第52話 今倒すべき相手

 そこまでは予測していなかった。

 成形炸薬弾最大の弱点は、当たったら一発こっきりの貫通力という点だ。

 運動エネルギーではなく、あくまで火薬による化学反応。銃弾と違って、貫通した弾が奥にいるもう1匹に当たるとかは無い。何かに命中した時点で炸薬は破裂し、その先には届かない。

 俺に向かっていた奴が戻ったのは幸いか災いか。

 3匹は後ろから撃つ形になり、尻からの大穴と共に塵となって消えた。

 もう一発は残念ながら外れたよ。というより避けられたな。


 ……単発では当たらないか。


 しかし残った弾は弾倉に成形炸薬弾が2発。

 ポケットとポーチにまだ徹甲弾が5発、榴弾が2発あるが、この状況では焼け石に水か。

 上空を飛ぶ奴には――、


 なんて考えている暇はない。2匹のアラルゴスと無傷の3本角が襲い掛かって来た。

 地面を転げながらギリギリ避けるが、小型――と言っても2メートルはあるが、そいつらの攻撃だけでアスファルトに巨大な穴が開く。

 しかもこいつらにとってはアスファルトなんて豆腐のようなものだ。残念ながら刺さったままもたついてはくれないんだよね。

 軽々と吹き飛ばすと、再び上空に移動して次の攻撃を始める。


 3本角はもっとひどい。

 体長は8メートル。10トンクラスのダンプカーと変わらない。

 いや、爆発のような勢いで道路を破壊していく姿は、空飛ぶ無限爆弾だ。

 こんなものをまともに相手にしていたらきりがない。


 だけど形成炸薬弾は効く。

 なら徹甲弾ならどうだろうか?

 多分1発では無理だ。榴弾なら――これも爺さんの戦闘結果から見れば角を折る程度。

 考えられるのは2つ。

 形成炸薬弾をぶち込んで内部から破壊する。

 久能海岸で出会った巨獣のように、徹甲弾で穴を空けて榴弾をぶち込む。

 但し榴弾は3体分も無い。まともに考えたら詰んでいるよな。

 だけど絶望は無い。これが前向きに死ぬって事か――などと自分に酔っていた心が一瞬にして冷める。

 いや、凍る。

 これは殺気。用宗でも感じた――いや、それ以上の恐怖。

 自分に自信はあった。

 信念も執念も覚悟もあった。

 なのに、これほどの恐怖を感じたのは初めてだ。


 ただこれは俺だけに向けられたものではなかった。

 流石に上空のボスには怯んでなどいない。

 だがそれ以外の敵は動きが固まる。この周辺の全てを包み込む殺気。

 ネズミのような小動物なら、これだけで死んだかもしれない。

 けど、俺はそんな事で死んでなどいられるか!


 殺気の主は後ろ。

 けど、今は振り向いている余裕はない。

 それよりも、相手よりわずかに早く動けたこの機会を無駄には出来ない。

 確実に当たる方。

 最初にトラックに飛び込んできて、頭と腹に榴弾を受けた三本角。

 しかしまだ健在だ。やはり神弾とは言え、体表を焼いただけで倒せはしない。

 だがこれはどうだ!


 相手の動きは鈍い。

 避ける事も敵わず成形炸薬弾を側頭部に受けた3本角は、反対側から散弾のような無数の金属片を放出しながら塵となって消えた。

 しかしもうこれで残り1発。下手には撃てない。

 そもそもどちらに――なんてのは考えるだけ愚問だ。

 撃つべきは5本角。奴が生きている限り、3本角を倒したところで仕方がない。

 しかしどうする!?

 考えるまでもない。機会がないなら作るしかない。

 生成炸薬弾を排莢し、予備の徹甲弾を込める。

 もう弾倉は無い。ここからは1発ごとに手籠めだ。


 そこで遂に、3本角が動いた。数匹のアラルゴスを引き連れて。

 しかし相手は俺じゃない。背後の殺気もまた動く。

 突如現れたはぐれ。それにあの殺気。連中も困惑したのだろう。

 だが動きが決まれば互いに早い。

 3秒ほどのインターバルが終わり、再び戦いがはじまる。


 俺の目標はまだ多数に囲まれている5本角のアラルゴス。

 もちろん弾数よりも敵は多い。

 自己犠牲の精神も無い。

 でもやるしかない。


 どう計算しても直接5本角に当てる術がない。

 いつどうやって撃っても、全て避けられる。


 ……試している余裕はないんだけどな。


 完全な死角。真上から襲ってきていたアラルゴスは見ないまま撃ち抜く。

 今は5本角から目を離せないんでね。

 そして新たな弾を込めると同時に、5本角へ向けて徹甲弾を撃つ。

 1発目――外れ。

 しかし2発目は至近弾。そのままなら外れるだけだが、万が一を考えたのか、茶色いアラルゴスが間に入ってその弾を受ける。

 周りは捨て駒かよとも思うが、あれが群れのボスと考えれば何の違和感もない。

 ボスを失った群れの結末は惨めなものだ。ましてや、2番手3番手がいない場合はもう最悪だからな。

 もっとも、生態が野生動物と同じである保障なんてどこにも無いが。

 ただ、連中の行動がそれを証明している。

 だけどもうこれしかない。続けて2発を撃ち込むが、1発は外れ、1初箱型に防がれた。


 ポケットの弾は……残弾ゼロ。さっき排莢した形成炸薬弾も、拾っている余裕はなかった。

 残りは1発。薬室にある徹甲弾。

 俺の武器はここまでだ。


 対して、相手は無傷の5本角。取り巻きはまだ20を下回ってはいないだろう。

 といいうか減っている様子が無い。巣とかいう空間から追加できているのか。

 だとすると、相当でかい群れのボスなんだろうな。

 既に1匹は倒したとはいえ、2匹の3本角を率いていたわけだし。


 その残り1匹は赤兜と派手に戦闘中。あっちはもう怪獣大戦争だからいいや。

 静岡に来る前の俺なら、後先の事など考えずに赤兜をひたすらに撃っていただろう。

 しかし今の俺には使命がある。

 最後は全部かたずけてやるさ。だけど今は、仲間の命が第一なんだ。

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