第13話
取り出された警察手帳を見て、間違いなく本物の警察官であることを理解して何故と言葉が出た。空炉は犯罪に手を染めるような子供ではないとルイフェルは思っていたので、警察が名指しで空炉を呼び出す理由がわからなかった。顔に出ていたのか、一人が説明を始めた。
「最近、連続して放火が起こっていますよね。それについて少し話をお聞きしたくて」
ついにやったか、と声が出そうになるのを必死に押し止めたルイフェルは、二人を応接間へと通した。空炉も呼んだが、空炉自体もなぜ呼ばれているのか分からないようだった。
「最近起きている放火の件なのですが、一週間ほど前に起きた栄都東での火事を覚えていらっしゃいますか」
頷くルイフェルを見てぎこちなく首を縦に振る空炉。もしやあの場にいたのがバレたのではないかと冷汗が流れる。あの場にいることはルイフェルは知らない。知ったらきっと叱られる以上のことが起こるだろう。それがとても怖かった。
「その前日も放火が行われたことは?」
嗚呼、ありましたねといってルイフェルは肯定した。空炉はよかったと内心ほっとしながら同じく肯定した。
「監視カメラの映像で放火犯が路地裏に逃げたことはわかっているのですが、それ以降の足取りが掴めていないのです。で、ここで空炉さんを呼んだ理由なのですが、この映像を見ていただけますか」
そうして出されたタブレットに写っているのは画質の荒い監視カメラの映像であった。そこには見覚えがある影が映っている。空炉は隣にいるルイフェルの顔を見るのが怖くなった。
「映像を見てわかる様に犯人が逃げたと思われる路地裏に入ったのは空炉さんだけなのです。空炉さん、あの日誰かとすれ違いませんでしたか?」
えっと声が小さく漏れ出た。あの日のことを必死に思い出すが、消火されていて残念だったという気持ちしか思い出せない。誰かとすれ違ったような気もすればすれ違っていないような気もする。その数時間後に炎を見てしまったので細かいことは覚えていない。だから、空炉は申し訳ないという気持ちで小さく「覚えていません」と口に出した。
「怪しい人とかも見なかった?」
「……見てないと思います」
「うん。そうかー……」
そう溢しながら、刑事の一人は頭をガシガシとかいた。もう一人の方も困ったように笑っている。空炉の証言が頼みの綱であったのだろう。出していたタブレットや資料を仕舞い、悲しそうに笑って「万が一思い出したら連絡ください」と言って電話番号の書かれた紙を渡して、去っていった。
その背中が見えなくなった瞬間、空炉の隣、ルイフェルから盛大な溜息が吐き出された。先ほどの二人の刑事が飲み込んで我慢していたものをルイフェルは聞こえるように隣に聞かせた。溜息を聞くことで委縮することがあるというが、ルイフェルのそれはまさしく「今私は怒っています」というポーズであった。それを聞いて、空炉は目を逸らしたくなった。だって横に怒っている人がいるのだ。自分は関係ないと目も逸らしたくなる。でも怒っている理由は空炉の行動のせいなので大人しくルイフェルから発せられる言葉を聞くことにした。
「なんで放火を見に行ったりしたんだ」
「それは……魔が差して……」
「魔が差したからと言って犯人も捕まっていないようなところに行くのかお前は」
「はい」
空炉の即答に固まるルイフェル。ルイフェルとしては躊躇ってほしいところだったのだろう。空炉の真っすぐな目が言い間違いでもなんでもなく純粋にそう思ったことを言ったことがわかる。その様子にルイフェルの勢いが削られてしまって、ルイフェルは思わず目線を下げる。
「魔が差したならいいわけじゃない。自分が危ないということは分かってるのか」
「わかってる」
その言葉を口にした瞬間、空炉はやってしまったと思った。いつもならわかってますと敬語で話すところをタメ口で返してしまった。これじゃ子どもが駄々を捏ねてるみたいじゃないかと恥ずかしくなった。
「あのな、わかってると口で言うのは簡単だが実際お前は行ったからわかってないんだよ。そこを理解しろ。犯人がまだ捕まってないってことは周辺にいるかもしれないし、自分に危害が加わるかもしれない。そう考えろ。お前は早死にしたいのか。大げさに考えていると思ってるだろうが、犯罪を犯すやつの思考なんて読めるわけがない。そこのところちゃんと覚えておけ」
「……はい」
でも私と同じだったらどうするの、とは声にできなかった。炎を見たいからといって放火するような人が我慢している自分と同じわけがないとそれ以上の考えをやめたが、それでいいのかとも空炉は思った。理解をやめてしまっていいのかと。でも代案が出て来るわけでもないのでそれでやめた。反省したように見えた空炉を見て不安は残るものの何かを口にすることは無く、退室するようにルイフェルは促した。扉が完全にしまりきって大きく音が鳴ると同時に、報告を行わないといけないと思い出して頭が痛くなった。
「るいさん、るいさん」
舌足らずの柔い声でルイフェルを呼ぶ声がする。ルイフェルが顔を上げるとそこには半開きになった扉を開けようかどうしようかと悩んでいる光の姿があった。ルイフェルと目が合うと光はパッと花が咲くように笑った。その毒気のなさに気が緩んだルイフェルは扉を開けた。
「どうした、光」
光を怖がらせないように屈んで目を合わせる。
「あのね、おやつの……」
それを聞いてルイフェルは時計を見た。時間はいつものおやつの時間より一時間ほど遅れている。思ったより話し込んでしまっていたらしい。それを邪魔しないようにずっと待っていた光に対して申し訳なさと健気さを感じ、光の頭に手を乗せ撫でるルイフェル。光は嬉しいのかにこにこと笑っている。
「遅れてごめんな。いまおやつを出そう。皆を呼んでくれるか」
「うん。わかった」
そう元気よく返事すると、光は廊下を走っていった。ルイフェルの視界の端から消えようとしているとき、光は思い出したかのように足を止めて振り返った。
「あのね、リュウでかけるっていってた!」
「そうか、ありがとうな」
伝えたことに満足したのか光はルイフェルの視界から消えた。出すおやつをどれにするか考えながら、ルイフェルはリュウが光に出かけることを伝えていたことに驚いていた。黙っていなくなることが多かったのに、一つ成長というところだろうか。光の純真さがそうさせるのかもしれない。
******
「夏柳、なにかわかったことはある?」
主人である玲華からの問いに首を振る夏柳。その意味を汲み、黙る玲華に夏柳はなにも声をかけることができなかった。玲華が調べているのはつい先日起きた、放火事件のことだ。警察とは別方向から調査しているが、犯人の影すら掴めていないのが現状だ。防犯カメラにも犯人らしき人が映っていないことを見ると相当な計画犯だろう。犯人が複数いる可能性もあるかもしれないと、また事件当初の周辺の防犯カメラを見直す。その様子にもどかしさを感じながらも、主人のために一つでも情報を得ようと資料を見直す夏柳。そこに一つノック音が響いた。軽い音だ。
「玲華様、リュウ様がお見えになっています。応接間にお通しいたしましたが、如何致しましょう」
玲華は画面から目を離すと、考える素振りを一瞬だけした後、椅子から立ち上がった。
「夏柳はそのまま調査を続けて。環薙はお茶を入れてくれる?」
「はい、かしこまりました」
二人が部屋を出たのを見送って、夏柳はまた画面に向き直った。
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