第12話

 光の歓迎会も無事終わり、皆が光の事を認識し、話しかけるようになっていった。何から何までそこらの子どものように無邪気な光は上手いことなじみ、皆に可愛がられている。

 ただ、やはりというか湊や雪はあまり光と話していないようで、時折光が話しかけようとしては、失敗しているのをルイフェルはたまに見かけていた。 


 テレビに流れるニュースは連日放火のニュースが流れている。同時刻に行われていることから、メディアは同一犯の可能性があると言っている。警察も捜査を続けているが未だ犯人が捕まっていないのが現状だ。放火されている場所はどこも子ども達の通学路にほど近い。早く逮捕されてほしいとルイフェルは願うが、願うだけで犯人が捕まるのならそんなに苦労はしない。せめて巻き込まれないように注意をするか、と思ったルイフェルの脳内に空炉の過去の行動がかけめぐる。確か、数年前の放火事件でも現場に野次馬をしに行ったと聞いている。それを思い出して、思わずため息をついた。空炉には口酸っぱく言っておく必要がありそうだと思って、夕食の買い出しへ行くために冷蔵庫の在庫を確認した。


  そんなルイフェルの心配は他所に空炉は小火騒ぎのあった場所へ足を進めていた。ルイフェルに見つかるかもしれないとは空炉は思っていたが、見つかっても火が見たいという強固な意志の元、足取りは軽やかだった。

 「小火だ!」

 聞こえてきた声に、空炉の胸は高鳴るのを確かに感じた。声の聞こえるほうを進もうと思った空炉だが、足を止める。このまま真っすぐ行けば小火騒ぎまですぐつくだろうが、この道は通学路な上、よく行くスーパーも近い。この道にルイフェルがいないとは限らない。でも、火は見たい。空炉は数秒に渡る葛藤の後、捕まるのは嫌だと思って知らない路地へと足を踏み入れた。喧騒を頼りに勘で足を進めていくが、どの道も同じように見えて、路地に入った事を後悔する空炉であった。なんとか空炉が現場に着いたときは、既に消火された後であった。警察が現場検証を行っているようで立ち入り制限が掛けられていた。苦労して着いたのに無駄だったなと野次馬の後ろから溜息を吐く。ここに居ても、仕方ないと思った空炉は行きよりも遅い足取りで施設へ戻った。

 

 就寝前のほんの少しの時間。空炉にはある楽しみがあった。それはラジオを聴くこと。

 イヤホンを片耳にさして、小さい音を必死に拾う。ルイフェルにこんなことをしているとバレたら、ただじゃすまないのですぐ隠せるように布団を被る。イヤホンから流れるニュースは連日報道されている放火事件のことだった。放火時間は決まって、昼と深夜。そろそろ新しい放火があってもおかしくはない、と不謹慎ながら空炉はワクワクしていた。

 そしてその時は来た。飛び込んできた情報を読み上げるニュースキャスターの声を空炉はニヤニヤしながら聞いていると、耳馴染みのある言葉が流れてきた。どこで聞いたんだっけと考えるが思い出せない。唸りながら必死に思い出していると、サイレンの音が空炉の耳に届いた。サイレンの音は徐々に近づいてくる。現場がこの辺りということだろう。そこでハッと気づく。あの言葉はこの辺りの地区名だということに。じゃあ、結構近いじゃん。もしかして、火、見れちゃうかもしれない。誰かが空炉の耳元でそう囁いた。その甘言を止めるものはいなかった。空炉はその言葉に背を押されるようにベッドから抜け出した。音を立てないように廊下に出るが、何も聞こえない。空炉は足音が鳴らないように細心の注意を払いながら、月明りに照らされた廊下を進む。途中で息を止めていたようで、庭へ続くガラス戸の向こうにサンダルが置かれているのを見て盛大に息を吐いた。慌てて両手で塞ぐが、空炉が予想していた影は来なかった。ホッと一息つき、外に出る。ガラス戸がキィーと、音を立てたが空炉の足を止めることは無く、また眠りこけている番人を起こすことは無かった。


 小走りで向かうこと数分。煩いぐらいのサイレンは塀の向こう側から聞こえて来る。夜なのに明るい。この先がきっと現場だろう。自然に止めていた足を進めて角を曲がる。

 轟々と家を食う炎が空炉の目の前に広がった。消防車が何台も連なって家に向かって消火活動をしているが、家自体がとても大きいので間に合っていないようだ。空炉は規制線に集まっている中にカメラを見つけてそっと陰に隠れた。万が一にでも写ってしまったら、後で怒られてしまう。消防隊員の声が消火の音にかき消されて途切れ途切れになっている。それを見ながら、空炉は、きれいだなと思った。空炉の経験上、この火事で人死にが出ていることは分かっていた。分っていて、それでもなお人を殺した炎の美しさを称賛した。それは危ないことであると、教えてくれた人がいる。だから空炉は今まで放火の類をしたことは無い。ただの炎で我慢している。これからも自分が殺すことは無い。殺人が悪いことであるということは空炉は分かっている。わかっていると空炉は伝えているが、その申告を保護者であるルイフェルは信用しきっていない。いつ、見たいからという衝動で人を殺すかわからない。だから、徹底的に管理をしている。空炉が間違っても施設を燃やさないように、人を殺さないように。

 ついこないだの雪も危なかったなと空炉はどこか他人事のように思い出す。あの火はこれと比べ物にならないが、あれはあれでよかった。もう当分できないだろうけど。そう思えば、思うほど、時間が気になって仕方が無くなった。まだ抜け出してそんなに時間は経っていないが、明るい周囲のせいか時間が随分と経った気がしていた。

 帰ろ、ルイさんに見つかったら怖いし。そう思って、炎を目に焼き付けて、来た道を帰った。静まり返った施設は空炉が出ていったことなんて知らないようだった。



【本日未明、栄都東で住宅が燃える火事が起こりました。住宅は全焼し焼け跡からは二人の死体が出ており、家主である雪影宗十郎さん、妻の祐美子さんの連絡が途絶えていることから身元は二人であるとして警察は調査を進めています。また長男の宗司さんは救急隊に救助されましたが、重傷で搬送された病院で同じく死亡が確認されました。刺し傷による死亡とのことで警察は殺人と放火の容疑で犯人を捜索しています】


 朝の食卓にニュースの音声が流れる。それを横目に見ながら、早く犯人が捕まってほしいことを願っているルイフェル、テレビに映ってないか注視する空炉、テレビには目も向けず食事を口に運ぶ依代と様々だ。青悟も空炉につられてテレビを見ていると、バタンと大きな音を立てて扉が閉じた。一斉に音の発生源を見る一同。そこにはジッとテレビを見ている雪がいるだけで、ああなんだ雪かと思って皆食事に戻った。ただ青悟だけは雪がいつもと違うように見えた。だが、雪になんて声をかけるべきか悩んで、雪が食卓に座ったのでそこで考えるのをやめた。


 

 数日後、ピンポーンという無機質なチャイムの音が施設内に響いた。宅配便なんて頼んでいたか?とルイフェルが疑問に思いながら扉を開く。そこにはスーツ姿の男が二人立っていた。誰だ、と声に出す前に、男の一人が胸元からあるものを取り出してルイフェルに見せた。

「警察です。こちらに夕坂空炉さんはいらっしゃいますか?」

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