第8話 本当に付き合ってないの?
「……やっぱりこの時間のフードコートは混んでるか」
琴朱鷺がランジェリーショップにて下着を買ってきた頃には正午も回っていて、昼食にはちょうどいい時間になっていた。
帰って作るのも面倒だし、それだと結構遅くになってしまうからこっちで食べて帰ろうと思ったけど……失敗だったかな。
そう思いながら空いている席を探してフードコートを歩きながら四方八方へ目を凝らしていると、食べ終わった家族連れが席を離れるのを見つけた。
他の人に座られたら次いつ見つけられるかわからない。
俺は琴朱鷺を連れて空いている席に向かい――
「「あっ」」
椅子を引こうとした手が重なり、女性の声と被る。
……なんか聞き覚えのある声じゃないか?
恐る恐る顔を上げて声の主を確認。
大人びた雰囲気の顔立ちと服装なのに、どことなく快活そうな雰囲気を与えるぱっちりとした目元。
可愛いよりも綺麗系。
琴朱鷺とは対照的に背も高く、胸元の主張も激しい。
そこから意識を逸らせば肩口で揃えたライトブラウンの髪がさらりと揺れていて。
「……宮前先輩じゃないですか」
紛れもなく知り合いであることを認識した。
どうしてこんなところで数少ない知り合いとピンポイントで会うのか。
恨めしい気持ちになりながら口にした言葉に反応して「やっぱり幸村くんだ」と目の前の女性、宮前和葉は笑みを刻んだ。
宮前先輩は一年ほど前に大学の新歓コンパで知り合った女性で、今のバイト先を紹介してくれた人。
「こんなところで幸村くんと会うなんて思わなかった。椅子を引こうとした手が重なるなんて運命かな。結婚する?」
「しません」
冗談めかして軽く放たれたジャブは躱す。
「つれないなあ。というか……もしかしなくてもそっちの子って『白雪姫』!?」
そんな宮前先輩の視線が琴朱鷺へ向き、驚いた声を漏らす。
……まあ、バレるよね。
「湊。この人誰?」
「えーっと……大学の先輩で宮前和葉さん。バイト先の喫茶店を紹介してくれた人」
「そう」
「え……? 『白雪姫』と普通に話してる……? しかも声めっちゃ可愛いなにそれ反則じゃない?」
宮前先輩は困惑しながらも琴朱鷺に対して「可愛い」を連呼し始める。
その気持ちはわかるけど公共の場では控えて欲しい。
なんていうか……率直に言って不審者にしか見えない。
「あの、とりあえず座りません? 他に席も空いてないですし」
「わたしがいてもいいの? てっきり二人でお忍びデートかと思ったんだけど」
「付き合ってるわけじゃないです」
「じゃあなんで彼女なんて作りそうになかった幸村くんがあの『白雪姫』……琴朱鷺ちゃんと一緒にこんなところにいるのかな?」
「偶然ですよ、偶然。買い物しに来たらたまたま琴朱鷺が変なのに絡まれてるのを見つけて、助けたら流れで……」
苦しい言い訳だけど、宮前先輩に真実を知られるわけにはいかない。
悪いけどここでは騙されてもらおう。
琴朱鷺も話を合わせてくれないかとアイコンタクトで祈りを送ると、こくりと小さく頷いてくれた。
こういう意思疎通はちゃんと出来るのはありがたい。
「幸村くんなら納得かな。お人好しだもんね。わたしも助けられた口だし」
「そうなの?」
「その話はお昼を食べながらにしない? わたし、もうお腹ペコペコで」
えへへ、と照れくさそうに笑う宮前先輩。
それもそうかと思い、交互に注文をしてくることに。
数十分もかからないうちに全員が思い思いの昼食を目の前に並べていた。
俺はとり天とかき揚げを乗せた冷たいうどん。
琴朱鷺は意外にもハンバーガーに熱々のポテト、バニラシェイクまで。
宮前先輩は鉄板で焼かれているボリューミーなステーキセット。
……俺が一番軽くない?
「幸村くんそれだけで足りるの?」
「うどんは結構腹に溜まるので。そういう宮前先輩はがっつりですね」
「たまーに食べたくなっちゃうんだよね。分けてあげようか?」
「いや、いいです」
そこまでの気分じゃないんだよね。
コシのある麺を啜る横では琴朱鷺が小さな口を精一杯に使ってハンバーガーを食べ進めている。
小動物みたいで可愛いらしい。
「琴朱鷺はファーストフード好きなのか?」
「……ハンバーガー、ポテト、シェイクのトライアングルは黄金比。湊もポテト食べる?」
言って、琴朱鷺が少し長めのポテトを一本差し出してくる。
……これを食べろと?
……。
…………。
琴朱鷺は単にポテトを俺にくれようとしているだけ。
その方法がまるで食べさせようとしているように見えることを除けば、至って常識的な範囲の行いだ。
なら、貰っても大丈夫……なはず。
俺は意を決してポテトに口を近づけ――
「……うん。やっぱり美味い」
程よい塩気と僅かにしんなりとしたポテトの食感。
熱々でも冷めても美味しいのが凄いところだ。
「湊」
「なんだ?」
「うどんも食べたい」
……え?
俺が理解するよりも先にこちらへ向けて琴朱鷺は口を開けている。
その様子はひな鳥が親鳥から餌を与えられるのを待ちわびているかのようだ。
ていうかなんで俺が食べさせる前提なんだ?
「……食べさせるのは難しいから自分で好きに食べてくれ」
「それもそっか」
「あ、ちょっと待て。新しい箸取ってくるから」
琴朱鷺に俺が使っていた箸を使わせるのはな、と思って席を立とうとしたが、
「気にしない」
お盆に置いていた箸を取る。
身を俺の方に寄せて器から躊躇いなくうどんを口へ運び、何事もなかったかのように咀嚼して呑み込んだ。
……俺の箸、使ったよな?
目の前で見せられた疑いようのない間接キス。
それで頭がいっぱいになった俺の視線は、琴朱鷺の口から嚥下のタイミングに沿って白くほっそりとした首へと流れていく。
「ん、さっぱりしてて美味しい」
「…………」
「箸ありがと」
手元に戻ってくる箸。
…………。
「…………ねえ、幸村くん。『白雪姫』と本当に付き合ってないの? 今のやり取りは完全に――」
「付き合ってません、マジで」
琴朱鷺に声が届かないよう顔を寄せて聞いてきた宮前先輩に真顔で答えると「本当に……?」と心底懐疑的な顔をしながら身体を引いていく。
これは嘘でも冗談でもなく本当だ。
「湊?」
唯一状況を理解していないらしい琴朱鷺が俺の顔を覗きこんできたところで「なんでもない」と強引に誤魔化す。
そして、気にしてたまるかとやけになった俺は、そのまま箸を使ってつゆの染みたかき揚げを頬張った。
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