第56話 一発の希望

 これで残りは1マガジン6発。

 ……これだけかとも思うけど、倒すには十分すぎる数だ。

 全部当たればの話だけどな。


 ただ弱点に当たれば確実にいける。

 だがもう牽制の為の無駄弾は撃てない。それ以前に銃が何処までもつか。

 次を撃った時点で爆発したっておかしくはないぞ。


 ここまでの戦闘で使えないものは捨てたり攻撃で落してしまったものもあるが、銃身はまだ予備がある。1本だけだが。

 それでも今の状態で撃ち続けるよりましだ。

 元々銃身の交換は簡単に出来るようになっているが、こいつはさらに簡単。

 というよりも、元々が銃身を交換しながら使う事が前提になっている。

 だから下のレバーを引くだけで銃身はカランと音を立てて落ちる。


 だが奴は動かない。十分に知っている。

 銃身なんぞなくたって弾は出る。問題は何処へ飛んでいくかが分からないだけだ。

 ただし、俺には当てる自信がある。近くであの図体なら猶更の話。

 奴もそれを警戒しているわけだ。

 ではのんびり銃身の交換をさせてもらおうか――そう、屈んだ瞬間に奴は動いた。


 だよな。瞬きをする間もなく巨大な口が目の前に迫っている

 本当に、一瞬のスキさえ見逃さない。大したものだ。

 今は中途半端に銃身が嵌っている。当然この状態で撃てば、確実な自爆が待っている。

 だからもてよ、俺の右手。

 今から銃身を投げるどころか外す時間もない。銃口の前にある銃身という鉄の障害物。

 これがある限り安全。そう思ったよな。


 銃身を引き抜きつつ、引き金を引く。

 まさかと思ったろう。

 だけどこちらもこれ以外に手が無かったんでね、交換しようとしていただけだ。

 それでもしっかりとタイミングを計っていた。中途半端な偽装は通じない。

 だからちゃんと嵌めようとはした。その時には、もう抜き始めていたってだけの話。

 それでもギリギリ。しかも普通の弾じゃダメだった。

 外れかけの銃口に当たった形成炸薬弾は、その時点で起爆する。

 だがモンロー・ノイマン効果によって、爆発のエネルギーは一点に収束。目の前に強力なエネルギーを放出して消滅だ。

 しかし銃口は脆すぎて、奴は近すぎた。


 銃身の端に当たった時点で炸裂してしまった銃弾はその場で炸裂。

 まるで槍の様な形状に液体化した金属は銃身なんぞ一瞬で溶かし、目と鼻の先にいた赤兜の装甲を貫いた。

 貫いた金属は一瞬で固形化し、体内を散弾のように打ち砕く。


 もちろんこちらもただでは済まなかったが、威力が強すぎた事が幸いだった。

 まあ、それを信じて撃ったのだけどね。

 銃身からは何の衝撃もなかった。全てのエネルギーは、一点に集約され、無駄な衝撃などを出す事は無かった。

 まあ一瞬で加熱したから、離す間もなく掌が銃身に張り付いたけどな。

 けどもうそんな事は気にしている余裕はない無い。

 いきなりの事で動けなかったのだろう。残り5発、全てを撃つ。

 これで決める! というか決めなければ死ぬ!

 その覚悟だったのだかが、新たに命中したのは3発。残り2発は、羽を利用した高速バックの振動と風圧で当てることは出来なかった。


 額には4つの穴。

 中からは外見の紅さに反して真っ黒い体液が流れだしている。

 けれど、まだ崩れない。奴の命は、未だに尽きてはいないという事だ。

 だけどこっちには弾がない。

 もう静岡に神弾は無い。

 あ、高円寺こうえんじがまだ持っていたか。だけどさすがにここで返してもらう事は不可能だ。


 赤兜も動く様子はない。

 というより、向こうも向こうで体力の限界が近いのかもしれない。

 夕日が本格的に世界を赤く照らし、赤兜の真紅の体が一層に鮮やかな赤に見える。

 一瞬、自分の血を想像した。


 もう左手に張り付いた銃身を剥がす気力もない。

 何となくずきずきと痛むが、どことなく他人事だ。

 体力は限界、弾もない、体中傷だらけだし出血も酷い。

 なんか目がかすんできた。

 だが、俺が倒れた時点で全てが終わる……のか?


 お前はどうなんだ?

 動けるのか?

 戦えるのか?

 音もなく、ただ巻き起こる煙と届いて来る風だけが奴の発する全てだ。

 ――いや、まだあったな。強烈な殺気。

 これはまあ、お互い様だろう。俺の気力だって、まだ尽きてはいない。


 このまま時間が経てば、お前も消えるんじゃないのか?

 そうなれば、それはそれで作戦成功だ。

 なんだかんだで、それ程時間は経っていない。

 まだ静岡空港まで戻ってはいないだろう。

 お前が先に死ねばいいだけだぞ。ほら、さっさと楽になっちまえよ。


 ……ダメだ、意識が飛んでいる。というか消えかけている。

 こんな状況で突っ込んでこられたらアウトだな。

 もう何も聞こえなくなって来た。目も霞む。だけど、何かが光っている。

 何か訴えかけるような光……。

 次第に意識がはっきりとして来る。

 そこにあったのは、1発の形成炸薬弾。まるで今までの騒動が嘘のように、奴との中間に綺麗に立っていた。


 そこから先は本能だった。

 ただ走る。目の前の銃弾に向かって。

 赤兜も動き出すが、遅い。というか地面に落下した。


 ――勝てる!


 なんてフラグを立てるのは止めような。俺との約束だぞ。

 奴は落下したんじゃない。確かにふらついているが、それは確実に考えての行動。

 落下ではなく降下。

 その角を地面に突き立てると、地面を掻き分けながら猛烈な勢いで突進してきた。

 当たってもダメ。避けてもダメ。

 ここであの弾が土に埋まったら、その時点で終了だ。

 まだここまで体力が残っていたのかと自分でも驚くほどの勢いで全力疾走。

 そして何とか奴より早く、神弾を掴むことができた。

 だがその目の前には、奴の角が巻き上げたアスファルト交じりの土の山がそこにあった。

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