令嬢ローズティア、業火に燃え、悪役となる。

れとると

公爵令嬢編

第1話.待ちわびた断罪の時

「ダンストン公爵令嬢、ローズティア・ヒーリズム。

 わかっているな?」


 我が婚約者殿のその鋭い声に。

 私は少し身を竦ませ。

 内心、密かに……ほくそ笑んだ。


 ――――嗚呼。長かった。


 王太子殿下の上げた声に、場が騒然とし……すぐに静まり返る。

 この広間に集う多くの貴族が、我々二人を注視している。


 ローンズ第一王子――王太子殿下は、私を睨むように見ている。

 なかなかの美丈夫。金髪碧眼は、確かに王族の証。

 本日は社交の場につき、この方も正装だ。


 眉間に深くしわが寄っているが、別にこの人は苦労性などではない。

 ただ演技がなかなかにお達者なだけだ。

 いや、ご年齢のせいかもしれないがな?


 私もまた、拙い演技を見せる。

 驚いたように目を見開いた後。

 そっと目を伏せ、泳がせ。


 目元を拭うように手で……顔の火傷痕をなぞる。

 火傷。顔の真ん中を横に走る、醜い炎の跡。

 ただ燃えたのではなく、焼けた鉄で付けられた傷。


 お父さまにご用意いただいたドレスも、この傷があっては台無しだ。

 私はこれでも見目はいい方だが、多くの者は目を合わせない。

 この醜い爛れの跡が、どうしても目に入るからだ。


 社交の場では明らかに失格の、この傷。

 だが私の誇りであり……武器だった。

 顔を見せれば、二度と忘れられない。


 利に聡い者、理を踏まえる者、知に富んだ者とはかえって話しやすくなり。

 この火傷から目を背けるのは、むしろ。

 己の中に、人に言えない傷を持つ者ばかり。


 見分けるのに、本当に役立ってくれた。


 私は嘆くふりをしながら。

 しかし口元に笑みを浮かべ。

 顔にかかる鳶色の髪をかき上げ。


 面を上げ、王子を睨み返した。


「なんのお話でしょう、ローンズ王太子殿下」

「貴様!?」


 余裕がないな?王太子殿下。私と婚約している男。

 もう少しきちんと演じなくては。

 観客の皆様に、失礼というものだろう?


「皆々様のご歓談を遮るほどの大事でしょうか」


 芝居がけた仕草で、広く腕を振り。

 体を回しながら、広間を見渡す。


 国王陛下もいる。

 王妃殿下もいる。

 そして王太子たる彼のそばには、第三王子のフェルン様。


 武闘派で兵すら預かる第二王子のサラン様は、今は東だったか。


 大貴族を始め、国の多くの貴族たちも集まっている。

 もちろん、我が父……ダンストン公爵もだ。

 いない者もいるが、そうそうたる顔ぶれというやつだな。


 ここは新年を迎えたばかりの、オレウス王国、王宮の広間。

 数多くの高等貴族が一堂に会す、この国の社交、その頂点の場。

 この場所、この時を彼が選んだのは――私が逃げられないように、と考えたからか?


 ……ふふ。

 浅知恵だな。

 それが己を縛るとも知らずに。


 少し、国王陛下を見る。隣の王妃殿下も。


「構わない。続けなさい、ローンズ」

「確と聞かせていただきましょう。いいですね、ローズティア」


 陛下は鷹揚に頷き、手と言葉で王太子殿下を促す。

 王妃殿下は、私を挑むような瞳で射抜いた。

 だが扇で隠すその口元、笑っておられますね――――?


「はい。

 しかし、殿下が何のことを仰り、私に詰められるのか、わかりません。

 ああひょっとして――――ようやくご成婚いただける、というお話でしょうか」


 ふふ。そんなわけはない。怖気が走る。

 今さらこの男に、私を娶る気はない。

 確かに、それがこいつの唯一の活路だ。聡ければそれに気づいたろうな?


「ローズティア……!!」


 だが、投書でばらされた数々の事実。

 どうもかなり腹に据えかねているようだ。

 仄かに朱の差す彼の顔に、私は勝利を予感する。


 嗚呼。やっと、やっときた。

 胸に熱いものが宿る。

 つい、天を見上げたくなる。


 このために備えてきた。

 このために悪逆の限りを尽くしてきた。

 人に云えぬことなど、どれほど重ねてきただろう。


 10年。

 否、13年。


 私の雌伏の時が。

 終わる。


 少し瞠目し、長い時に――思いを馳せる。

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