第9話
夕方になれば、子ども達が次々に帰ってくる。
一番最初に帰ってきたピポラも、その次に帰ってきた雪や依代もリュウに対して特に嫌悪感は出さず、ピポラがやって来た日と同様の挨拶をしていた。
湊のあの行動の意味がますます分からなくなったが、他の子ども達とは普通に接することが出来そうでひとまず安心した。
「ただいま!」
「ただいま~」
二人分の声に振り向くと青悟と空炉の二人が帰ってきていた。
「青悟くん! 空炉ちゃん、おかえり!」
「おかえり」
相変わらず、依代は挨拶が早い。
それは良いことかもしれないが、青悟限定で早くなる挨拶となると疑ってしまう。思春期であるのならそう思うのも仕方が無いが、狭い空間で恋愛されるのも周りが困る。拗れてしまえば監視役として何か手を打つ必要があるかもしれない。青悟と一緒だと挨拶が早いというのと、笑顔が多いってぐらいだから、特に今は気にすることはない。正直杞憂かもしれないというのが大きいので、心配する必要は無いだろう。
言葉遣いに最適だろうと絵本を読んでいるリュウに気づいたのか、空炉は此方に近付いてきた。
「うわ!綺麗な子! ルイさんもしかして誘拐してきたの? 自首したらどうですか!」
「アホか⁉」
流れるように出て来た勘違いに思わず叫んでしまった。
此処にいる子ども達は慣れているが、びっくりしたのかリュウは顔を上げて目をぱちくりさせている。
「それにこれ、絵本じゃないですか! やっぱり……ルイさん……」
そう言って目線を斜め下にする空炉
「やっぱりってなんだ! お前のその勘違い癖はどうにかしろ!」
「勘違い癖って何ですか~! 面白いからルイさんだけですよ!」
「……お前な!」
悪気がない笑顔で他に迷惑をかけてないことを言われれば叱るに叱れない。
面白がられているということに怒りたいが必死に飲み込んだ。
ここで怒ると流石に空気が悪くなる。
「でも空炉ちゃんこの前、青悟くんをからかって遊んでたよね」
「あー! 依代ちゃんそれは言わない約束でしょ!」
「約束してないよ空炉ちゃん」
「空炉、お前な……」
「いっいやでも?先輩許してくれたし?」
目を泳がせて言い訳をし始める空炉は、分かりやすいぐらいに動揺が顔に出てる。
「許してないぞ」
「ほら!」
「先輩!」
視線をこちらに向けないまま放たれた青悟の一言に、
依代が真顔で追撃する。
自分が撒いた種だというのに、自分がやられてどうする。
「あっえっと! そうだ! ルイさんこの子の名前まだ聞いてないです!」
苦しい。非常に苦しい逃れ方。
突然両肩を掴まれたリュウは再度びっくりして辺りをきょろきょろとみている。
周りは空炉に対して非常に冷ややかな目をしている。
リュウがかわいそうになってきたので、名前を教えることにする。
「そいつの名前はリュウだ。リュウ、挨拶」
「私の名はリュウ。世話になる」
「世話するのはルイさんですけどねー」
「いらない茶々をいれるな。お前らも挨拶しろ」
「はーい」という間延びした気の抜けた返事をした空炉は姿勢を直してリュウの目の前に立つ。
「私は
「俺は
「早速なんですが先輩、私困ってることがあるんですけど聞いてくれます?」
「お前の困ってることはろくなものがないから却下」
「えぇ~酷いよ~たすけて依代ちゃ~ん」
下手くそな泣き真似をしながら、チラチラッと依代のほうを見ている。
「空炉ちゃんが本当に困ってることなら手助けしたいけど、今までが……」
「あぁー」
項垂れる空炉を不思議そうに眺めるリュウ。
「二人は着替えてこい。制服がしわになる。あと青悟、湊の様子を見てくれないか」
「了解」
笑って立ち去る青悟にそういえば、俺は湊と話すとき笑っていたかと思い返す。
「湊くん、大丈夫ですか」
そう言った依代は目線を青悟が去った扉のまま固定している。
「……生きてはいる、と思う」
そうとしか言えない。
落ち着いたとはいえ、あれからあの部屋に行っていないのだ。
本人か大丈夫かどうかなんて分からないから言えるはずもない。
「そう、ですか。今日のご飯、食べれますかね?」
依代は目を閉じた。
いつか聞いたが、彼女は彼女で湊をなんとかしたいと思っているらしい。
だが、湊の発狂する様子というのは彼女自身のトラウマを思い出すらしく、なかなか上手く助けられないと。
「部屋に持っていくしかないだろうな」
答えに依代は何も答えない。
俺は、「何かしてやればいいじゃないか」と機会を作ることをしない。彼女の過去を詳しく知らないのに、他人事だからと口を出すものではない。
助けたいと思うだけ充分優しい。
そんなこと言っても仕方がない。
ぼんやりとしていると、ポンッと肩に手を置かれる。
なにかあったかと振り向くとリュウが絵本を差し出してきた。
「読み終えたが……あまりよく分からなかった」
「……どこがわからなかったんだ?」
絵本だから難しいところはないはずなんだが。
此方に目を向けた依代も、手に取った絵本をパラパラ捲りながら首をかしげている。
リュウの分からないところは多くあったが要約すれば、「登場人物がどうしてそんな行動するのかがわからない」ということだった。
依代が頑張って登場人物の説明を懇切丁寧にしようとしているが、本人も説明しながら読んでいるので混乱が目に見える。
それでもリュウの表情は変わらず、ガクッと机に伏せる依代はどこか空炉を連想する。
子ども達は当然赤の他人同士だが、同性で年が近くよく話していると行動がよく似るらしく、二人は姉妹のようだ。
「物語だと逆に駄目だったのかもな」
「簡単すぎるんですかね……面白い話だと思うんですけど……」
「……面白い…?」
コソコソ話している内容についていけないのかリュウも首を傾げはじめた。
「もう少し難しい本の方が、理論的だしリュウにはあってるのかもな」
「リュウくんは物語より専門書とかのほうが面白いのかもしれないですよね」
「そうだな、ちょっと待ってろ。探してくる」
立ち上がって、書庫へ向かう。
依代はリュウに「面白いって何だ?」と聞かれて困っていたが、それは俺にも説明が難しいので振り向かずに部屋を出る。
少し悪いことをしてしまったかもしれないが、リュウが他人と交流することは大切なことだからよしとする。
書庫は相変わらず埃っぽい。
初めに読ませた絵本など比較的新しい本は扉の近くにあるため、埃っぽくてもなんとも思わないが、専門書を探すとなれば奥になり、その分だけ埃が漂っている。
掃除しなくてはいけないなと思いながら、タイトルを見てリュウに合っている本を探す。
依代は専門書が面白いのではないかと言っていたが、専門書だと言葉がどうしても難しい。
言葉の使い方を教えるにあたっては適切ではない。
リュウの情緒を育てるには絵本が一番良かったのではないかと思ったが……
湊のことも今は青悟に任せているとは言え、監視役は俺だ。
今後どうすればいいかを考えるだけで頭痛がしてくる。
今やっていることは育児ではないかと幼児向けの絵本が並ぶ本棚の一角を見て思う。
否定したいところではあるが、リュウの情緒育成しようとしているため言い逃れは出来ない。
そんなこと一言も頼まれていないのに何やってんだ。
俯くと本棚の下段の背表紙が目に入る。
その中の一冊を手に取り、これでいいのではないかと最早諦めなおして自分用の本を探すことにした。
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