第3話

 監視カメラの情報から、少年の写っていた位置を把握後、少年の大体の身長から歩幅を計算、一日に出来る運動量を予測し、そこから現在潜伏していそうな予測範囲を大まかに割り出す。

 時間にして僅か10と数分。


 携帯端末で予測範囲が色付けられているマップを睨みつけている少女と青年。

 長年連れ添った人間は例え他人同士であっても顔が似てくると言ったものだが、

 主従である少女と青年も同じようなものだと、情報を割り出した従者である女は思った。


「監視カメラの様子は此方でも確認し、確認出来次第そちらは更新していきます。

 とは言っても監視カメラの情報では限られますし、

 玲華様には我々が接触するまでお待ちいただくことになるのですが……」


「いいえ、これだけ分かれば充分。この街から出ていないのなら良い。私達には足があるでしょう? 」


「玲華様……」


 水城みずき財閥の頂点に君臨する水城家当主は、私用の護衛部隊を代々率いている。

 今代の当主、水城玲華の護衛部隊は6名。

 護衛部隊に名を連ねているうちの一人が持っている団体の構成員を考えれば倍以上の人間がいるが、

 表向きに秘匿された水城玲華の名前が行使できるのは6名のみ。

 そう圧倒的に人が足らないのである。

 水城玲華個人を護衛するのであれば、6名で充分であるが今回の人探しとなれば別だ。

 構成員を使えば確かに一人を探し出すことなど造作も無いかもしれない。

 だが、カメラに写っている少年だと、血の気が多い構成員ではすぐに倒されてしまうことは予測できる。

 そもそも秘匿されていると認識しているため、護衛部隊も玲華自身も他者を使うことを忌避している節がある。


 我々の足でも無理がある。どうすべきかと頭を悩ませたところ、玲華がくるりと背を向け、スタスタと出口へ歩いていった。携帯端末に気を取られていたのであろう青年は、数秒遅れて背を追う。


「玲華様! 如何なさるおつもりですか!」

夏柳なつやなぎ、簡単なことよ」


 青年の声に、玲華は柔らかな慈愛の微笑みを持って答える。


「私と貴方が歩いて探すの」


 その答えに青年は驚愕したのだろうか少し固まった。

 それを横目に従者の女が口を開く。


「玲華様、お気持ちは大変嬉しく思います。ですが、貴方様はご多忙の身であります。

 本来であれば玲華様は学業に専念されなければならない身であるのに、

 御当主の仕事……財閥の仕事から情報収集まで行われているのです。

 これ以上働かれてはお体を崩されます。お願いですから、我々にお任せください」


「そうです! 現在の玲華様は睡眠時間をきちんと取られておりますが、これ以上の執務となれば回復しようにもしきれないというもの。どうか、お体を酷使されませんよう」


「夏柳、貴方昨日の睡眠時間は言える? 環薙かんなぎ、貴方はきちんと食事を取れている?」


 その問いに青年と従者の女は言葉が詰まる。

 夏柳と呼ばれた青年の昨日の睡眠時間はあってないようなもの。

 環薙と呼ばれた女のここ数日の食事は、主たる玲華に見せられないほど悲惨なものであった。


「私に無理させたくないという気持ちは分かります。でも、私が休んだ結果貴方達が無理をして体を壊してしまっては元も子もない」


「ですが、我々は大人。 多少の無理をしても体には差し支えありません」


「そんなことは関係ない」

 真っ直ぐに二人の瞳をまるで矢を射るかのように見つめる玲華。

 その声音は外の空気同様冷えたものであった。


「どんな人間でも限界を超えてしまえば壊れる。私のことを心配する貴方達のように、私もまた貴方達のことを心配しているの。貴方達は私の大切な部下であり、そしてまた大切な家族。私も休むというのなら、貴方達も休むことが必要ということ。いい?」


 眉を下げながら目を細め微笑む玲華は、神と呼ぶに相応しい美しさではあるが、どこか懇願する子どものような寂しさを瞳に宿していた。


 それがどこから来るものなのか、夏柳と環薙は分からないはずがなかった。


「……分かりました。ですが、玲華様のお時間に空きがあり、執務や学業及び玲華様の休息に影響の無い範囲でお願い致します。貴方様にお休みいただかないと、我々も迂闊に休めませんから」


 夏柳は困ったように微笑み返す。


「えぇ、勿論。私もきちんと管理するつもりだけど、もし無茶をするなら止めてね。夏柳」

「そう言って、止まったことがありましたか?」


 それを聞いた玲華の悪戯っぽい笑みは、年頃の少女らしいものであった。



 端末に表示された少年の予測移動範囲を見て、街へ繰り出す二人。護衛役は夏柳であり、環薙は別方面から少年に関する情報を集めると館に残った。


 空は既に暗くなり、街は店と街灯の明かりで煌びやかになっていた。今日調べる範囲は時間のこともあり流石に館からすぐ近くの範囲であるが、玲華は若い身であるから、この時間に歩いているのは割りと目立つため、厄介な人間に絡まれないか目を光らせる。


 周りを警戒している夏柳をそのままに、玲華は予測移動範囲を端末で確認しながらスタスタと歩いていく。

 範囲が限られているとはいえ、玲華の歩みは迷いが無い。勿論、彼女に少年を探すための当てがあるわけではない。ほぼ勘と言ってしまえば、それで終わりとなってしまうのだが、玲華は道行く人の動向や店舗の窓、路地などにくまなく視線を配り、予測移動範囲と、先ほど見た少年の映像からどこにいるのか、少年の行動を予測し続けていた。



 時間も時間となり、夏柳は目の前を歩いている玲華を呼び止め、館へ帰る事を促す。結局、その日に調べる範囲では見つけることは出来なかった。確かに監視カメラの映像から時間が経過しているとはいえ、監視カメラに少年が移っていた場所と調べた範囲はやや離れている。夏柳も玲華のように頭を回転させながらというのは難しいが、殺気や尋常ならざる気というのは護衛として玲華より早く察知することが出来る。そこから、少年に繋がる何かを得ようとしたもののやはり場所の問題で難しかった。


 スッと玲華がある路地を指差す。

「明日ではないかもしれないけれど、近いうちあの路地を彼が通る気がする。そうね、朝。3日後の朝に賭けましょう」


 それは勘だ。だが、玲華の勘は時として予知の域に到達する。そのことを夏柳は知っているし、それを疑うことは無い。

 玲華の護衛部隊の中で最も古参であるから、何度も似たように予知をするところを見た。

 それでも、口に出して褒め称えることはしない。

 予知の域に到達するといっても、勘の域は出ない。

 本当に欲しい情報も、未然に防げたであろう事件も、彼女は何も出来なかった。悔しいといって顔を歪ませる主人の顔なんて誰が見たいと思うのだろうか。


「帰りましょう」

「はい、玲華様」


 風が吹き荒び、揺れる髪の毛で玲華の表情は、夏柳にはよく見えなかった。凍える風は、主人の心を更に凍らせてしまうのではないかと、不安がよぎる。少年を探す理由を夏柳は知ることはない。知る必要がないと思っている。それは水城玲華が絶対的に正しい自信があるためでもあるが、仕える者として主人が向いている方角が前であり、主人の後ろ以外に進むべき道はないと思っている。


 だから、彼女が誤った後が夏柳には怖かった。少年を探したその果ての果て。彼の主人の目的を知っている。目的はまだ遠く、少年を見つけ出したところで少年に何もなければそこで振り出しに戻ってしまう。それはいい。そんなことでは、彼女の歩みが止まらない。


 だが、目的が否定されたとき。

 そのとき、自身は玲華を立ち直らせられるのか。


 いいや、きっと乗り越えてくださるはずだと。夏柳は思考を中断する。館に帰ったら温かな飲み物でもお出ししようと、館に戻る玲華の背を追う。

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