第10話 教官

 要塞の中枢部。

 ここはいわば職員室であり、また防衛の中枢でもある。

 部屋全体は薄暗いが、無数のモニターが怪しく室内を照らしている。

 中央には立派なデスクがあり、そこに座っているのは一人の女性。

 そしてその背後には軍服を着た直立不動の男性が一人。

 それ以外は左右にオペレーターらしき女性が二人控えている。


「これで新入生は全部です」


 きっちりと軍服を着こなした男が告げる。

 歳はいって30程度。おそらく20代だろう。

 しかしその顔には苦渋が深く刻まれ、とても年相応には見えない。

 それに喜怒哀楽を一切感じられない。確かに人なのだが、まるでロボットの様だ。


「まあこんなものでしょ。今年は4人か……少なくなったものね」


 こちらは更に若い。20代前半といった程度の女性に見える。

 軍服ではなくスーツを着こなし、まるでオフィスレディの様だ。学校という観点で見れば、新米教師といった方がふさわしいだろう。

 髪は黒く、そして長い。顔立ちはまだまだ若さを感じさる。表情も背後の男性の様に無表情ではなく、少しおっとりとしているが余裕を感じさせる表情だ。

 だがゆったりとしている様でいてまるで隙が無い。

 ベテランの兵士が見れば、どちらがより戦い慣れているかは一目瞭然だろう。


「あの二人も、早速駅で戦闘を行った様です」


「一緒に見ていたのだからその報告は不要でしょ。しかしさすがね。わざわざ呼び寄せた甲斐があったわ」


来栖亜梨亜くるすありあは分かります。今はもうありませんが、和歌山戦線では少年兵として幼少より戦った生き残りです。きっと立派な士官となるでしょう。しかし――」


佐々森勇誠ささもりゆうせいね」


「確かに同意の元ではあります。それにあのタヌキ弾。確かに素晴らしい。しかしこの協定破りは、彼らを刺激するのではないでしょうか?」


「刺激しなければ見逃してくれるのかしら? 静岡、長野、群馬……少なくとも、日本に残されたのはこの3か所。まあ連絡が取れないだけで残っている可能性はあるけど、普通に考えたら絶望的。しかも静岡と長野は明日をも知れぬ状態で、群馬は寸断中。まだ現存している事は、一部の人間しか知らない事よ。その群馬が良しというのなら、こちらは歓迎するしかないでしょう?」


「申し訳ございません、余計な事を申しました」


 謝罪はするが、表情も姿勢も変わらない。声に抑揚も無く、本当に謝罪の感情があるのかは疑わしいところだ。

 もっとも、それはこの男性にとってはいつもの事ではあるのだが。


「つい先ほど静岡空港のセスナ機が2機落ちて、こちらの航空戦力はもうじり貧。一応機体の再生産は始まっているし幸いにもあの子たちは生存。まあTYPEーCにあの程度で死なれちゃ困るけど」


「一人は重傷ですが」


「すぐに治るでしょ。それに各地の防衛隊にも新兵は入ったけど、やっぱり根本的に数が足りないわ。もしも群馬が――なんて仮定のレベルじゃないわね。群馬が本格的に参戦しなければ、人類はここで終わりよ」


「彼はそのために送り込まれた試験石という訳ですか」


「書類を見る限りではそれ程の重責は負っていないわね。それどころか、本人は現状すら知らないみたい。でもまあ、群馬の数少ない人間……個人的にも興味があるわ」


「お戯れを」


「そお? あの正確な射撃と動体視力。わたしは結構期待したけどね。貴方なら、あそこまで正確に当てられるのかしら?」


「たまたまの偶然という可能性もございますので」


 クスクスと笑う女性の姿は、背後の男性とはある意味真逆、

 だが何処か同等の異様さを醸し出していた。





 ◆     ◆     ◆





 嫌な予感を感じながらも中に入るしかない。

 来栖は普通に入って行くが、こちらとしては他に選択肢が無いという消去法の結果からだ。

 少なくとも、同じ場所に違う学校がある。封筒が変わっている。もちろん校名も。

 そのくせしっかりと記載された俺のサイン。

 すぐそこの県庁や警察に行って訪ねても、間違いなく意味がない事くらいは分かる。

 それだけに頭が痛い。


 校内に入ると同時に、要塞本体の金属扉が開いていく。

 ごく普通の観音開きで、内側にはかんぬきをはめる金具がある。

 確かに隣は城だが、超アナログだな。

 もっとも、こんな扉は現代兵器の前では完全に無力。

 そして日本の首都たるここでテロをする奴はいない。

 駅での事はもう忘れた。精神衛生上、考えないのが一番だ。

 まああの扉は演出みたいなものだと思っておこう。


 その開いた扉の先は広めのホール。

 天井にはシャンデリア。床には赤い絨毯。奥には左右に別れている登り階段が見える。

 外見に反して、随分とお洒落な洋館風だな。

 だがその部屋に似合わない大男が、両手を組んだまま仁王立ちで入口に立っていた。


 身長は190を超えているな。それに凄い筋肉だ。

 青い軍服を着ているが、袖が無いだけに分厚い肉がハッキリと見える。

 帽子は網の付いたグリーンの鉄兜。場違い感が半端ない。

 肌は浅黒く髪は無い。もっとも見えないだけで、3本くらい残っているかもしれないが。

 顔も濃いが、アレは日本人だな。

 それに歴戦の空気を感じるが、まだ若そうだ。

 とは言っても20代後半かギリ30歳って所か。

 そういえばここに来る間も、あまり年配の人は見なかったな。


「よく来たな。自分は大宮サンダース。これから君らを一人前の兵士に鍛える教官である。教官でも先生でもサンダーズ軍曹でも好きに呼ぶと良い」


 いや待て。お前何処のプロスポーツチームだ。どっちが名字でどっちが名前だよ。


「さて、君たちはこれから士官候補として、3年間で最高の技術を学ぶことになる。今年入学を許されたのは君らを含めて4人だけだ。必ず生きて卒業し、将来は自分を教官ではなくサンダースと呼ぶ日が来る事を願っている。さて、既に2人は到着しロビーで待機している所だ。詳しい事はそこで聞くがいい。では健闘を祈る」


 だから待てって。俺はそもそもここに入学するつもりはなかったし、士官とか言われても意味不明だ。

 それに4人? 入学者がか?

 パンフレットには毎年100人の生徒が入学すると書いてあったが――と思って封筒を取り出そうと思ったが、ダメなんだよ。そんなパンフはもう無いんだ。

 とにかく質問を――と思った時には、大宮サンダースとかいう教官は既にいなくなっていた。

 仕方がない。


「さて、色々疲れたし、とにかく中に入りましょう」


「全く同意見だね」


 土地勘も無い。金もない。状況も分からない。群馬に帰るわけにもいかない。

 俺には、今更引き返すという選択肢はないんだ。

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