第57話 死闘の末に

 奴の行動にはいくつもの理由があった。

 先ずあれで決めるという意味。

 あの体当たりをまともに受けたら、人間なんて紙風船のように儚いものだ。


 だが、もし俺が逃げれば神弾は失われる。

 アイツは俺が既に弾を持っていない事を知っていた。

 だけど死を待っていたわけではない。奴もまた、動けなかったのだ。

 あの時点まではそれで良かった。少しでも体力を回復させて、確実に攻撃する。

 逆に俺にとって時間は敵だ。長くはもたない。

 向こうからすれば、俺は詰んでいた訳だよ。あの1発を俺が見つけるまでは。

 だからこそあの突進もまた、奴にとって最後の力を振り絞ってでもやらねばならない事だった。


 そして真っ直ぐ飛んでこなかったのは、それこそアイツにも限界が近い事を表している。

 そのまま来られたらどうしようもない。何せ速さが違いすぎる。だけど、奴にはそのままだと墜落する危険があった。

 当然、その時は立ち上がる前に撃たれて終わりだ。

 奴はたとえ速度を犠牲にしても、角を杖代わりにして自分を支えなければもう真っ直ぐ飛べないのだ。


 最後にもう一つ。成形炸薬弾の特徴だ。

 何かに当たたら起動してしまう。

 あの図体が巻き上げる地面は、十分すぎる壁だ。

 俺が先に弾を入手したとしても、あの撒き上がる大地に阻まれて致命傷は与えられない。


 たいしたものだ。爺さんが倒せなかったのも無理はない。

 しかもあの時より確実に強くなっている。まともにやり合ったら絶対に勝てなかっただろう。

 自分の未熟さを思い知る。

 そして、徹甲弾と榴弾だけで奴を追い返した爺さんに改めて敬意を表す。

 迫りくる奴の起こす土煙を見ながらそんな事を考えていた。


「まあ、今回はお前の勝ちだ。おめでとう」


 だけどまあ、他は譲らない。何ひとつとしてな。

 圧倒的な圧力を伴って高速で迫ってくる土の壁。

 どうしようもない。だから仕方がない。

 ただ素直にくらって死ぬつもりはない。

 まともな人間なら絶対にしないが、弾を装填しながら自ら土の壁めがけてジャンプする。

 当然枯れ木の様に砕ける両足。当たり前だな。

 そのままの勢いで土壁に叩きつけられ、右手も肩から指まで複雑骨折だ。

 骨盤も砕け、頭も打った。多分ほかにも影響が出たろうな。もうそれを判断できる痛みすら感じないが。

 だけど良いんだ。もう今更コックを引く事は無い。これ以上、装填できる弾なんて無いのだから。


 満身創痍なんてものじゃない。

 元々出血をし過ぎた。しかもこの状態。着地は絶望的だ。

 だけど――これで後ろに回ることが出来た。

 枯葉のように頭から落ちる。終わりが迫っている。

 だけど、お前が先に逝け。


「じゃあな」


 背後から成形炸薬弾を撃ち込む。この為に左手だけは庇ったんだ。

 遮るものは塵の様な小石だけ。流石にあんなものでは防げない。

 たとえこのまま倒したとしても、俺はここまでだ。

 奴は塵になり、果たして残骸が残るかどうか。

 結局、家族にも新しい家族にも挨拶できなかったな。

 生きて帰れなかった時点で俺の負けだ。

 けれど、後ろから撃ち込んだ弾は赤兜の背後を貫いた。

 同時に銃も限界を迎え、全体から爆炎を吹き上げた。


 だけど当たったんだ。前と後から受けた神弾。奴もまた限界だったのだろう。

 ほんのわずかに進んだが、ピクリとも動かなくなった。

 別に清々しさも何も無い。奴は最後まで俺に対する恨みと怒りの入り混じった感情を消さなかった。

 まあそうだろう。俺も同じだよ。

 だけど……それでも……俺は仕事を果たしたよな、来栖くるす高円寺こうえんじ、ついでに杉林すぎばやし。後は……任せた。

 頭から地面に落下する。ああ、疲れたな。





「はっはっは! なかなか見事な戦いぶりだったぞ!」


 意味が分からない。

 どうやら、落下する寸前にサンダースにキャッチされたようだ。

 つかお前、今までどこにいたんだよ。

 遠くにセスナの音を聞きながら、俺の意識はそこで途絶えた。





 ◆     ◆     ◆





「ええと、右手と左手。右足に左足。骨盤も折れているね。頭蓋にも骨折が見られるよ。よく生きていたものだわ。それと肋骨はまあ言うまでもないでしょが、首と背骨にも何ヵ所も亀裂があるようで。よく体を動かせたものだと感心しますよ。ああ、後は仙骨が割れているから、当分何も出来ないだろう。まあ来栖くるす高円寺こうえんじにでも下の世話をしてもらうと良いでしょう」


「それを言うなら身の回りの世話でしょう」


「この状態でしゃべれる事に呆れるわ」


 ……石膏で固められた満身創痍のミイラ男だけどね。


「骨はまあそんな感じだが、ついでに内蔵もボロボロ。これはおまけだけど全身に裂傷、火傷。それと足と肩の傷は相当なものか……割と真面目に、何で生きてるの?」


「それは自分が聞きたいですよ」


 まあサンダース教官がいなければお陀仏だったのは間違いないだろうけど。


 俺が目を覚ましたのは学校の医務室。

 治療は完全に終わっていて、今は一ノ瀬牡丹いちのせぼたんから状況説明を聞いている所だ。

 まあ年上なのだから“さん”をつけるべきなのだろうが、ここでは俺の方が上官になるのでそれは無しなのだそうだ。

 いやいや、俺にそういうのは関係無いしと思ったのだが、ここに在籍する以上はルールに従えと釘を刺された。

 誰にだって? 本人にだよ。


 そんな訳で全治10ヶ月を言い渡された。なかなかにハードだ。

 もっとも、3ヵ月もすれば歩けるようになったけどな。医療の進歩とは、医者ですら予想できないものなのだ。

 まあかなり驚いていたのは言うまでもない。

 杉林には治りが遅いとか軟弱とか言われたけどな。

 そういうお前はいつ男に戻るんだよとツッコミたい。

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