第281話 お留守番テール
リブロ王子の誕生日パーティーが行われている最中、ファッティ伯爵邸ではテールが一人残って留守番だった。身の上がいろいろと心配なので仕方ない措置だ。
とはいえ、アンマリアの侍女であるスーラ、モモの侍女であるネスをはじめとしたファッティたちの使用人たちは残っている。そんなわけで、一人退屈に、アンマリアたちが帰ってくるまでのんびりと過ごしている。
「今頃、アンマリア様たちはお城でダンスをしたりおいしいものを食べたりしていらっしゃるのでしょうね。ああ、私も行きたかったです」
机に伏しながら、テールはちょっとした愚痴をこぼしていた。本当なら自分もあの場に出ていたはずなのだから、そうなってしまうのも分かるというものだ。テールに対応しているスーラやネスは、ちょっと同情をしていた。
だがしかし、実の父親に渡されたブローチであんな目に遭った直後であるので、この対応もやむを得ないと、テールは仕方なく受け入れていた。
お城に行けなかった事は残念ではあるものの、テールは伯爵邸での生活に不満はなかった。使用人たちは優しいし、食事だっておいしい。自分一人では外に出られない不満はあるものの、アンマリアの魔法があるのでそこまで気になるものでもなかった。なにせ、一瞬で移動できてしまうのだから。
今日もせっかくのパーティーで留守番だというのに、そんな憂鬱な気分はすぐさま吹っ飛んでしまっていた。本当に自分の家に比べればかなり居心地のいい空間なのだから。
テールの家での生活といえば、実はあまり楽しいものではなかった。
特に父親であるロートント男爵は、何かと常にカリカリと不機嫌そうにしていたからだ。
小さい頃はどこにでもいる普通の父親といった感じで、役人として働きながらも、テールもそれなりに構ってもらえていた。
だが、いつからだろうか。
ロートント男爵は一気に家族付き合いが悪くなった。常に一人、カリカリとしたストレスを溜めた状態となっており、使用人たちからの評判も悪くなり、恐れられるようになっていた。
ただ、付き合いが悪くなっただけであり、粗暴に扱うという事はなかった。ただ、雰囲気的に容易に近付けるものではなかったのは事実である。テールも甘えようとして近付いては冷たくあしらわれるようになっていった。
それでも、誕生日だけはちゃんと祝ってくれていたので、テールが父親を嫌いになるという事はなかった。
だが、今回ばかりはテールのショックは大きかった。
件のブローチだが、それは今年のテールの誕生日プレゼントとして渡されたものだったからだ。しきりに合宿では身に着けるように言われていたのが気にはなったのだが、せっかくのプレゼントを無下に扱うのはよくないと、テールは父親の言葉に従ったのだ。
……その結果があの事件である。
最終的には建物にはそれなりの被害をもたらしたものの、人的被害が0という奇跡的な状況で解決した。これはアンマリアたちの活躍があったからこそ成し得たものなのである。
(アンマリア様たちにはいくら感謝しても感謝しきれないですね。恩返しをしたいですけれど、何をしたらいいのか分かりませんね……)
スーラとネスと一緒に留守番をしながらくつろぐテール。
(よく思えば、私ってば、自分の家の事もよく知りませんものね。……ですが、今の状況ではとても家には戻れませんし、どうしたらよいのでしょうか)
ついつい考え込んでしまうテールである。
(情報を提供できないのなら、アンマリア様たちと一緒にお父様の企みを阻止するしかありませんね。足手まといかもしれませんが……)
スーラとネスの目の前で一人でころころと表情を変えながら動いているものだから、テールは二人が笑いを堪え続けた状態でずっと見られ続けていた。それに気が付いたテールは、ついつい顔を真っ赤にして縮こまってしまっていた。
「あ、あの、すみません……」
下を向きながら謝るテールである。
「いえ、テール様が何を考えられていたのかは想像できますので、お構いなく」
「ええ、そうですね。お嬢様たちがお聞きになれば、きっと喜ばれると思います」
スーラとネスからはことごとくフォローが飛んできていた。だけど、テールは恥ずかしがって、耳まで真っ赤になりながら、しばらく下を向き続けたのだった。
「あの……」
不意にテールは顔を上げてスーラとネスに声を掛ける。
「はい、何でしょうか」
「私、ここに居てよろしいのでしょうか」
スーラが反応すると、テールはそんな質問をぶつけてきた。
「ええ、まったくもって構いませんよ。私としては、モモお嬢様がいらっしゃる時点で大した問題だと思っていませんから」
「そうですね。モモお嬢様は元はハーツ子爵家のご令嬢ですからね。アンマリア様に拾われていなければ、今頃は平民として過ごしていたと思います」
「ほえ?」
スーラとネスから帰ってきた言葉に、思わず間の抜けた声を出してしまうテールである。
テールの反応に、つい顔を見合わせてしまうスーラとネス。知らないようなので、その辺りの事をゆっくりじっくりとテールに話をしたのだった。
その話を聞いていたテールは、驚きのあまりに言葉を失っていたのだった。
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