからありがたい。


「朝から手繋ぎを見せつけるなんてお熱いねぇ」

「そういうのじゃない」


 軽口には付き合わず一蹴すると、黛の視線は当然のように琴朱鷺へ。


「それより琴ちゃん、その服どしたの? めっちゃ可愛いじゃん。ロリィタ系っていうんだっけ。昔の彼女が好きでよくそういうの着てたなぁ」


 何の抵抗もなく褒めが出てくるあたり、流石モテる男は違うなと思ってしまう。

 しかもちょっと詳しい理由が元カノの趣味だからってところも解釈一致だ。


「……まゆから見て、私の格好は変じゃない?」

「可愛い以外に言うことある? てか、それを言うのはゆっきーの仕事だと思うんだよなー」

「何回も言ってるけど、どうにも自信がないみたいで」

「もったいねえなあ。その格好で街歩いてたらモデルとかにスカウトされててもおかしくないだろ」

「されたことはあるけど断ってる」


 されたことはあるのかよ。


「まあ、話を戻すけどよ。琴ちゃんはゆっきーが嘘をつくと思うか?」

「悪意のある嘘はつかないと思う」

「そのゆっきーが似合う、可愛いって言ってるんだから信じてやれよ。友達なんだろ?」


 なんて言って、白い歯を見せながら笑う。


 黛は人をその気にさせるのが上手い。

 感情論に見えて、ある程度の論理が伴っているから信じようと思える。


 詐欺師みたいな手口だと思う反面、俺には言えない言葉だとも思ってしまう。


「もし俺に背中を押されるのが癪だって思うならゆっきーに頼んでみればいい。きっとノリノリで何回でも言ってくれるはずだぜ?」

「最後は俺に丸投げかよ」

「当たり前だろ? 俺には愛する彼女が何人もいるし、なにより人の女に唾つけるのは行儀が悪い」


 平然と二股三股しておきながら何言ってるんだこいつ。

 あと、琴朱鷺を人の女とか言うな。


 俺と琴朱鷺はあくまで友人。

 色々あって連日泊っているだけの、友人だ。


 琴朱鷺と、改めて顔を合わせる。

 どこか理解が追いついていなさそうな碧い瞳が俺を映していて。


「……まあ、なんだ。俺が可愛いとか似合ってるとか褒めて琴朱鷺が納得できるならいくらでも言う」

「だってさ。遠慮なんてしなくていいぜ? なんたってゆっきーはお人好しが擬人化した姿だからな」

「適当なこと言うな。なんだよお人好しの擬人化って」

「マスコットみたいでちょうどいいだろ?」


 こうやって黛が俺を揶揄っているのも琴朱鷺に気楽な雰囲気へ流されて欲しいから。

 そのやりとりが功を奏したのか、硬くなっていた琴朱鷺の表情が綻ぶ。


「……ありがと。二人を見てたら迷ってるのが馬鹿らしくなってきた」

「琴朱鷺の気持ちが晴れたならなによりだ。まあ、迷うのが悪いとは思わないけど」

「ゆっきーの言う通り。大学生は人生のモラトリアム……最後の夏休みだぜ? 好きなだけ迷って、好きなだけ間違って、好きなように色々やってみたらいいんじゃねーの?」

「間違いすぎて彼女さんに刺されたら笑ってやるからな」

「心配してくれないのかよ」

「自業自得なのに心配されると思うな」


 正論パンチをかましてやればお決まりのように「ひっでぇ」と笑う。


 そうしている間に講義が始まる時間になっていたらしく、教授が入って来るなり流れるように授業が始まるのだった。

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