第3話 旅立ちの日

「ねえねえー、遊ぼうよー」


「よしなよ、みね。勇兄さんは明日ここを出るんだよ」


「だから遊ぶのー!」


 背中にしがみ付いたままゆさゆさとゆすって来る。

 いつもの甘える仕草だ。


「大丈夫だよ、支度は全部出来ているからね」


「相変わらず準備周到だね」


「忘れ物をしたから戻ってきますという訳にもいかないからな」


「郵送すればいいじゃない」


「そうそう何度もって訳にはいかないだろ」


「ふう……じゃあもうそれで良いわ。みね、遊びまくっちゃいなさい」


「わーい」





 ◆     ◆     ◆





 夜も更け、店を閉めた後で二人には改めて挨拶をした。

 みねは完全に遊び疲れて寝てしまったよ。まあ元々、子供は寝る時間だ。

 初めて出会った時の衝撃から3年間。色々な事があった。込み上げて来る想いもあった。

 だけどそれは、今は全部置いて行く。

 これからは、普通の全てを捨てる事になるだろう。だけど目的を果たした時、俺はまたここに戻って来る。


 爺さんを殺したアラルゴス。

 あれから目撃例はない。だけど死んでもいないだろう。

 安全のため、大規模な山狩りも行われた。

 だけどあの大きさに目立つ色……いやまあ、死ぬと地味な色になる生き物も多いが、それどころかアイツらは死ぬと粉々に砕け散る。

 けれど、その残骸は未だ見つかっていない。

 もっとも、それが残念とは思わないよ。あいつを倒すのは、俺なんだからな。


 全員が寝静まった後、俺は明日の為に最後の荷物確認をしていた。

 実際に、必要な荷物は全て新しい寮に送ってある。

 そう、いよいよ明日が旅立ちの日。

 目的地は静岡県。あの大都会にして日本の首都。今更、知らない人間なんていやしないと思うけど一応な。

 別に都会に憧れているわけではない。ここ群馬だって、立派な日本だ。

 だけどここじゃダメだ。少なくとも、俺にとってはだけどね。

 こちらでは本格的な狩猟技術を学ぶことは出来ない。

 もちろん、高校時代に免許は取った。学校の方針で大会には出られなかったが、出ても全国優勝するだけの自負はある。

 ……なんて考えて少し自分がおかしくなった。

 出たら出たで、そんな時間があるなら1分1秒でも多くの練習をしたかったろうからね。


 そんな今も、数少ない手荷物にして俺の相棒。そしてじいいさんの形見でもある5052式歩兵小銃の手入れをしていた。

 大戦末期に作られた大量の試作銃の一丁。試作のまま終戦を迎えたせいで、これが世界に在る唯一無二の品だ。

 名前も当時は数字の羅列だったが、開発したひい爺さんがこの名を付けたと聞く。

 だからこの型の銃は、厳密には日本に存在しない。

 装弾数は8発のボルトアクション。

 最大射程4200メートル。有効射程は2600メートル。

 当時の7.7ミリ弾としては、破格の有効射程だと思う。

 それを可能にしたのが1388ミリメートルという長さからくるロングバレルと、何よりも1032m/sという初速だ。

 本土決戦での狙撃銃がコンセプトだったらしいが、結局戦争では使われず今では狩猟銃。

 時代も変われば目的も変わる。だけどこいつの信頼性は変わらない。

 あれから沢山の新型が世に出たが、俺にとっては後にも先にもこいつが人生の相棒だろう。

 爺さんがそうだったようにね。

 というか、実戦で使われていたら今頃は全部廃棄されてだろうし。

 世の中、どう転ぶか分からないものだ。


 これに予備の伸弾とタオル類と簡単な着替え。それに不要だろうが少しの非常食。

 後忘れちゃいけないのが、入学手続きの書類が入った黄色い封筒。

 俺の手荷物はこれだけだよ。

 非常食ってのは笑ってしまうけどな。これから行く所は、日本で一番安全な場所なのだから。





 ◆     ◆     ◆





 翌日、朝5時に家を出て家族の墓を見舞った。

 俺は必ずここに戻って来る。その時は、皆に報告するよ。

『俺はみんなの仇を取る事が出来ました』ってな。


「じゃあ、行ってきます」


 心の中では沢山話したが、言葉にしたのはそれだけ。

 でもそれで十分だよな。






 そのまま花藤で最後の食事を皆で済ませた後、あず姉の車で前橋市の前橋駅へと到着。

 出発は13時だけど、少し早めに到着した。


「お土産とかは持って行かなくても良いの?」


「考えたけど、ちょっと田舎者っぽくないか? 地元の名産品なんてさ」


「勇兄さんは変な事を気にする」


「きにするー」


 まあ確かに気にしすぎかもしれないけど、やっぱり恥ずかしくってね。

 それよりも屈んで二人を抱きしめると――、


 三人仲良くな。姉さんをちゃんと支えてあげるんだぞ」


「そんなの分かっているよ。勇兄さんこそ一人で大丈夫なの?」


「大丈夫だよ。俺には本懐があるんだ。その為にも、世界最高の技術を身に付けて帰って来るよ」


「本当は……ううん、何でもない。じゃあ気を付けて」


 リニアに乗るのに気を付けるも何もないよ――と言おうと思ったけど、けいが言いたいのはそんな事じゃない。分かっているよ。

 都会は都会で、色々と怖い所だしな。


「じゃあ、あずささんもみねも元気で」


「辛くなったらいつでも連絡してね。それに、もし何かあったら――戻ってきても良いからね」


「いいんだよー」


 ありがとう、二人とも。


 こうして俺は、静岡への直通リニア。通称”群馬エクスプレス”に乗り込んだ。

 いつも思うが、このネーミングセンスはダサい。普通は地元の名前なんて入れないだろう。

 けどまあ、これが開通した時はお祭り騒ぎだったわけだし、当然全国ニュースにもなった。

 この位ははしゃいでも良いのかもしれない。


 改札ではケース入りとはいえ銃を抱えている事に駅員が目を光らせていたが、狩猟免除を出せばフリーパスだ。

 持っててよかった免許証。

 というか、こっれを取得するために学校に通ったのだし、ここから更に技術を磨くために静岡へ行くんだ。

 改めて気を引き締めよう。

 いつでも戻って来て良い――確かにそうなのだろう。

 けど、そんな事はしない。

 もし途中で帰る事があるとしたら、それは棺に入っての帰還だ。

 そんな悲しい結末になんて、絶対にしないさ。

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