第4話.炎より悍ましきもの

 その時の記憶は、あまりない。


「っああああああああああああああああああああああああ!!??」


 焼けた鉄串で、顔を殴られた記憶。


 叫ぶ私をごみのように見る、目。


 倒れ伏し、動かない先生。


 王子に、私の王子様に、止めを刺す、賊。


 そして自分が何かを、掴んで投げたこと。


 燃え盛る、炎。


 誰かの、叫び。


 そして――――



  ◇  ◇  ◇ 



 あの最後の、穏やかな日の、夜。

 先生のお宅に、賊が入った。

 私と王子殿下は、忘れ物を取りに戻り、偶然その場に居合わせた。


 賊はどうも、先生のスライムの噂を聞いて、やってきたようだった。

 彼らが暴れ。

 私は殴られた後、夢中で机の上のいくつかの小瓶を開け。


 そのうちの二つを、投げつけた。


 ナイフを突き立てられた、彼を必死に物陰に運び、隠れた後。

 爆発が、起きた。家の屋根が吹き飛び、炎が上がった。


 その音に気付いた、公爵家の者がやってきて。

 火が、消し止められて。


 現場にいた中で比較的無事だったのは、顔にひどい火傷を負った、私だけ。

 もう亡くなっていたと思っていた彼が……かばってくれたから。

 そしてかなり早い段階で、助け出されたから。


 コルトン先生は、すでに亡くなっていた。

 亡くなった上で、顔かたちも、わからないほど焼けて。

 賊はそれなりの数がいたが、それも。ほとんど。


 そして二人、全身が焼けていた人が残っていた。

 生きていた。


 けれど二人とも、命が危うくて。

 二人に、ヒールスライムが、使われたという。


 焼け残った希少なスライムが、すべて。


 一人だけが……息を吹き返した。



  ◇  ◇  ◇ 



 王子殿下は、しばらく我が公爵領で静養なされた。

 傷自体は綺麗に消えており、そのお顔は元通りになられていた。


 滞在中。傷が痛み、あるいは衝撃が大きかったからか。

 私をよく呼び、話し、時に触れた。


「君の顔が、こんなになってしまうなんて」


 私の清潔な布で覆った顔を撫でる、彼の指。

 私よりも、ずっと、長い。


 悪寒が……止まらない。


「わたくしはいいのです」


 頃合いを見て、身を離す。

 ……疑念を抱かれては、ならない。そう直感して。


「王子殿下、お大事になさってくださいませ」


 私はにこやかに応対し、礼をし、部屋を辞した。


 たびたび呼び出され。

 自身の体調を理由に、ほどほどの接触にとどめた。


 …………触れられた後、部屋に戻って。

 毎回、長く泣きはらした。

 怖気と吐き気と、涙が止まらなかった。


 そしてそのたびに。

 自分の中に、顔を焼いたのとは別の炎が宿るのを感じた。


 あいつは!

 あの男は……ッ!

 私のローンズ様では、ない!!



  ◇  ◇  ◇ 



 王子殿下が、王都に帰られることになった。

 ひと月ほど静養され、もう傷が痛むこともないようだ。


 私も顔も、一応の治療を終え、布をとった。

 顔の中心を横に、醜い火傷痕が走っている。

 すべて隠すこともできるけれども……それは躊躇われた。


 忘れてはならないと。

 恐れてはならないと。

 その傷を見せつけよと、私の中の何かが、囁いている。


 王子殿下の見送りには、ずいぶん人が、いた。

 私は見たくはなかったが。

 連れ出され、呆然とその光景を見ていた。


 なぜみな、そいつをローンズ様と呼ぶの?

 どうしてそんなに笑顔で見送るの?

 お父さまも、お母さままで……。


 馬車に乗る前。

 そいつが私の手をとって。

 恭しく、頭を垂れた。


「また来る。私のローズティア」


 私は震えと怖気を、必死に抑えて。


「はい。王子殿下」


 頷き、なんとかほほ笑む。

 少し瞳が、潤んでいたかもしれない。


 それを都合よく解釈したのか。

 そいつは満足そうな笑顔で、馬車に乗って行った。


 蛇のような、悍ましい笑顔だった。




 そう、その顔はよく、覚えているとも。

 名も知らぬ貴様の顔は。

 この火傷が、忘れていない。

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