第4話
玲華があの少年を見つけてから、どの監視カメラにも少年の姿は無かった。
まるで夢であったかのように、どこにも痕跡が見つからない。
もしも、玲華があの一瞬を見逃さなければ誰一人そんな少年がいたことすら知らないまま、きっと国全体の力を使ったとしても少年を見つけ出すことは不可能だったと思うほどであった。
3日後の朝。
早い時間のためか、薄く積もった雪は白いままで朝日に照らされている。息を吸うたび、凍える空気に鼻が痛む。
前から人影が見えた。
少年だ。
白銀の髪は朝日を浴びてキラキラと輝き、サラサラと流れるように揺れていく。
毛先は青空を切り取ったかのような青さで、白銀から青への美しいグラデーションは見るものの心を惹きつける。
睫毛は影を落とすぐらいに長く、黄金の瞳は宝石を入れ込んだかのように美しかった。
気温が低いのにもかかわらず、少年の着ている服は薄い一枚。ズボンにいたっては所々が異様な切れ込みが入って、7分丈になってしまっている。
なのに少年は寒さもなにも感じさせないような表情で歩いてくる。
それが当然で、着込んでいる我々の方が異常のように。
服の隙間から見える骨格は、少年としては丸く少女としては骨ばっている。
美しさも相まって、少年の性別が余計に分からなくなった。
少年と目の前の玲華が擦れ違う寸前。
「おはよう」
そう言ってにこやかに玲華は挨拶をした。
対する少年は、一度立ち止まって数秒すると何事も無かったかのように歩き出した。
「3日前、私の目が壊れなくて残念ね」
その声に少年がもう一度立ち止まる。
今度は玲華のほうを向いている。
「どういう原理原則でカメラを壊したのかは分からない。でも、貴方のそれはきっとこの世界の原則から外れている。いいえ、違う。正式にいえば貴方自身がこの世界の原則となる」
「貴方は、私のことを知っているのか?」
少年は玲華に問いかける。
「いいえ、私はこれは憶測にしかすぎない。不思議なものは外のものだという文献があってね。貴方もそうじゃないかと思ったの」
「そうか」
「だからこれも憶測にすぎないけれど、貴方は探しものをしている」
少年の瞳が見開かれる。図星のようだ。
「あぁ、確かに私は探しものをしている。だが、貴方には関係がない」
「えぇ、確かに貴方の探しもの自体は私には関係が無い。でも、私の探しものには貴方が必要なの」
「なら、貴方とこれ以上会話する必要は無い」
別れの言葉を少年が口にしようとしたその瞬間、別の路地から人が出てきたかと思えばすぐに少年の口を塞いだ。
「玲華様、これは一体……」
夏柳が戸惑いがちに口を開く。少年を拘束するのは分かっていたが、まさか口まで塞ぐとは。口まで塞いでしまえば自白が難しいのではないだろうか。
「言葉は単純な力よりも強いもの。何かを考えるというのは答えが無い。それでも他者から与えられる言葉には答えを得られたという実感が強いから脳に入りやすい。ただの超能力者であればただの別れの言葉になるかもしれないけど、彼は違う。この世界の原則となりえる。もし、彼が私達に別れの挨拶をしていたのなら、私達は彼の言葉を否定することは出来ない」
「だから口を塞がせてもらった、ってところ」
ニコリと笑った玲華ではあるが、人形のような笑みであった。
「何故、彼の言葉にそのような力があると分かったのですか」
「正直なところ、予測の範囲にすぎないの。これに限って言えばね。あの映像から、例え高火力の武器であろうと彼には意味が無いことはなんとなくわかっていた。超能力者や廃れた魔術師の線も考えたけれど、それにしては相手に傷がついていない。少年がカメラを見た後にカメラは壊れた。なら、彼の視線に壊す能力は無いと見た。壊れる瞬間口が開くのが見えたから言葉に何かしら力を込めているのではないかと思った。……本当に予測でしかないの」
目線を下ろしてそう小声で呟いたのが微かに耳に届く。玲華は身体を押さえつけられた上に口を塞がれている少年を見る。
「今回はこのような手荒な真似をしてしまったけれど、私は君の探しものに協力したい……私の探しものにも協力してもらいたいところではあるけれど無理は言わない」
「探し物は第三者が探せば案外早く見つかると言うから。私の要求は、まぁ探しものもそうだけれど、来るべき時にそこにいて見届けてくれればいい。……どう? 」
手を差しのばした玲華に、少年は何を考えているのか分からない瞳でジッと玲華を見つめた後、
その手を重ねた。
少年が何かを言いたそうにしているのを見て、取り押さえていた男は視線で玲華に許可を取る。
玲華は頷きを一つ返すと、少年の口は解放された。
「その言葉に偽りはない。還る日が早まるのなら、良いだろう」
玲華の言葉が真実だと断定した上で、迷う素振りを一切見せず即決する少年。
迷うと思っていたのか玲華の挙動は一時停止したが、「決断が早いのね」と言ってすぐに切り替えた。
「さて、私の協力者となってくれたのだから拘束は解いてあげなさい。
劫崎、と呼ばれた男はその言葉を聞くと少年の拘束を外し、少年の後ろに下がる。目線から少年のことを未だに警戒しているようで、少年と協力する玲華に対して何を考えているのだという圧が目に見えて分かる。相変わらずのことだが、劫崎は年下の主人の意味が分からないところを不信に感じているようだ。
分からなくもないことではあるが、些か分かりやすいのではないかと夏柳はため息をつく。
「貴方の探しものは後で聞くとして、私はこれから学校だし……」
少年の所在を如何しようかという話だろう。
「探しものには最大限協力するけれど、私は少し忙しくてね。貴方と四六時中一緒にいるわけにはいかない」
「それについてはなんとなくではあるが、分かる。人は働くものだろう。ならば仕方ない」
「仕方ないというけれど、私がいない間に貴方はどうするつもり?」
「決まっている。変わらず探すまでのことだ」
「……貴方の探しものをしているのに、もう一度貴方を探させるつもり?」
その言葉に、それでいいじゃないかと首を傾げる少年。
「今日私と貴方が出会えたのは運が良かったから。ここで貴方が一人になれば今度こそ私達は会うことが無くなる」
それでいいの?と玲華は問いかける。先ほどの言葉を自ら無碍にするつもりかと裏には隠されている。
「一時的な提案にはなるけれど、貴方にはとある場所に留まってもらう」
「それだと私が探すことが出来なくなる。それは受け入れられない」
「一時的にと言ったでしょう。それに夜、日が落ちたときにそこに戻れば私と連絡がつく。日が出ている間は自由に出来るわ」
「あまり一箇所に留まるつもりは無いが探しものが見つからない今、それに応えるとしよう」
「決まりね。夏柳」
夏柳は呼ばれて、やや伏せていた顔を上げる。劫崎は相変わらず睨みつけたままであった。
「相談所に連絡を入れて、特例施設に入居の許可を。これは水城家としてではなく
「承知致しました」
「……聞くのを忘れていたわね、貴方、名前は?」
「名前……呼び名、個体の呼称についてか? それならばリュウだ」
「リュウ、ね。私は水城玲華」
龍は怪物の種類を思い起こす。二人がもう一度握手をしているのを横目に、夏柳は腕時計を確かめる。
玲華の送迎は劫崎にでも任せるとして、リュウの施設入居の手配は早めに行ったほうが良いだろう。
眩しかったほどの朝日は建物の影に入り、落ち着きを見せていた。
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