【 杉林ポレン 】

第31話 TS毒

 その翌日、遂に杉林ポレンすぎばやしぽれんが学校にやって来た。


「うはははははははは! ははははは! はははははははははは!」


「殺す! こいつだけは絶対に殺してやる! 離せ、高円寺こうえんじ


「ダメでしょ、ポレンちゃん。仲間同士でやり合うなんて昨日で十分よ」


「ポ、ポレンちゃん……だ、だめだ、腹がいてえ。あははははははははは!」


「く……殺せー!」


「いや本当に言うんだその台詞。あははははははははははははは!」


「はあ、昨日の今日でまあ。笑わないんじゃなかったの?」


 来栖くるすは呆れているが、いやこれを笑わないでいられたら感情を失った人間だけだ。

 いや、案外そんな人間でも感情を取り戻すかもしれない。

 というかポレンちゃんとかもう似合い過ぎて呼吸困難になる。


「ああ、これは当分ダメね」


佐々森ささもりさんもポレンちゃんも、こうなると止まりそうにないし」


「しばらく落ち着くのを待ちましょう」





 ◆     ◆     ◆





 こうして俺は笑い疲れ、杉林は怒り疲れた時点でようやく話が出来るようになった。


「彼が受けた毒はTS毒だったの」


「TS毒って……いやまって……ぷっ、あはははははは!」


「殺す! 殺してやる!」


「そんな変声前の声で凄まれても……あははははははは!」


「はあ……昨日はあんなに格好いいことを言っていたのに……」


「はい、もういい加減にしなさい」


 そう言って来栖が金属のカレー皿で俺と杉林の頭を殴る。

 というか、そんな生易しい物じゃない。

 皿は見事にひしゃげ、こちらは痛みで声も出なくなった。

 縦で殴られていたら、間違いなく頭蓋骨を貫通して脳が二つに分かれていただろう。

 だがそれでも杉林は涙目になっているだけ。

 だめだ、それだけで笑いがこみあげてくるが、いい加減来栖が睨んでいるし高円寺も呆れているから何とか堪えよう。


「と・に・か・く、そんな訳で今の状態になった訳。動けるようになったのは前にも言ったように数日だったけど、事態が事態だったから今まで様子を見ていたのよ」


 聞かないと言われていた毒が聞いた事自体驚いたが、もう何もかもが予想外だ。


「ただ真面目な話、薬だけのタイプAとかBとかと違って、杉林はタイプCじゃなかったか? 肉体改造もされているって聞いたが」


「そこなのよね。戦闘の負傷で右手全部と左足首は取り換えているし、内臓も一部追加しているわ。対毒用の機関や、内臓の自己修復装置なんかもそうね」


 さらさらと想定外のことを言われて、割と真面目に本気で引く。


「でもそれまで含めてこんなになっているのよ」


「こ……こんなにってなっているとか言うな……!」


 怒りや絶望、様々な感情が渦巻いた様な言葉を吐くが――、


「いやお前、お子様声でそんな事言われても……ぷっ……あ、あかん。あはははははははは!」


 ゴンッ!


 当たり前のように来栖の一撃が飛んできた。

 鈍い音共に俺の頭蓋骨とテーブルが抗議の悲鳴を上げるが、まあこればっかりは仕方ない。

 高円寺もすっかり呆れている。

 昨日の今日だしな。反省しないと。


 それにしても――TS毒ねえ。

 今いつものテーブルを囲んでいるのは4人。

 問面に杉林。右に来栖で左に高円寺だ。

 まあこの座り方は毎度のことである。

 お互い、並んで座るとか嫌だからな。


 ただ今回は、座りは同じ長状況が違う。

 前の前にいるのは杉林ポレン。それは間違いない。態度からも説明からも本人だと分かる。

 しかし身長は130センチくらいだろうか?

 髪の色は相変わらず紫色だが、灰色の瞳は黄色になり、そもそも男だったその姿は今や完全に幼女。

 それがぐぬぬ顔で得凄んでくるのだから笑いを止めるので必死だ。

 しかもキンキン声で一般人と言われても、もう以前の嫌味ったらしさは感じない。もう完全に子どもの癇癪である。

 しかも服装も他の女性たちと同じブラウス。戦場でないので防弾ベストやガンベルトを付けていないだけ、今まで以上にお子様に見えてしまう。

 もはや男らしさを微塵も感じない。

 生えているのか聞きたいが、TS毒というからには無いだろう。

 というか、さすがに女性二人……いや、杉林も入れれば3人だが、その前で堂々と聞くのは変態すぎるな、うん。

 それと昨日の大男には、笑った事はバレないようにしないとな。


「それにしても、よくそんなちっこいサイズの服があったな。それ全部オーダーメイドだろ?」


「ちっこいとか言うなぁー!」


「お願いだから落ち着いて、ポレンちゃん」


「ポレンちゃんとか言うな!」


 アカン。無理です。取り敢えず殴られないようにテーブルの下に頭を持っていって肩で笑う。

 腹がつりそうだ。


「服はオートメーションよ。まあ細かいところは一ノ瀬いちのせさんが調整してくれるけどね」


「へえ、あの人なんでもできるな」


「だからここにいるのよ」


 一ノ瀬さんというのは整備開発部の一ノ瀬牡丹いちのせのたんさんだ。

 普通の若い女性で、教官でも兵員でもなく訓練に参加する事は一切ない。

 ただ前回乗った武装軽トラや銃、対戦車砲、多弾頭ミサイルなどの乗り物や武器、それに服などの装備からここの食事やドリンクバーの手入れ、更には必要とあれば司令部のコンピューター。

 果ては屋上の対空砲からレーダーまで、ありとあらゆる備品の手配や整備をしてくれる人だ。

 軍隊には詳しくはないが、どう考えても一人でやれる量じゃないだろうと思う。

 ――が、代々しっかりこなしているそうだからすごい。

 というか実際には何歳なんだろうな。聞く程野暮ではないが。

 それはともかくとしてだ、


「ポレンちゃんは何歳くらいまで退行したんだ?」


「退行とか言うなあー!」


 いやー、今にも掴みかかろうとしたが高円寺に止められる。

 本当に迫力の欠片も無くなったな。

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