第290話 全力を尽くして
「フン、ナマイキナ、コムスメドモダ」
ロートント男爵の体から、黒いもやのようなものが広がっていく。合宿の時に見たテールの体から出てきた漆黒のオーラのような感じだった。
「コノ、コムスメドモヲ、シマツシタラ、ツギハ、オマエノバンダ、ふぁってぃハクシャク」
ギロリと父親を睨み付けるロートント男爵。というよりは体と意識を乗っ取った呪いが喋っている。
冷や汗が噴き出すくらいの凄まじい圧力を感じる。まったく、チートとも言える転生者が三人も揃っていて、ここまで気圧されるだなんて思ってもいなかったわ。そのくらいに、魔王の力の断片が強いのだ。
言っておくけれども、ロートント男爵を乗っ取っている呪いはあくまでも魔王の力の断片なのである。これが魔王本体だとしたら、一体どれほどの力を持っているというのだろうか。正直言って怖い。
「フフフ、コヤツヲ、ノロイコロセバ、チカラヲエラレタガ……。セイジョガ、イルノナラ、ソノチカラヲ、クラッタホウガ、ヨリキョウリョクナ、チカラヲエラレル」
かくんと首が倒れるロートント男爵。視線はサキに向いていて、不気味な笑みを浮かべている。サキはその笑みに飲まれそうになる。
「サキ様」
すかさず私がフォローに入る。私が後ろに立って、サキの体を支える。
「アンマリア様……、はい!」
私に驚いていたサキだけども、すぐに表情を引き締めて、呪いに支配されたロートント男爵に向き合った。
相変わらず私たち四人とロートント男爵との間の魔力は均衡していた。本当にどんだけ強力なのよ……。
「ハーッハッハッハッ! コレガ、セイジョノ、チカラカ。ジツニ、タイシタコト、ナイナ!」
ロートント男爵が吠えながら、私たちに向けて呪いを飛ばしてこようとする。しかし、ちょうど均衡している事もあって、飛ばそうとしてもすぐに無効化されてしまい、私たちに攻撃が届く事はなかった。
けれども、私たちの力の方もロートント男爵には届かない。決め手なく完全に
このままでは間違いなく私たちの方が先に魔力が付きてしまう。早めにどうにかしなければならない。とはいえ、互いに決め手を欠いた今、まったくどうする事もできなくなっていた。
(まったく、どうしたらいいのよ……)
万策尽きたと思ったその時だった。
「失礼致します!」
断り文句の後に続いて、バーンという大きな音を立てて会議室の扉が開く。
そこに現れたのは、モモと……テールだった。
「モモ? テール様?!」
私はつい声を上げてしまう。
「話はお伺いしてました。お姉様ばかりに押し付けるのはよろしくありません。私も今はファッティ家の一員ですから、助太刀致します!」
なんとも格好いい登場である。
しかし、テールまで連れてくるのは意外だった。一応ロートント男爵と城の会議室で会うとは言っていたものの、よくモモたちがここまで入ってこれたものだ。
ところが、その疑問に対する答えが、その後ろからすぐ現れた。
「アンマリア! サキ! 大丈夫か?!」
フィレン王子だった。
どうやらフィレン王子がモモたちに気が付いて、わざわざ出迎えに行ったようである。だからこそ、ここに二人が姿を見せたというわけだ。
「ロートント男爵……。ずいぶんと無様な姿だな」
「フン、ふぃれんデンカカ……。ナントデモ、イウガヨイ!」
険しい表情を向けるフィレン王子に、勝ち誇ったかのように話すロートント男爵。
「お父様!?」
「むっ……」
ところが、テールの声が響き渡ると、ロートント男爵が動揺を見せる。
「テー……ル?」
ロートント男爵が頭を押さえている。
呪いの勢いが弱まった今がチャンスだ。
示し合わせたかのように、私たちは浄化の魔法にさらに魔力を注ぐ。
「ぐ……、オノレェッ!」
だが、すぐに呪いは抵抗してくる。しかし、一瞬でもいいので表に出てきたロートント男爵の意識が、呪いの勢いを完全に削いでしまっていた。
「私も加勢しよう!」
様子を見ていたフィレン王子もすぐさま魔法を使う。フィレン王子の属性は光と雷だ。当然ながら、呪いにとってはかなり有効な属性である。
フィレン王子の魔法が加わった事で、呪いの力が完全に押され始めていた。
「オノレ……、オノレェッ!!」
必死に抵抗する呪いだが、一度崩れた近郊はそう簡単に覆らなかった。
私たちの光の魔法がロートント男爵の体を包み込み、呪いの力はばらばらとその身から剥げ落ちていった。
「セイジョドモメ……。コレデ、オワッタト、オモウナヨ……」
黒いもやは悪役お決まりのセリフを吐き捨てながら、キラキラとした光の粒子となって消え去った。
そして、ロートント男爵は意識を失ったらしく、膝からがくりと崩れ落ちたのだった。
「お父様!」
テールがロートント男爵へと駆け寄っていく。しかし、私たちは激しい消耗のためにその場をしばらく動く事ができなかったのだった。
とりあえず、これでロートント男爵は元に戻るはずである。
「モモ、誰か人を呼んでくるんだ!」
「は、はい、お父様!」
部屋の中が慌ただしくなる中、私たちは魔力をかなり消耗したために、そのまま全員気を失ってしまったのだった。
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