第11話 俺にはアンタらの方が悪に見えてしょうがないよ

「――推定有罪、幸村湊。我らが『白雪姫』様と何があったのか洗いざらい吐いてもらうわよ」


 俺は大学に来て早々、目つきのヤバめな男女に囲まれ、あれよあれよという間にどこかのサークルが使っているらしい部屋へ連行された。

 壁一面には『白雪姫』こと琴朱鷺の……しかも角度から考えるに隠し撮りとしか思えない写真がずらりと並んでいる。

 部屋の最奥に飾られている横断幕には『『白雪姫』様ファンクラブ』の文字。


 やはりと言うべきか、俺が琴朱鷺に呼び止められていたことは彼らの耳に入っていたらしい。


 部屋で椅子に座らせられるなり逃げ場を失くすように取り囲まれ、尋問じみた問答をされながら一挙手一投足すら見逃さないような鋭い視線が浴びせられる。

 罪人もこんな気分なのかな、なんて現実逃避をしたくなるくらいには行動の速さに呆れ果てていた。


 ここに来るまでに何度もスマホが着信を伝えてくれていたけど、生憎今は出られそうにない。

 誰か知らないけどすまん。


「……本当に何もない。偶然助けた礼をされただけだ」

「被告、幸村湊を有罪とする」

「お前ら話聞いてたか??」

「黙りなさいッ!! 『白雪姫』様に話しかけられ、あまつさえ私的に密会をしたお前の証言など信ずるに値しないわッ!!」


 叫ぶ一人の女と、それに追随して同調する周りの連中。

 どうやら俺を連れ去ったファンクラブ会員は穏健派ではなく過激派らしい。


 というか俺の言ったことを信じないならなんで俺を連れ去って尋問してるんだ?


 ……あれか、私刑か。

 ファンクラブの俺たちよりぽっと出のお前が琴朱鷺と関わるのは許さん! みたいなそういうやつか?


 とんだ魔女裁判に巻き込まれた。

 速いとこ切り抜けないと講義に遅刻しそうだ。


「我々『白雪姫』様ファンクラブの目的は陰ながら『白雪姫』様をお守りすることッ!! それこそが至上命題であり絶対の規則ッ!!」


 ダンッ、ダンッ、と床を蹴る音が幾つも重なる。

 さながら軍隊のような統率力。

 ちょっとだけ恐怖を覚えたのはここだけの話だ。


「…………我々がどんな思いで『白雪姫』様のファンをしていると思っているの?」

「行き過ぎた執着心から来るストーカー行為?」

「お守りしているの!! 世界の悪意から!! 『白雪姫』様をッ!!」

「俺にはアンタらの方が悪に見えてしょうがないよ」


 平然と人を連行して監禁するのは紛れもなく悪の所業だと思う。

 多分出るとこ出たら俺が勝つぞ?


「そもそも『白雪姫』様と接触するには我々の厳正な審査を潜り抜けなければならず、未だかつて達せたものは一人もいないわッ!」

「なにその無駄極まる審査」

「だけど、お前はその禁を破ったわ。ファンクラブ規則により我々はお前を厳罰に処する必要が――」


 高らかに男が言っている最中、部屋の扉が控えめにノックされた。


「チッ……誰よこの忙しい時に。追い返して来て」

「うぃーっす」


 女の指示で独りのチャラそうな男が扉を開けると、ちらりと白い何かが映り込む。


「ここに湊がいるって聞いた」


 そして、すっかり聞き慣れてしまった声が部屋に響き、俺だけでなく部屋にいた全員の顔が強張った。

 油の切れたブリキ人形のように軋んだ動作で振り返った彼らが目にしたのは白髪の楚々とした少女……もとい、琴朱鷺莉世。


 彼らファンクラブ会員たちが陰ながら守ると掲げている対象、その本人である。


「あー、悪いんだけどさ、ここに幸村湊ってお人好しが人になったみたいなやつ来てない?」


 そしてその後ろから現れたのは悪ガキのように笑う黛。

 ……なんとなく話が読めてきた。


 何らかの理由で俺を探していた琴朱鷺は俺が一番と言っていいほど絡む黛と一緒に捜しに来たんだろう。

 そうでなきゃあの二人の組み合わせはあり得ないと思う。


 来客の対応をしようとした女は固まっていて返事もできない。

 そんな彼に「ちょっと入るよー」と軽い調子で呼びかけて黛がずかずかと部屋に入り、椅子に座らせられた俺と目が合うなりケラケラ笑っていた。


「ゆっきーにこんな趣味があったとは知らなかったぜ。講義をすっぽかして一人だけ椅子に座りながら見下ろす景色はどうだ?」

「金輪際勘弁願いたいね。椅子は硬くて自由も効かないし、出席確認の時間は過ぎてるし、なによりインテリアの趣味が最悪だ」

「散々な目に合ってんなぁ。一ついい知らせを伝えておくと一限は休講だぜ。お互い命拾いしたな」


 そうだったのか全然知らなかった。

 だからこの二人が俺のことを探しに来たのか。


「なあ、ゆっきーへの用件はもう済んだのか?」

「は、あ、えと」

「済んだってよ。帰るぞー」

「やっと解放されるのか。朝から無駄に疲れた」


 椅子から立って部屋を去ろうとする俺を追う者はいない。

 それもそのはず……ここで俺を引き留めれば琴朱鷺からの心象が悪くなる。

 ファンクラブを自称する彼らがそんなことを出来るはずがない。


「黛が俺を探そうとしたのか?」

「んや、あっちのお姫さんだ。講義の時間になっても来ないのはどこかで油を売ってるからだと思っていたが、ファンクラブに拉致られてるとはな。聞き込みしたら一発だったぜ?」

「……まあ、この大所帯は目立つからな」


 二人とも俺を心配して探してくれたのか。


「ありがとな」

「礼はお姫さんに言ってやりな。俺みたいなのを頼ってくるって相当だぞ? マジでどうやってお姫さんを懐柔したんだよ」

「……さあな」


 ここまでしてくれた黛に秘密にするのは心苦しい。

 琴朱鷺と相談して事情の説明くらいはしておきたいな。


「つーわけで、うちのゆっきーがお世話になりましたー。お前らもいい思い出来てんだから文句言うなよー」


 へらへらと黛が告げ、扉を閉める。


「湊、無事だった?」

「怪我とかは全くないな。琴朱鷺が探しに来てくれたんだろ? ありがとう。おかげで助かった。いつまで経っても尋問が終わりそうになかったからな……」

「でもまあ、これであいつらも当分は関わってこないだろ。飴と鞭だ」

「だな。そういう意味でも二人で来てくれてよかった」

「そういえば、あの人たちは何? 部屋に私の写真がいっぱいあったけど」


 非常に困る質問だな。


「ファンクラブだってさ」

「私の?」

「ああ。困ったときに頼れば喜んで手となり脚となり馬車馬の如く働いてくれる連中だ」

「間違った認識を教え込むな。あいつらなら本当に嬉々として琴朱鷺の頼みを遂行しそうだけどさ」


 なんなら笑顔で咽び泣きそうだ。

 この場合はどちらにしても得しかしないから俺が口を出す必要もないだろう。


「ゆっきーは二限あんの?」

「ああ。それまで時間潰さないと」

「私もある」

「仲間外れは俺だけかー。まあいいや、それまでどっかでだべってようぜ。ゆっきーと『白雪姫』がどんな関係なのか俺も知りたいと思ってたところだし」


 薄く笑いながら俺と琴朱鷺を交互に見やる黛。

 その目には「逃がさないからな?」と言いたげな雰囲気が滲んでいて、参ったなと苦笑しながら時間的に空いているはずの食堂へ向かうのだった。

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