第27話 来栖に聞こう

 人体強化の副産物により誕生した、機械では作れないその”目”によって膨大な巣が発見された。

 というか、知らない方がある意味幸せだったのかもな。

 人類には絶望しか見いだせなかったのだから。

 要するに手遅れだ。


 後は場当たり的な対処を繰り返していたが、やがてパワーバランスが逆転。

 人類は次々と連絡の取れなくなった町や村を切り捨てながら戦うが、それは日増しに増えていく。

 この頃になると、もはや軍事機密というものに意味はなくなった。

 連絡が途絶える前には、世界中に兵器の設計図などがばら撒かれた。

 もちろん民間人には伏せられたけどな。暴動に使われたらたまらんし。


 その技術によって多くの人造人間と多彩な兵器が作られた。

 だけど薬はともかく現代兵器なんて、設計図を渡されてすぐに作れるものじゃない。

 ジェット戦闘機のエンジンなんて、作れるのはほんの数か国しかないわけだし。

 ましてやここまで押し切られると未来はない。

 隔離された世界の中だけでは、物資も無ければ精密機器の工場を作る人間の技術力も足りなくなってくる。


 それでも抵抗を続けているのは、同じ様に孤立した人類がまだまだいると信じられているからか。

 連中が実は高い知性を備えている事が、逆に人類の希望になったともいえる。

 いわく、連中は巣によって人類を分断したが、それぞれの地はまだ消え去ってなどいない。

 きっと我々と同じ様に抵抗を続けているだろう――か。


 ここまでの人類史を読んで大体分かったが、日本の首都が近年まで東京だったという話が一番混乱した。

 なんで? あんな湿地しかないド辺境がどうやったら首都になるの?

 だから徳川家康も江戸を捨てて駿府を首都にしたんだろ。

 それが何? スカイツリー? 高層ビル群?

 それに東京オリンピックってなんだよ。オリンピックをやったのは静岡だろうが。


「あー、わけわかんねえ」


 分かったのは、此処でも群馬は群馬で、変なネットミームとかは無かったって事だ。

 だが群馬に対する反応……単に消えたと思っていた群馬が存続していたという喜びではない。むしろ警戒に近い。


「……タヌキ弾か」


 戦況も進むにつれ、通常兵器が通用しない奴が出て来た。

 当初は戦車の様に、純粋に硬い奴。

 逆にクラゲの様に柔らかすぎる奴。

 そして遂にアラルゴスの様に、根本的に通用しない相手。

 それでもまあ、核をくらっても無敵というほどではない。

 この世ならざる相手と聞いていたが、それはそれで、そうでも無いようだ。


 確かに何をしても加工すらできない外皮だが、衝撃や熱を与え続ければ何とかなるもんだ。

 まあ実際に核でなくとも、ミサイルとかの飽和攻撃だな。

 もっとも、それが通用したのはアラルゴスの前に現れた飛べないタイプ。

 アラルゴスにはなかなか通用しない。

 だけど人類は諦めなかった。アラルゴスが現れる前に出た奴――名前はえっと……フレディか。

 こいつはイギリスに出た奴で、最初に攻略法を見つけて論文を書いた人間の名前がそのまま使われるようになったそうだ。

 命名者は本人というから、なかなかいい性格をしている。

 まあそいつの体の破片を弾頭に埋め込むことで、奴らの無敵を相殺できると考え実行。多大な犠牲を払いながらも、見事に成功した。


 それはある意味人類にとっては大きな希望だ。

 何せ1体倒せば100発は作ることが出来る。死ぬと粉々になるからな。

 但し、それは逆に言えば、100発で1匹倒せなければじり貧になるという事だ。

 しかもそう簡単にはいかないんだよな。

 粉末を練り込んだ程度ではそれ程の効果は無い。やっぱりある程度は大きな欠片は必要だ。

 苦労して1匹倒しても、そこから先がなかなか続かない。

 そう考えると、もっと簡単に量産可能な弾さえあれば、人類は十分な反撃が出来ていただろうな。


 あず姉は、神事によってあの弾の汚れを払い加護を与えていると言っていた。

 量産は出来ないのだろうか?

 神事の様子は見た事が無いし、俺もそれほど多くは必要としていなかった。

 だから実際、どれくらい作れるのかは分からないんだよな。

 だけど、価値は十分に分かった。

 高円寺こうえんじさんがあれほど真剣に研究したいといった理由も今なら納得できるな。


 ただなんにせよ、分かったのはここまでだ。

 もっと調べればいろいろ出てくるだろうけど、専門的な知識になればなるほど意味不明な暗号と同じ。俺の知識の限界だ。

 今はとにかく、ここで赤兜ヤツに出会えたこと自体が僥倖ぎょうこうだと思おう。

 こんな事ってあるんだな――って思うけど、本当に偶然だったのだろうか?

 そういえば来栖くるすが手負いのはぐれとか言っていたな。

 ちょっと聞きに行ってみるか。





 ◆     ◆     ◆





 時間は夜。

 みんなで仲良く夕飯という事は無く、今日の高円寺は出撃中。

 来栖は朝から出撃していたから、かなり早めに済ませたらしい。

 杉林すぎばやしはまだ入院中だ。

 毒は効かないと言っていたが、なんかものすごく長いな。

 よりによってこのタイミングでと考えると、案外運の無い奴だな。


 そんな訳で一人寂しく夕食を済ませると、来栖の部屋へ向かった。

 因みにハムと人参、ジャガイモに野草どっさり入った塩味スープとライスであった。

 来た当初は分からなかったが、こんな状況だとどうしても人は固まる。集まっていた方が防御もしやすいしな。

 ただその分だけ畑は無防備になり、人がいないと連中が来る。

 当然巣なんて作られてはたまらないので、その場で戦闘だ。

 そんな訳で、野菜は結構貴重なんだよな。

 ちなみに肉と米は人工物。

 技術の進歩は凄いものだ。


 まあそんな事を考えながら彼女の部屋の呼び鈴を鳴らす。

 朝からの出撃で夕飯も早かった。もう寝ているかもしれない。





 ◆     ◆     ◆





 そんなこと思いながら部屋の呼び鈴を押すと、意外な事に内側から鍵が開いた。

 ただ何の返事もなかったのが気になる。

 まあ寝室からでも何処からでも遠隔操作で開けられる。インターホンで来訪者も分かっているわけだし、わざわざドアの前まで来る事も無いか。

 大方、銃の手入れでもやっているんだろう。

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