第16話 付き合う?

「湊、お昼食べに行こ」


 授業が終わって昼休みに入るなり、隣に座っていた琴朱鷺が俺の袖を軽く引く。

 やや上目遣いの碧い瞳が俺を映していて、なんとも言えない感情が湧き上がる。


 これは多分、あれだ。


「ゆっきー」

「なんだ?」

「お姫さん、すっかりゆっきーに懐いてんじゃん」

「言うな……わかってるから…………」


 薄っすらわかっていたことを黛からも告げられてしまう。

 友人的な関係より懐かれているって表現の方が似つかわしい。


 本当に猫っぽくなってきたな。


 そんなことを思いながら苦笑すると、琴朱鷺は小首を傾げてきょとんとするばかり。


「てかさ、俺もついていっていい?」

「まゆなら、いい」

「うっし、琴ちゃんの許可も出たしゆっきーも飯行くか。こんな可愛い子が昼から一緒で気分いいから俺のおごりだ」

「あのなあ……いや、いいか」


 言いたいことがなくもなかったが、昼休みは割と短い。


 他の人からの背中を刺すような視線に堪えながら講義室を出ようとして、スマホが着信を告げた。


「ゆっきー、デートの誘いがきてるぞ?」

「そんな相手はいない」


 などと返しつつ着信の相手を確認すると宮前先輩だった。

 こんな時間にどうしたのだろう。

 バイトのシフトを変わって欲しいとかの話なら電話じゃなくてもいいはず。


 ……何か緊急なのかと思い通話を繋ぐ。


「もしもし、どうかしましたか?」

『よかったら一緒にお昼どうかなって。もちろん私のおごりだよ?』


 どうやら昼食のお誘いだったらしい。

 しかもおごり……タダ飯だ。


 宮前先輩からの誘いは珍しいことではない。

 月に何度かある……のだが、その目的は俺に色々な愚痴を聞いてもらうこと。


 それも慣れてしまえばどうということはなく、ほぼ断ったことがないけど……今日は残念なことに先約がある。

 申し訳ないけどまた後日ってことに――いや、待てよ?


「……黛。一人増えても大丈夫か?」

「美人美女なら大歓迎。野郎は回れ右だ」

「例のバイト先の先輩」

「ゆっきー、よくやった」


 黛は満面の笑みでサムズアップ。

 単純と言うか、不純というか……なんにせよ奢ってもらう立場で文句は言わない。


「実はちょうど友達と食べに行くところで、宮前先輩も大丈夫なら来ませんか?」

『いいの? 私がいたら邪魔じゃない?』

「美人なら大歓迎らしいです。飯代もそいつ持ちなので」

『……本当にちゃんとした友達? ヤのつく自営業の関係者とか、怪しい宗教団体の勧誘とか、やたらと高い壺とか売られたりしない?』

「しません。ちょっとアレなところはありますけど、いい奴ですよ」

『……幸村くんがそこまで言うなら大丈夫なのかな。学校前で待ち合わせでいい?』

「わかりました。じゃあまた」


 不覚にも吹き出しそうになったけど、最後まで堪えて通話を切る。


「いやぁ、こんな昼間から美少女と美人を連れて昼飯なんて俺も偉くなったもんだ」

「俺もいるのを忘れてないか?」

「忘れるわけないだろマイフレンド」


 気持ち悪いから肩組むのやめてくれ。



 宮前先輩と合流した俺たちが向かったのはしゃぶしゃぶのチェーン店。

 外食をするのは人に誘われた時くらいだし、しゃぶしゃぶなんて相当久々だ。


 俺の隣に黛、対面に琴朱鷺、その隣に宮前先輩という具合に席に着く。

 黛に奢られ慣れている俺はともかく、琴朱鷺も遠慮するつもりはないのか早速とばかりにメニューを開いていた。


 しかし、初めて黛と顔を合わせる宮前先輩はそうともいかない。


「……ねえ、黛くん。先輩が後輩に奢られるのはちょっと、その……ね?」


 やや照れている風に言い出す姿は俺が知る宮前先輩とは大きく違う。

 その理由は後輩に奢られるから……ではないと思う。


「気にしないでくださいよ。先輩みたいな美人と飯食えるなら安いもんですって。その代わりと言っては何ですけど連絡先とか交換しません? 俺のマブダチがお世話になってるみたいですし」

「誰がマブダチだ」

「違うのか?」

「友達を引き合いに出して連絡先を手に入れようとするような女癖の悪い奴をマブダチと呼ぶのは抵抗感がある」

「確かにド正論だ」


 黛は肩を竦めて見せるも反省するような素振りはない。


「宮前先輩。悪いことは言わないのでこいつはやめておいた方がいいですよ」

「……そんなになの?」

「黛、今付き合ってる彼女の人数は?」

「三日前に一人と別れて二人。セフレは三人。いやぁ、モテ男は辛いねぇ」


 なははと笑う黛に宮前先輩も頬を引きつらせてしまう。


 まさかそんな爛れた関係性の持ち主とは思わなかったのだろう。

 しかし僅かに赤くなった表情を繕い、


「……それってどっちから付き合おうって話になるの?」

「大体相手からっすね。俺って俺を好きな人が好きなタイプなんで」

「…………幸村くん、これが真のモテる人間なんだね」

「刺されても文句言えないですけど」

「だいじょぶだって上手くやってるからさ」


 大半の人は上手くいかないからな?


 黛の恋愛遍歴を聞いていると常識がわからなくなってくる。


「ていうか早く頼もうぜ」

「本当にいいのか? 四人分って相当な金額だぞ?」

「問題ない。これでも色々やってるからよ」


 へらへらと笑う黛が財布をちらつかせる。

 前々から黛の金の出どころがよくわからなかった。


 言わないだけでバイトくらいはしているんだろう。


 この歳でこんなに自由に使える金があるのは少々怪しいが……下手を打つほど黛が馬鹿じゃないのは知っている。

 同時に数人の女性と関係を保ち続けるよりは簡単そうだ。


「というか……ずっと気になっていたんだけど、当然のように琴朱鷺ちゃんもいるんだね」

「湊をお昼に誘ったのは私。そしたらまゆが奢ってくれるって着いてきた」

「そういうことです」

「……もしかしてわたし、邪魔だった?」

「それを言ったら俺も邪魔だな。この二人、最近めちゃくちゃ距離感近くて。なのに付き合ってないって言い張るんだから呆れてるんすよ」


 そんなこと言われても俺と琴朱鷺は本当に付き合っていない。

 ただ、同居している関係で普通の友達よりは距離感が近くなっているだけ。


「幸村くんも隅に置けないなあ。こんな美人の先輩に見向きもしないなんて」

「宮前先輩には色々感謝していますよ? それとは別に異性としての魅力を感じないといいますか、えっと、なんて言ったらいいんですかね」

「変にオブラートに包もうとしなくていいから!」


 それでもこんな風に気を遣わずに話せるくらいには宮前先輩のことを信用している。


 そんな一幕を挟みつつ、やっとのことでメニューへ目を通し――


「湊、私と付き合う?」

「…………はい?」


 何の脈絡もないまま琴朱鷺から告げられた一言で、俺の頭は思考停止した。

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