第12話 お前みたいに爛れた生活を送ってると思うな

「……で、ゆっきーとお姫さんはどんな運命的な出会いをしたので?」


 念のため食堂の人が少ない一角に腰を落ち着けたところで、黛がニマニマと気持ち悪い笑みを浮かべながら聞いてくる。

 完全にゴシップの類いだと思っているのだろう。


 事実、それは否定できないのだが。


 とはいえどこまで話したものか。

 黛を信用していないわけじゃない。


 でも、琴朱鷺と同居しているなんて知られたら――


「色々あって湊の家に泊めてもらってる」

「琴朱鷺っ!?」


 核心的な内容が開幕で飛び出し、慌てて隣に座る琴朱鷺を見た。

 琴朱鷺は当然のことのように一切表情を変えていない。


 一方で黛は顔を伏せながら笑っていた。


 ……これもう実は嘘でした、とか言っても信じてくれないだろうな。

 俺の焦った声でバレてるだろうし。

 あと、琴朱鷺がこんな嘘をつくようにも見えない。


「もしかして言わない方が良かった?」

「……色々誤解を生むだろ」

「納得」


 これで伝わるのにどうして先に言ってしまったのか。


「はーっ、笑った笑った。まさか大穴ついてくるとは思わなかったわ。競馬なら大当たりだったのに、無駄に運使った気分だぜ」

「他人事だからって面白がってるだろ」

「逆に友達がこんな面白いことになってるのに笑わない方が失礼だって」


 面白いこと、か。

 黛の言葉にも一理あるけど、これは事故みたいなもの。


「……言いふらすなよ?」

「それくらいわきまえてるって。人の恋路に水を差すほど暇じゃない」

「そもそも付き合ってすらいない」

「じゃあセフレってこと?」


 あんまりな一言に噴き出しかけた。


 付き合ってもいないのに同居していたら勘違いされてもおかしくないか。


 でも、俺にも琴朱鷺にもそういった意図はない。

 ……琴朱鷺は自分のことを好きにしたらいいと言っていたけど、まさかな。


「なんでそうなる。俺はともかく琴朱鷺にも失礼だろ」

「確かにそうだ。悪いな、お姫さん」

「別にいい。そう思われても仕方ない。あと、琴朱鷺でいい」

「んー……それだとゆっきーと被るから琴ちゃんで。俺のことも好きに呼んでくれ」


 琴朱鷺はしばし考え「じゃあ、まゆで」と呟くと、黛も初めての呼び方だったのかツボに入って笑っていた。


「意外と話してみるとお姫さんって面白いな。んで、セフレじゃないならなんで泊めてたんだ?」

「お前はまず付き合ってもいない男女がセフレでもなきゃ泊まらないって認識を捨ててくれ」

「この歳の男女が泊ってすることなんて一つだろ」

「全員がお前みたいに爛れた生活を送ってると思うな」


 常に彼女が複数存在する人間を基準にされてもこっちが困る。


「琴朱鷺、気を悪くしたなら離れておいた方がいいぞ。黛は見ての通りこうだから」

「大丈夫」

「お姫さんには近づけたくないってか?」

「悪影響になりかねないとは思ってる」

「ひっでぇなあ」


 とはいうものの、黛に傷ついた風な雰囲気はない。

 こんなのはただのじゃれあいだ。

 お互い本気じゃないのは知っている。


 ……多少なりとも悪影響がありそうなのは本当だけど。


 でも、琴朱鷺も琴朱鷺でそういったことを全く知らない箱入りでもなさそうだ。


「話は逸れたけどよ、んじゃなんで泊めてんだ?」


 黛からの問いに一瞬、琴朱鷺へ視線を送る。

 俺は家出が理由としか知らないけど、それを黛に話すかどうかは琴朱鷺次第。


 無言の意図を悟ってくれたらしい琴朱鷺が、


「家出して困ってたところを拾ってもらった」


 意外にも正直に白状した。


 正直すぎるのも考えものだけど、琴朱鷺がそれでいいと判断したなら仕方ない。


「全部納得したわ。確かにやるな、ゆっきーなら」

「そういうことだから疚しいことは一つもない」

「こんな可愛い子が同じ部屋にいて疚しいことが何もないとか男としての機能を疑うところなんだが、お人好し全一のゆっきーだもんなあ。まあいいんじゃねーか? 可愛い捨て猫みたいなもんだろ?」

「私、猫じゃないけど」

「そう思えたらよかったんだけどなあ」


 琴朱鷺が猫っぽいのには賛同するけど、どうあがいても人間だ。

 しかも異性で、ファンクラブが出来ているほど可愛い。


 そんな子が同じ部屋にいては常に神経が過敏になってしまう。


 ……童貞みたいだなって?

 こればかりはすぐ慣れるものじゃないから仕方ないだろ。


「ま、困ったことあったら相談してくれって。対価次第で乗ってやるからさ」

「金取るのかよ」

「金じゃなくてもいいぞ? お姫さんとの赤裸々な日常の話とかでも――」

「断る」


 一度話したら事あるごとにネタにされるのが目に見えている。

 そんなリスクを自分から負おうとは思えない。


「でもま、いいんじゃねーの? お姫さんもゆっきーなら安心だろ」

「正直何も起こらなさ過ぎて困惑してるくらい」

「だってさ」

「……何か起こる方がまずくないか?」

「男子大学生の理性なんて紙切れより薄いだろ?」


 だとしても、最終的に泊めると決めた俺が琴朱鷺に手を出すのは色々違うと思う。


「ほんとゆっきーすげぇわ。俺ならお姫さんくらい可愛い子が泊ってたら耐えれる気がしねぇ」

「……当事者的には冗談じゃないけどな」


 琴朱鷺との距離感が縮まらないことを祈るばかりだ。


 俺は家出して、行き場のない琴朱鷺を一時的に家に置いているだけ。

 いずれは帰ってもらう日が来る。


 それがいつなのかまではわからないけど、なるべく早い方がいい。


 こういうのは後になると気が重くなって行動に移せなくなる。


「おっと、話しすぎたな。そろそろ二限始まるだろ? 行こうぜ」


 黛の一言でそんなに時間が経っていたことを知るや否や、講義に遅れないよう食堂を後にした。

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