第30話 喧嘩
別に
それどころか、絶対に友人には慣れない相手だ。
それでも――、
「今のセリフ、取り消せよ」
「ほお……俺が知らねえって事は、こいつが噂になっていた群馬人か」
こいつもか。
「今更修正するのも面倒だが、群馬県民だ。そちらは噂の上級生か?」
まあ新しい教官と言われてもおかしくはない風貌ではあるがね。
「俺は3年の
「敬意ってものは年齢に払うもんじゃなくてな」
「ここでは生き残っているだけで敬意に値するんだよ!」
その言葉と同時に、もう目の前に移動していた。まるで瞬間移動のようだが、ちゃんと見えている。
周囲が慌てて止めようとしているが、奴が腹に打ち込もうとしているパンチの方が早いな。
まあ、こうなる事なんて最初から分かっていた。周りに止めて貰おうとは思わん。
手首を掴み、そのまま後ろ手に回す。相手を取り押さえる時の動きだな。
どんな筋肉でも――というか、自分の力が強すぎて簡単に関節を取れた。
だが抑えつけるつもりはない。
「この!」
体勢を立て直すため立ち上がろうとした力を利用して、更に手首をひねる。
溜らず対応しようとしたところを利用して、そのまま一直線に弧を描いて振り下ろす。
端から見れば一本背負いにも見えるだろう。
だが片手を持ち頭から叩き落す。その動きは頭を斧の刃に見立てた蒔き割の様だ。
奴は何をされたのか理解も出来ないだろう。古武道の一つだが、相当昔に失われているし。
派手な音を立て、机が一つ粉砕する。
さすがに床に叩きつけたら死んでしまうからな。
「少しは反省したか?」
ちとやり過ぎたか?
などと、
相手が人造人間である事を忘れちゃいけなかった。
投げた後、俺はまだ奴の腕をつかんでいた。
叩きつける時に少し引き、衝撃を加減するためだ。
だがその手首を掴まれた。
その手が引き寄せられるのと、タックルが飛んできたのは全く同じタイミング。
肺の中身が全部飛び出るような衝撃を受け、俺の体はロビーの天井に叩きつけられていた。
天井の板どころか、その内側のコンクリートにまでひびが入ったのが分かる。
当然、こちらも肋骨を3本はやられた。
更にそのままテーブルの上に落下し、今日だけで2つのテーブルがこの世を去る羽目になった。
「ちょっと! 幾らなんでも今のは無いわ!」
「お前が新人のTYPEーEか。よく覚えておけ。これが上官に喧嘩を売るという事だ」
「あら、新人? 実戦経験なら負けているつもりは無いし、まだ部下になった覚えも無いけど? そんなに買いたいなら私も売ってやるわ。もっとも、TYPEーBにTYPEーEの喧嘩を買う勇気があればだけど」
「言ってくれるな、小娘」
「……待てよ」
全く、あんなので決着が付いたのかと思ったのかね。
実に舐められたものだ。
「あれで動けるとはな。一般人風情が大したタフさじゃねえか」
「あれで? あの程度、猪の突進に比べればたいしたことはないさ。まさかそのタイプB様とやらの全力があんなもんじゃないよなあ。せめて猪よりは強くなってから威張って欲しいものだ」
「おもしれえ、ぶっ殺してやる!」
「ここまで。ここは減らし合いの場所じゃないから」
そう言うと一緒にいた女子が髭男の腕を掴む。
女性は平然としているのに、髭男の踏み出した足が少し引きずられる。
力の差は歴然だが。
「うるせえぞ、
――ボキン!
「鈍い音がして、掴んでいた左腕の上腕を躊躇なく折った」
「てめえ、何しやがる!」
だが折れられても痛がったり怯んだりする様子はない。
割と真面目に、アレは喧嘩したくない相手だ。
「ただの喧嘩じゃない。
あまり抑揚のないおっとりとした感じだが、なんか目が怖い。
あれはこれから潰す害虫を見る目だ。
「……ちっ! クソがよ。繋がるまで何時間かかると思ってやがるんだ」
何時間とかですむのかよ。
いっそ手加減なしに床に叩きつけておいた方が良かったかな。
「そちらの少年――じゃないわね。
ペッと血を吐き出すと――、
「勝てないとは言えない相手だよ。だけどそういった事は関係ない」
「ならなぜ?」
「杉林がどんなに嫌な奴でも、アイツは共に戦った戦友だ。しかも人々を守るために、最前線で戦った勇敢な男だ。俺にとってどうかは関係ない。アイツを笑う奴は許さない」
「……そう。そう言うのは嫌いじゃないけど、多分長生きは出来ないわよ」
「目的を果たすまでは何があっても死なないさ」
「ご立派ね。でもその2つの考えがいつまでもつのか楽しみにしているわ」
そう言って2人は去って行ったが、何というか暴風の様に破壊と暴力だけを振りまいて去って行ったな。
迷惑この上ない。
それ以前に、どちらの考えも変わるわけがない。
それは、俺自身を否定するという事だからな。
「おっと――」
こちらも思っていたよりダメージが大きかった。
歩こうと思た瞬間、足が付いて来ずにそのままバランスを崩す。
だが倒れそうな俺を
「大丈夫?」
「思ったよりも酷かった。一応、医務室に行くわ」
「肩貸して。一緒に行きましょう」
「助かる」
「一人で残っても仕方ないから私も行くけど……そういえばさ、さっき猪に例えたのは傑作だったわ。アイツにぴったり」
「まああながち嘘っていう訳でもないんだけどな。群馬は栄養豊富だから、猪も大きいのは4トンを越える奴も多いんだ。アフリカゾウ位だな。銃の訓練もかねて、結構何頭も駆除したよ」
何故かこの後、二人は黙りこくってしまった。
何か変な事を言ったのだろうか?
◆ ◆ ◆
医務室に行ったら当然ながら呆れられたが、ギプスと注射と服薬で何とかなるそうだ。
全治も1週間ほど増えただけ。
何というか、本当に医学の進歩は凄いな。
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