第3話.置いてきた恋心
ダンストン公爵領は、王都からほど近いのです。
王子殿下はそれゆえか。それとも、その。
私に、会いたくてか。よく、遊びに来てくださいます。
とても柔らかな、御髪。
視線。
笑顔。
暖かい、日差しのような方。
先生のお宅の裏手。
なんとなく、そこに二人……とフェルン様を加え、三人。
お行儀がとても悪いのですけど、並んで地べたに座って。
今日は……あるいは今日も。本を何冊かお持ちのようです。
先生のところに来ると、いつもいろいろ読んでいらっしゃいます。
私もご一緒しているので、気にはなりませんが。
なりませんが……ひょっとして、ご本がお目当てで来られているのでしょうか。
少なくとも、フェルン様はそう見えます。すごい熱心に読んでおられる。
「新しいご本ですか?ローンズ様」
「そうだよ。先生や――ローズにいいと思って。
僕も、まだ読みかけなんだけど」
「あら……スライム以外の、モンスターの?」
辞典、のようです。
大きくて……とてもその、分厚い。
モンスターとも、魔物ともよばれる、獣とは違う何か。
とてもとても、たくさん種類がいるのです。
人に害するもの、そうでないもの、食べられるもの、希少な材料となるもの。
人に寄り添い、あるいは伴侶となるものすらいるのだとか。
恐ろしくもあり、美しくも思います。
ただ騎士の方曰く。
野犬の群れの方が恐ろしいし。
人の方がずっと手強いのだそうです。
「スライムもだけどね。野生種の内容が新しくなったそうなんだ。
先生に少し見せたけど、感心されていた」
「他の方も、スライムに注目してらっしゃるのですね」
「王国には多いけど、他所の国にはほとんどいないらしいから。
とても注目されているんだよ」
ローンズ様が、また柔らかに……私に向かって、微笑まれる。
赤く、なりそうなのは、たぶん。日差しが少し、強いからで。
「せ、先生はとても、素晴らしい研究をなさってるのですね」
慌てて取り繕うように言うと。
「僕もそう思うよ。おかげで……ローズに会いに来る理由に事欠かない」
そう、応えられ、て。
覗き込まれますと、その。
青い瞳から、目が、逸らせません。
「ふ、フェルン様は何を……ふらい?」
表紙を見せてくださいましたが、なんでしょう。
「フライフェイス、です。
顔にやけどを負ってしまった方が、秘薬を探して旅するお話」
その。
挿絵がとても、真に迫った感じなのは、なぜでしょう。
「おもしろい、のですか?」
「はい。
いろんなところを旅しながら、薬を見つけて。
でも、自分より必要な人にって、毎回渡してしまうんです」
「えぇ~……」
ローンズ様も、本を覗き込まれにきました。
お、お顔が近い、です。
「実話をもとにしているとも言われていてね。
出てくる秘薬の一つが……先生が見つけた、ヒールスライムに似ている」
なんと!
「ほんとですの?ローンズ様」
「フェルンが読み終わったら、後で見せてもらうといいよ」
「は、はい」
そう言われると、気になってそわそわしてしまいます。
「ローズは何を読んでいるんだい?」
「これです」
表紙を見せる。
「かいぼうが……え。なんで」
お二人がこう、距離を、とったような?
はて。
「面白い、ですよ?解剖学。ローンズ様も読まれますか?」
「僕は遠慮しておこうかな~……」
「お兄さま、そこは無理してでも読みましょうよ」
……なんでお二人、苦笑いしておられるのでしょう。
お二人は、とても仲が良いです。
正妃と側妃の子、というのは、いろいろあると、思うのですが。
そういった壁を、まったく感じません。
第二王子のサラン様……ローンズ様の弟様も含め、三人、仲良しで。
サラン様はどちらかというとこう、体が動かすことがお好きなせいか。
当家にお越しになることは、あまりありませんが。
……この方たちが笑っていられる、平和な時間。
隣国とは、争いが続いていると言いますが。
この穏やかな時間が、ずっと続いてくれればいいと、そう思うのです。
それはあの黄金の日々が、炎の彼方となってしまった、今でも変わらない。
あの日が続いていたら、と。
そのもしもを、願ってやまない。
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