第9話 静岡県立敵性生命体対策訓練校
取り敢えず、本気でネット内の群馬を信じている事は疑い様が無いだろう。
今後も交流がありそうな事を考えると、変な誤解をされたままでは困る。
今はもう”いこいの広場”を過ぎて正面にお堀が見えてきている。
ここまで半分は歩いて来たわけだ。急いで誤解を解かないとな。
「群馬県は群馬県だよ。ごく普通の田舎の県さ。だけど普通の所だよ。ウチは小料理店をやっているけど、どの料理も絶品なんだ。他にももっと有名な地元の名産品もあるし、観光名所だってあるよ。一度ちゃんとしたホームページとかを確認して見てと良いんじゃないかな」
「ごく普通の群馬もなにもどうして人がいるの? そもそも群馬県は消滅したはずじゃないの!?」
これは……思ったよりも重症だ。
「消滅は無いだろう、消滅は。どんな世界線の話だよ。幾らなんでも創作に毒され過ぎだと思うぞ」
「……」
彼女はそれ以来、一切口を開かなかった。
ただ考え込むような様子で時折ぶつぶつと呟いていただけだ。
反論をするわけでも、狂信者が否定された時の様に噛みついてくるわけでもない点はちょっと意外だった。
何か整理がつかない。そんな様子だな。
そしてお堀の外周を駿府城に沿ってぐるりと回る。
そうやって歩いて行くと、小学校やミッション系の学校を越えた先にそれはあった。
入り口は石垣と鉄製の門扉。この辺りは普通の学校っぽいが奥がね……。
他の平和そうな学校とは異質な、コンクリート製の要塞のような外見をした建築物。
見た所6階建てのようだが、この手の建物は外見から中を想像しても仕方がない。
ただおそらく対空砲のようなものが2門、屋上にあるのがかすかに見える。
ここから見えてあの大きさ……少なくとも88ミリ連装砲。砲座はドーム式だろう。
今時の対空砲はCIWS- Close-in weapon system(近接防空システム)が主流だし、あれほどの大口径はあまり聞いたことが無い。
そう考えると、随分アナログなものが設置してあるものだ。
「この先は裁判所。その先が税務署になるわね。その先になるともう病院になって外に出ちゃうけど、貴方は良いの?」
……良いかと言われても困る。
石垣にはめ込まれたプレートには、“静岡県立敵性生命体対策訓練校”と刻まれている。
うん、俺が入学する学校とは違う。この名は、駅で彼女が言っていた名前だ。
一方で俺が入学するのは“静岡県立狩猟技能専門学校”。だけど、場所はここなんだよな。
「俺もここのはずなんだけど――」
取り敢えずスマホのナビを見せる。
「え、ナニソレ?」
「何じゃないよ、スマホだよ! いくらなんでもこれを知らないとかないだろ。人口よりも普及しているシロモノだぞ」
すると彼女は無言で空中に人差し指を立てると、ピッという音が出てA4サイズ程のモニターが空中に投影される。
「普通はこっちでしょ? というかスマホ? 何世代前の遺物なの? それよりどうして使えるの? 電波は何処から来ているの?」
俺も今見たものに混乱しているので、畳み掛けられても困る。
「まあちょっと待ってくれ。俺も落ち着きたい。何はともあれ、入学手続きの為の書類があるんだ。それを確認させてくれ」
そう言いながら黄色い封筒を探すが――無い。
そんな馬鹿な?
命と銃と弾の次に大事なものだぞ? 無くすわけがない。鞄の何処にいれたのかもしっかりと覚えている。
だけど、代わりにそこには見慣れぬ青い封筒が入っている。
恐る恐るそれを取り出すが――、
「んん? やっぱり私と同じ学校じゃない? あれ? 何で頭を抱えてうずくまっているの?」
そりゃそうだろう。
封筒には、『来たれ未来の勇敢なる兵士よ。人類を守るのは、もう君たちしかいない。大切な人を、街を、世界を守れ。そして取り戻そう。静岡県立敵性生命体対策訓練校』と書かれている。
いや知らねえ。こんな封筒見た事が無い。
大体世界を守れとかよく分からん。
そもそも敵性生命体ってなんだ? 害獣の事か?
だめだ、まるで思考の糸が絡まったようで逆に何も考えられない。
俺が持っていた黄色い封筒は何処へ行った?
あれには確かに“静岡県立狩猟技能専門学校”と書かれていた。
内容も、各地に出没する凶悪な害獣対策や鹿などの狩猟技術を学ぶためのカリキュラムの解説であって、こんな訳の分からないスローガンなんて書いてなかった。勇敢な兵士? なんだそりゃ。俺が目指しているのは立派なハンターだ。
出発する時に確実に見た。
景色の変わらないトンネルの中でも幾度も読み返した。
でもそれは消えている。代わりにこれだ。
しかも挟まっている入学願書には、確かに俺のサインと印鑑が押してある。意味が分からない。
「悩んでいるところ悪いけど、私そろそろ行くわよ?」
「……ああ、俺も行くよ」
状況は分からないが、ここまで来て止まっていても何も解決しない。
それとも群馬に帰るか? 有り得ない。
状況は全く分からない。幻覚か、それとも実は夢の中か。案外リニアの事故で俺は死んでいて、今は異世界に転生して来たのかもしれない。
さすがに最後のは冗談だが、それでも冗談では済まない状況であることはさすがに分かる。
改めて入口に立つと、左右の石垣から赤い回転灯がせり上がる。
同時に鳴り出したサイレンと共に、ゆっくりと金属の門扉がガラガラと音を立てて開いてゆく。
何はともあれ、虎穴に入らずんば虎児を得ずだ。
もう覚悟を決めるしかないな。
「なんだか開き直った顔をしているね」
「意味が分からないからこそ、確かめないとな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます