第6話

 黒いスーツを身に着けた、腰が低そうな若い男は、ペコペコと何度も礼を繰り返しながら去っていた。

 本来なら何ヶ月も準備が必要で、施設に入るかも何重も審査があるというのに、数時間前に上司から「六宮議会からのご意向」で一人が施設に入ることが決定したと聞いたときは、六宮議会とやらは下のことを考えていないのかと怒りが湧いた。

 ルイフェルも二人を応接室に通すまでは、六宮議会の下にいるスーツの男を殴るか悩んだ。嫌味に対して嫌味で返されていたら拳が飛んでいたかもしれないと自分のことながら短気だと思う。

 スーツの男は下っ端なのが雰囲気で分かるほど申し訳ないと全身で物語っていたから、怒りが失せたというのもある。


 さて、この世の人間よりも一段階上の美しさを感じさせる少年はどうしたものかと、頭を悩ませる。

 つい最近に十二歳で元軍人という異様な経歴を持つピポラが入ってきたのだ。名前ぐらいしか分からない・表情がやや乏しく感じる点はピポラよりは可愛げがあるが、その容姿から人間らしさがすり抜けているようで奇妙に感じる。数週間後にはまた新しい子どもが来る。

 どうか厄ネタではありませんようにと祈るが、頭痛が嫌な予感をルイフェルに伝えていた。


 ひとまず、用意した空き部屋に通して、こども達に挨拶させて、服は予備のものを用意してるが数着は必要になるから、身長体重を計測しなくてはいけない。


「部屋、案内するからついて来い」


 応接室の椅子で虚空を見るリュウに呼びかける。

 リュウが廊下に出たのを確認して、部屋に鍵をかける。

 管理室ほど危険物は応接室には置いてないが、値段が張る調度品が多い。

 変に壊されたら弁償しようがない。まあ、馬鹿の火遊びが燃え移ったらそれこそ鍵なんて意味は無いが、念には念をというやつだ。


 元々広い屋敷ではあるが、平日となるとこども達は全員学校に行っているので、物音一つしない静かな空間となる。

 静かな空間だからこそ、板張りの廊下の冷えた空気が肌を撫でる。リュウの部屋に暖房を取り付けるのも、作業の一つに追加しなければいけない。

 ちゃんとリュウがついて来てるか振り返れば、ルイフェルのやや後ろについて来ていたことに安心した。

 かなり今更ではあるが、今一度リュウの服を確認した。


「寒くないのか、その格好」

 思っていたのがそのまま口に出る。


「……寒い、というのは気温について不快に感じるかだろう。私は不快には感じない。この気温は神が星を正しく動かしている証。感じないから、寒くないというのが正しい」

「はぁ?」


 寒いか寒くないかという答えが返ってくるものだと思っていたのに、不快に感じないから寒くないというのは、感覚を殺しているようなものだ。


「お前、触覚がないのか?」

 咄嗟に手を握る。握り返してくるが、表情が乏しいから反射か、手を握られたのを見て判断したのか、わからない。


「触覚、というのは?」

「触る感覚や、触られている感覚ということだ。わかるか?」

「わかる。触れる感覚も触れられている感覚もわかる。これが触覚だろう?」

「なら体温と気温が違う……体温のほうが高くて、気温が低いという感覚は?」

「それもわかる」


 触覚の異常ではないようだ。

 確認のため、握っていた手を離す。

 寒いのが平気、というか寒いのが好きなのか。

 変わった奴だなとは思ったが、施設のこども達よりは普通だと思って、首を振って考えを訂正する。


 ここに入ったら定期健診があるが、体温を計って平熱を割り出したほうが良いかもしれない。

 面倒ではあるが、変に風邪をひかれても困る。


「それに私が発生したときからこの服は身に着けている」


 発生したときから……?

 普通の人間は母親から誕生するもの。発生なんて言葉を使うはずが無い。

 それに服を身に着けたまま発生するものなんて、化物でも何でも聞いたことは無い。

 スーツの男が言った「2時間ほど前に保護した」という言葉が、先ほどの言葉を際立てる。


 考えすぎだろう。暇なときに故郷の伝奇小説を読んでいたが、今度から別の本にしたほうが良いかもしれない。

 監視役が夢見がちでどうする。

 リュウの先ほどの言葉は聞かなかったことにする。

 聞かないほうが良いこともあるだろう。



 リュウの部屋はベッドが一つのみ。

 その上に畳まれた布団と枕、予備の服、下着。

 なんとも味気ないものだが、保護2時間で入所だから仕方が無いだろう。


「ここがお前の部屋だ。寝て着替えるだけの部屋になるかもしれんが、欲しい物があれば一応言え」


「……多分、充分だ」

 何もない部屋を見渡しながら、頷きを返すリュウを見て、こいつは本当にこれだけでも生きていけるのだろうと変な確信をした。


「……あー寒くないというお前の言い分を信じたいが、お前の薄着は見ているこちらが寒くなる。それの上でもいいから、上下着ろ」

「見ていて、寒くなることがあるのか?」

「ある。だから着ろ」


 先ほどの言葉から服の着替え方が分からなかったらどうするかと考えていたが、それも杞憂に終わった。

 先ほどよりも分厚い長袖長ズボンの姿ではあるが、彼の美しさと地味な服がちぐはぐで、やや不恰好に見える。


 今回は見た目の温かさ重視で着せたが、一年中あの薄い服では季節感もまるで無いから、最低でも4回ほど服を買うことになるだろうか。


「温かそうに見えるか?」

「あぁ、さっきよりは見える」


 リュウが着ていた服は一応洗濯機にかけることにする。

 タグが無いから、どの洗剤を使えばいいのか悩むところではあるが、かといって洗わないまま放置というのも良くないので、洗うことにする。


 服は既製品で充分だろうが、健康のためにも身長や体重のデータは取っておく必要がある。

「次は、体重と身長計るから、洗面所に行くか」

「体重と身長……? それを計ってどうするんだ?」

「…あー……健康管理だな」


 改めて身長と体重を計る意味を聞かれれば返答に困る。

 ルイフェル自身、体重は健康管理で計っているが、身長は何年も計っていない。


「……健康管理」

「あぁ」


「私は生物でいう成長をしないから健康の、管理は必要ない」

 健康という言葉の意味が分からないか一拍の空白があった。

「それでも、此処で暮らすなら必要なもんだ」


「そうか」と小さくなってきた声をかき消すようにガシガシと頭を撫でる。撫でられるまま、ポカンとこちらを見てくる様子が可笑しくて笑う。長い髪がボサボサになってしまったが、リュウの表情が出たので良しとする。


 長い髪は綺麗だが、邪魔になりそうだ。洗面所で予備の髪留めを渡そうと思い、洗面所へ歩く。

 リュウは後ろをついてきているようで、二人分の足音が廊下に響く。



 此処の洗面所は施設ということで少し広い。

 一般家庭のものより若干大きい二人並べる大きさの洗面台と、身長体重計とタオル置き場と洗濯物入れが場所を取っているせいで大して広くは感じない。

 洗濯物入れにリュウの服を入れる。

 リュウは見慣れないのかあちこちをキョロキョロと見ている。

 微笑ましくなりながらも、身長を計るために説明をしようと、口を開こうとした途端。


 洗面所に第三者が入ってきた。

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