第2話 害獣

 あの事件が起きたのは3年前。

 両親は公務員。そんな事もあって、市街地のアパートに家族で暮らしていた。

 爺さんはその前からばあちゃんと花藤はなふじを開いていた。

 と言うより、両親はここで育ったんだよ。

 だけどばあちゃんは他界し、爺さんだけで店を切り盛りしていた。

 父も母もそんな爺さんを引き取りたがったが、爺さんは店を手放さなかった。

 そんな訳で、月に1回は花藤はなふじに家族で行くのが俺たちの生活だったんだ。


 だけど何処の県もそうであるように、群馬だって絶対の安全は無い。

 交通事故は日本全国毎日の様に起きているし、そういった社会の必然とは別に、日本の何処にでも害獣・害虫というものはいる。

 北海道にはヒグマ。それ以外の県にもツキノワグマが出る。スズメバチなんかも、どこにでもいる危険な生物だな。

 奈良では大型の鹿に車が踏みつぶされる事もあるし、鳥取のサンドワームだって稀に市街地に出る事もあると聞く。

 まあアレの肉は地元の名産になっているそうだから、商魂逞しいものだ。


 話が脱線したが、群馬にも危険な奴がいる。

 言うまでもない、アラルゴスだ。

 見た目は槍のような角を持つ巨大なカブトムシ。日本でも有数な危険害獣としても知られているから、小学生でも耳にした事くらいあるだろう。

 そしてあの日、俺たちは出会ってしまった。

 通常よりも遥かに大きいアイツに。


 それは通常のアラルゴスと違い、全身はルビーのような深紅。

 他にはない左右に1本ずつの湾曲した角が生えた3本角。

 そしてその姿は、俺たちが乗っていた車よりもはるかに大きかった。


 見えたのは一瞬。奴は父の運転する車に正面から飛び込み、そのまま貫通して背後から抜けていった。

 突然の衝撃。赤く染まった風景。見た事も、想像した事もない景色。空を舞う自分。家族の――一部。

 それらを頭の中で整理する間もなく、車は爆発に包まれた。


 俺の記憶は、そこで途絶えている。

 気が付くと、病院のベッドの上にいた。

 そして一本の赤い角を渡された。

 あの後、事の次第を知った爺さんは愛用の銃を持って仇討ちに行ったらしい。

 とは言っても、高速で動きまわるアラルゴス。もうどうしようもないだろうと誰もが思っていたそうだ。

 だが現実は違った。

 遅ればせながら警察と害獣対策課が爺さんの探索に向かった時、そこには殺された爺さんと、この角が落ちていたそうだ。

 見たのは一瞬だが分かる。これはアイツの角だ。角度的に、右に生えていた奴だろう。

 根元には砕いた痕跡と火薬の跡。おそらく銃弾によるものだ。

 爺さんの銃は、確実にあいつを捉えたんだ。

 だけど……足りなかった。





 ◆     ◆     ◆





 俺は全治6か月の大怪我で、リハビリも大変だった。

 それなりに身長があったし体格も良かったからバスケをやっていたが、それもあの事故と怪我を機に引退した。

 当時の俺は、将来がどうなるとか、これからどうやって生きてくのかとか、そんな事は露ほども考えることが出来なかった。

 ただ思うように動かない体が、あの事故が現実であると何度も俺の心に刻み付けた。

 誰と話しても、カウンセリングをしても、何を聞いても、テレビを見ても、俺の心を動かすことは無い。

 俺の心と感情は、あの時家族と共に死んだのだ。


 そんな中、弁護士を名乗る男が俺の元へとやって来た。

 家族の保険、遺産、それに爺さんの分も。ごく普通の話だったが、重要な点が二つあった。

 一つは進路。

 もう渋川高校への進学が決まっていたが、状況が状況だ。

 住居が変われば通える学校も変わる。国としても、何処かに転入するなら便宜を図ってくれるそうだ。

 遺産でそのまま今の場所に住み続け、そのまま通って普通に学ぶことだって出来た。だけど俺は、少し離れた渋川市立子持商業高校への編入を希望した。

 この近くで、あそこにだけは銃撃訓練科がある。

 部活動に毛が生えた程度だが、それでも群馬で高校生の内から銃を学べるのはあそこしかない。

 あの時の――そして今の俺には、それが何よりも必要だった。


 それともう一つ。こちらにはかなり驚いた。

 医者に感情を無くしているとまで言われた俺が、本気で驚いたのだ。

 それは爺さんにもしもの事があった時、懇意にしている女性に店を継がせるという話だった。

 別に爺さんの店が欲しかったわけではない。

 むしろ、もはや俺の興味はそこには無かった。当初の考えでは、店はさっさと処分して寮生活をする計画だったのだから。

 だから驚いたのは、その女性が俺の面倒を見るという話の方だった。


「……何の冗談だ」


「事実です」


 淡々と語る弁護士が言うには、その人の名は藤垣あずさふじがきあずさ。さっき下で会った人だ。当時、歳はまだ21歳だったな。

 しかも俺より年下の少女が二人も一緒に暮らすという。

 正直混乱した。

 いや、そんな生易しい話では無いな。混乱し過ぎて我を忘れていたのだ。

 爺さんの店は渋川市立子持商業高校に歩いて通える距離にあった。

 だから二つ返事で了承してしまった。


 そして退院後、実際に暮らし始めていきなり現実に放り込まれた。

 何せ年頃の女性と女の子3人との共同生活。

 まあ、みねは7つだったが、あずささんはさっき言った通り。

 そしてゆうは13歳。まだまだ子供だが、難しいお年頃。

 かなり気を使っての生活が始まった。

 今となっては懐かしい話だが、ぶっちゃけてしまうと過剰に意識していたのは俺だけだった。

 最初の頃は緊張しすぎた俺の様子を笑われて大変だった。

 1年もすれば慣れたけどな。人間は順応する生き物なのだよ。

 それに、彼女たちとの生活で、俺は確実に感情を取り戻せたのだとも思う。


 少し話が戻るが、新しい高校に通い始めた頃、ようやくどうして爺さんと知り合いだったのかを聞いた。

 そこまで聞いていなかった俺もある意味大物だと自分でも思う。

 それどころじゃなかったって事もあるが。

 ただそれほど面倒な話では無かった。

 俺は知らなかっただけで、爺さんやばあちゃんの交友関係は広かった。

 そしてあずささんの両親とは昵懇じっこんの仲であり、同時に爺さんの狩猟仲間であった。

 というか、実際に一緒に狩りに出るわけではない。

 普通の鹿や猪ならともかく、アラルゴスの様な特殊な相手には、特殊な弾が必要になる。

 いわゆる“神弾しんだん”。正しく祈祷され、特殊な力を秘めた弾。

 つまりは、彼女の両親は神主と巫女だったわけだ。

 だが早くして病で亡くなり、それ以降は三姉妹の生活の面倒を爺さんが見ていた。

 そして巫女としての資格を持っていたあずささんは爺さんの為に“神弾”を作り、同時にじいいさんは働けなくなったら店を譲ると約束していたそうだ。

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