【 赤兜 】

第55話 決戦赤兜

 勢い良く突進してくるように見えて、素早く左右に体を振る。

 それに特性なのか身に付けた業か、こいつは羽音を立てない。

 あの図体からしたら異常なほどに。

 というより、こいつもこいつで今まで乗ってきた軽トラックの3倍近く大きいんですけど。


 音も無く突進して来る赤兜に狙いを定めるが、どう考えても俺が先に死ぬ。

 というよりも、何発撃っても当たらないというか、当たる可能性が見えてこない。

 ただ当然、何もしなければ終わりだよな。

 なら状況を変えるしかない。


 いちいち考えている暇はない。

 アラルゴスに破壊されたトラックに向けて弾丸を撃ち込む。

 まだ燃えているが、その程度。トラック自体が爆発した訳ではない。

 というか、そうなればさすがに戦闘中であっても気が付くさ。

 となれば、まだ残っているミサイルがあるはずだ。


 まあそうそう都合よく行くわけがない。

 弾丸はトラックに当たると、そのまま流体金属で貫通。何一つ誘爆させる事は無かった。

 その結果は分かっていたが、向こうは知らない。

 ただミサイルと、その危険さをさっき見ただけだ。

 だがそれだけで十分!

 当然角度を変え、上空に向けて急上昇。そうするしかないよな。

 これでようやく当たる筋道が見えた。

 とはいえさすがだ。4発撃って、ようやく左足の付け根に当たっただけ。

 根本から勢いよく吹き飛ぶ後ろ足一本。

 しかし変だ。そこから崩れる様子はない。

 もしかしたら、自ら切り離したか? 器用な奴だ。


 それともあの程度では消滅させるには至らなかったという事か。

 爺さんの榴弾も間違いなく角を折った。しかしそれが残っていたのが少し気になっていたんだ。

 だけどそれも、5本角との戦いで察しは付いた。

 こいつらは神弾を数発当てた程度では倒せない。


 空中で宙返りをしているところを狙ったが、さすがに飛行機とは違う。

 突然角度を変え、真っ直ぐこちらに突っ込んでくる。

 たいした機動性だ。

 けど感心している余裕はない。緊張で体が震えるが、不思議と嫌じゃない。


 残りは2発。接触まで2秒も無いが、無数の可能性を読む――というか見る。

 真っ直ぐに飛ばない無数の起動。だがそれをことごとく避けられる。ダメだ。

 結局当て筋を見つけられず、今度はこちらが避ける番だ。


 とは言っても10メートルの巨体による急降下はもはや爆弾と言える。

 衝突した地面はまるで爆発したかのように、アスファルトと土を弾丸のように吹き飛ばす。

 何とか伏せてやり過ごしたが、それはそれでチャンスだ。

 半分以上埋まっていたとは思えないほどの速度で飛び出てくるが、さすがに弾丸の方が早いよ。

 2発とも、出る瞬間に頭に打ち込む。

 貫通した流体金属がショットガンの様に反対側から飛び出すが、それでも怯んだ様子はない。

 しかし突っ込んでも来ない。警戒したか? だとしたらさすがだ。多少の無理で指を捻挫したが、既に次の弾倉に変えてある。さて、あとは互いに隙の読み合いだ。とにかくまずは動かないと。止まっていたら……あれ?

 足が動かない。見ると、アスファルトの破片が右足の腿に深々と食い込んでいる。

 そうか、破片は上にばかり飛んで行ったと思ったが、そうは甘くなかったか。


 自分でも意外なほど冷静だ。

 幸い骨には当たっていない。この程度なら、まだ痛いだけで走る事だって出来る。今のは驚いただけだ。

 家族の仇を前にして、ここまで冷静でいられる自分に驚いてすらいる。

 多分その理由は――、


 空気を震わせるほどの圧力を纏った巨体が急旋回して降下してくる。

 まさに死が鮮やかな紅色を纏ったように見えるな。

 だけど死ぬ覚悟など微塵もないぞ。

 今の俺の心を占めるものはただ一つ。仇とかは関係ない。もうどうでも良い。

 ただ、今ここをクリアにし、みんなに援軍を届ける事だけだ。


 連続して3発撃つが、不規則な弾道が見えているかのように綺麗に躱す。

 しかし3発目はそうはいかない。2発はある意味囮だ。

 3発目の弾は突然に急カーブし、赤兜の腹に命中した。

 ここからは見えないが、生成炸薬弾の神弾はさぞ効いただろう。

 続く2発も、避ける暇を与えず額の角の間に綺麗に命中した。

 まあ3発撃ったんだけどな。ただその一発は、俺でさえ予想できない機動で明後日の方向へと飛んで行った。

 見ると銃身は真っ赤になって曲がっている。よく暴発しなかったものだと、自分の幸運に感謝したいくらいだ。

 赤兜が突っ込んでこなければだけどな。


 当然、水平から来るこの巨体の突進をまともに避ける術はない。

 20メートルの距離から、時速100キロメートルで2台のバスが並んで突っ込んで来ると考えれば分かりやすいだろうか。

 そのくらいの大きさと圧力だよ。

 当然銃身なんて変えている余裕はないが、この状態で撃てるものだろうか――なんて余裕はない!

 急いで最後の弾倉を装填し薬室に弾を送る。泣いても笑ってもこれが最後。

 とはいえ、それが終わった時には右肩の肉をごっそり持っていかれた後だった。

 これで済んだだけ御の字だな。もうすでに、奴はこちらの全身を捉えられる距離まで移動している。

 あのまま推し切れば俺を倒せていたかもしれない。だが俺が真っ二つになるその時には、必ず額に一発は撃ち込めただろう。

 さすがにここまで生き残って来ただけの事はある。大した警戒心と判断力だよ。


 もう本能だとは思わない。確かな知力に裏付けされた行動だ。

 となれば、思考は違えど想いは俺と一緒だろう。


「ここで必ず、貴様を倒す!」

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