第2話.あの黄金の日々

 スライムというのは、不思議なものです。

 モンスターの一種なのですが、人に対して敵意がありません。

 食することもないのです。


 種類がいろいろあって。

 好みのもののみを食べるそうで。

 机の上のそれは、私がいくらつつき回しても、私の指を食べることはありません。


 これは様々な石や土を食むスライムです。黄土色。かわいらしい。

 スライムを食べ、燃えるスライムというものもいます。

 今机の上で動いている、赤いプルプルしたのが……ああ、いけない!


 慌てて、緑のスライムと赤いスライムを引き離しました。

 他のはいいのですが、この二体はダメです。爆発するそうです。

 緑は特殊な空気を食べ、ため込むらしく。それに火がつくと大変だそうで。


 赤いのは小瓶にしまっておきましょう。さすがに危ない。

 いえ、私瓶にはしまってたはずですが……あ、ひびが入っている。

 近くに食べ物もあって、ここから抜け出したのですね。新しい瓶を出さねば。


 念のため、青いのが入った瓶も確認します。

 コルクはきちんと詰められていて、ガラス瓶は側面も底面もひびがありません。

 これは水分を食べるスライムなので、万が一人が飲むと大変なことになります。


 人に襲い掛かったりは、しないのですけどね。


 人を好む……そういったものは、今発見されているのは、ただ二種。

 一つはこの、ハートスライム。人の心や記憶を食み、色や形を変えるのです。

 いろいろな使い方ができるそうで……いたずらに使っては、だめかしら。


 もう一つは、最近先生が発見された、ヒールスライム。

 人に限らないのですが、傷を好む、というよくわからない性質を持っています。

 ただほとんど見つかっておらず、今この先生の家にあるのが、全部だとか。


 研究がひと段落したため、今度国王陛下に差し上げるのだとか。

 今、先生がこの家にいないのは、そのお話で出向かれているからです。

 私はお留守番。


 その……ちょっと危ない留守番になってしまったのは、内緒ということで。


 赤いスライムを始め、いくつかを瓶に詰め直す。

 そうして改めて出した、ハートスライムをつつき回す。

 ハートスライムは、色がありません。食べた記憶や心で色づきます。


 この感触がいい……。


「ローズティア様。あまりつつき回さないでくださいませ」

「ひゃ、はい!大丈夫です!!」


 お、思わず声を上げてしまった。

 見れば空きっぱなしの部屋の外、廊下に先生が。


 革の装丁の分厚い本を片手にもった、背の高い男性。

 柔らかな印象は、その大きな眼鏡のせいもあるかもしれません。

 髪と髭が少し伸びがちで、だらしがないようにも見えますが――私は、いいと思うのです。


 先生。コルトン先生。

 ダンストン公爵家がお金を出して研究を支援している、学者の方です。

 ハートスライムの様々な使い方を研究されていたのが、父の目に留まり、領に招かれました。


 私は屋敷にほど近い、先生のお住まいにたびたびお邪魔しています。

 その、正直申しまして。

 このスライムの触り心地が、好きで。


「感触がよろしくて、つい。先生、お帰りなさい」

「留守を預かっていただいて、ありがとうございます。

 変わりはありませんか?」

「はい……あ、今。ありました」


 先生の後ろから、ひょっこり顔を出したのは――二人の王子。

 金髪、碧眼の、ご兄弟。

 控えめに申し上げましても……見目麗しくあらせられます。


 一人は、第三王子のフェルン様。側妃クレッタ様のお子様だ。

 わたくしより、少しお年が下です。


「ローズお姉さま、お邪魔します」

「わたくしのおうちではありませんわ、フェルン様」


 そして。

 彼の肩に手を置く、もう一人の……ローンズ王子。


 先ごろ、12で社交の場にお披露目させていただいた折、見初めていただいて。

 結婚の約束を、して、くださった。


 私の、王子様。


「でもいつもここにいるね、ローズティア」


 彼の笑顔は、とてもとても柔らかく。

 魅力、的で。




 だが私はその顔が、どのようなものだったのか。

 もう、思い出せない。

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