第282話 華やかさの裏で
「ちっ、今回も面倒な結界が張ってあるな……」
王都トーミの一角で呟く人物が居た。ロートント男爵と接触していたイスンセである。
「あれが使えればこの程度の結界など一瞬だというのに……、まったく忌々しい限りだな」
王城の方を見ながら明かりのついていない部屋で、壁にもたれながら恨み節を連ねるイスンセ。
「イスンセ」
「どうした、クガリ」
イスンセの元に釣り目の女性が現れた。くすんだ長い茶髪をなびかせ、露出の多い衣装を身にまとった妖しげな女性である。だが、その表情はあまり優れないようである。
「どうもロートント男爵は目をつけられているようだ」
「何があったというんだ。詳しく教えろ」
焦燥感のある表情をしたクガリの報告に、イスンセは少しだけ動揺を見せる。
「男爵夫妻が不在の男爵邸に兵隊どもがやって来ている。奴はもう手を切るべきだ」
「そうか……、ならばその方がよいようだな」
クガリは慌てながらも、淡々とロートント男爵邸の様子をイスンセに伝える。最初こそ少し驚いたものの、イスンセはその報告を淡々と受けている。
そして、少し考え込むような仕草をすると、すぐさまクガリへと指示を出す。
「元々頭がいいようには思えなかったから、後先考えずに事を起こしたという事なんだろう。……うまくこっちに足がつかないように適当に証拠を処分しておけ。その処分の仕方はお前に任せる」
「分かった。任せてもらおう」
クガリはイスンセの指示を受けて、すぐさまその場から姿を消した。
クガリを見送ったイスンセは、ふうっとひと息を吐くと天井を見上げる。
「……まったく、我々の求めるいい感じの感情を持っていたと思ったのがな。所詮、貴族なんてのはそんなものか。まあ、力を持った連中が何人か居るというのが分かっただけでも収穫か。さすがに切り捨てざるを得ないが、我らの目的は少し果たせただけでもマシか……」
気怠そうに呟いたイスンセは、再び城の方へと視線を向ける。そして、がりっと唇を強く噛みしめる。
「……まあいい。どのみちあれを使った時点であいつはもう用済みのようなものだ。あいつの命の灯、あとどれくらいもつだろうかな?」
突然、我に返ったかのように真顔になるイスンセ。
「そんな事よりも、問題なのは邪魔する奴らの存在だな。まったくどこの誰だか知らないが、俺たちの邪魔をしようというのなら手加減はしない。まだまだ手駒はあるんだ。必ずやお前たちの魂を俺たちの主へと捧げてくれようぞ。ふははははは!」
お祝いの色に染まる王都の一角で、どす黒い笑い声が部屋の中に響き渡ったのであった。
「ううっ……」
「どうかされました、テール様」
突如として頭を押さえるテール。あまりに突然の事だったので、スーラが慌てて声を掛けている。
「いえ、なんでもありません。ちょっと目眩がしたようです。もう大丈夫ですよ」
すぐに回復したので、スーラはテールの言い分を信じて、テールから離れる。とはいえ、唐突に何が起きたのかと、スーラはちょっと違和感を感じていた。
(気になりますね。これはアンマリアお嬢様が戻ってこられた時に報告しませんと……)
スーラはテールの世話をしながら、そう思った。
普通ならばなんて事ない話で片付きそうな事態ではあるが、スーラが違和感を感じた原因は、テールの特殊な事情というものが関係している。
スーラはアンマリアたちから事情をいろいろ聞かされていたのだ。もちろん、合宿で起きた事も伝えられている。だから、留守番となったテールの世話を任されているのだ。言ってしまえば監視である。
そのアンマリアの狙いというのは、しっかり今回は的中していた。スーラはテールに関して感じたり思ったりした事をちゃんと心に留めているのである。
(アンマリア様たちが戻られるまではまだ時間があります。ご報告する内容があまり増えないといいのですが……)
スーラは心の中で懸念を浮かべつつも、淡々とした表情でテールの相手をしている。任務に忠実とはいえど、その相手はアンマリアと同い年の少女だ。年長者としてどうしても身を案じてしまうのである。
(それにしても、アンマリアお嬢様の周りで一体何が起きているというのでしょうか。あそこまで急激に痩せられてしまいますと、さすがの私たちも心配になってしまうというものです……)
スーラは夕食の支度をするようにネスに頼み事をすると、城の方へと視線を向けた。
こんな風に思ってしまうのも無理はない。
アンマリアの体型が太っているのは、恩恵を集めてそれが体にまとわりついているからだ。つまり、アンマリアの贅肉の量はそのまま恩恵の多さを示しているのである。
だというのに、最近はすっかりやせ細ってしまい、もう70kgをも切ってしまいそうな勢いなのである。スーラは痩せてしまった後のその先の事が心配なのだ。
(アンマリアお嬢様のお命にかかわるような事がないといいのですが……)
ついつい不安が過ってしまい、最悪の事すらも考えてしまう。
(いけません、私はアンマリアお嬢様の専属の侍女。アンマリアお嬢様のために働かなければならないのです)
弱気になりそうだったところを、激しく首を振って奮い立たせるスーラである。
「す、スーラさん、一体どうされたのですか?」
「いえ、なんでもありません。それよりもスーラ様、まもなくお夕食の準備ができます。支度を致しましょうか」
「あ、そうですね」
スーラの言葉に、テールは片付けをして立ち上がる。
改めて決意をしたスーラは、立ち上がったテールを連れて食堂へと移動したのだった。
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