第5話.胸の中に宿る、炎。

 先生のお宅は、ほとんど燃えてしまった。

 だが、ようやく心の整理がついた。やらなければならない。

 私が。私しか、いないのだから。


 誰もあいつを疑っていない。

 誰も本当のローンズ様が亡くなったと、知らない。

 お父さまやお母さまは……たぶん、頼れない。


 私は子どもだ。

 何の証拠もなければ、きっと戦えない。

 いや、証拠程度で……どうにかなるものだろうか?


 顔の火傷が、軋み、ひりつくように痛む。

 焼け跡を探り、物を整理しつつ。

 あの日の現場を、検める。


 …………あった。

 確かにあの時、ローンズ様を刺した、剣。

 もうボロボロだけど。


 でもこんなもの、あったところで。

 あの日の何が、証明できるのだろう。

 ローンズ様……。


 その時ふと、周りを見渡したのは。

 傷が痛んで、あの人がいない現実に、眼をそむけたくなったからだけれども。


 私は後に、その幸運を天に感謝することになる。


 炭と土の中に覗いていた、それ。

 革の装丁の、一冊の、本。

 表紙はだいぶ、傷んでいるけれど。


 ……中身は、読める。


 これは先生の、研究を書き留めたものだ。


 本を開き、中を読み進める。

 ページをめくっていくと……一枚、何か紙が落ちた。


 ――――ッ。これ、は。


 なぜ、なぜ!?

 この走り書きは、まさかあの夜に……いつ、どうやって。

 そもそも、なぜこのようなことを、書き記されたのか。


 不意に、閃く。

 気づいて、しまった。


 そういえば、私が忘れ物を取りに戻るのを、引き留めていた。

 止められると見るや、自分もと強引についてきた。


 わかって、いたのか?ああなることが。

 私は!愚かにも!その慧眼に気づかずに!!

 あああぁぁぁぁぁぁぁ……なんということだ。なんということだ!


 復讐なんて!許されていなかった!

 あの方を殺したのは!

 この私だ!!


 しばし……嗚咽の止まらぬまま、焼け跡に蹲り。


 ゆっくりと、立ち上がる。

 涙も止まらない。

 喉の奥が震え、思考も定まらない。


 だがその瞳の向こうに。

 あの悍ましい、蛇のような笑顔の幻が、映る。


 ゆる、せない。


 ただ奪われたのなら、私は嘆き、そうして燃え尽きただろう。

 だが!あの人は失われたのだ!もういないのだ!

 なぜそこにいる!王子を名乗るやつが!


 認められるものか、認めてなるものか!

 私の嘆きを!罪すら否定する貴様を!


 名も知らぬお前を、許さない!!



  ◇  ◇  ◇ 



 その書置きに記されていたのは、いくつかのこと。


 少しの資金の在処。

 伝手との接触の取り方。

 そして……頼りになる方との、接触手段。


 私はその書置きを手掛かりに。

 その方に会った。


 記されていたのは、さる屋敷へ入る手順。

 少々政治的に難しい事態になっており、数年は外に出られないのだという。

 だから私から、会いに行った。


 交わした言葉は、少なかったと思う。

 だがその方の瞳の奥にも。

 私の胸を焦がすのと同じ、炎があるように感じた。



  ◇  ◇  ◇ 



 それから。


 私は領の視察に精力的に出た。

 他領にも、場合よっては他国にも、縁あれば出かけるようにした。

 顔は隠そうと思ったが……やめた。


 お父さまとお母さまには、スライム探しだと言った。

 ヒールスライムを探してみるのだ、と。

 二人とも、私の顔の火傷を気にかけてくれていたから、認めてくださった。


 だが本当の目的は違う。


 先生の本には、悪戯では済まない、様々なことが書いてあった。

 きっとそれが私の、武器になる。

 そう、武器を集めるのだ。


 この国に散らばる、様々なスライムを。


 優しい二人を、頼れない。

 戦うんだ。


 胸の中の炎が、私を駆り立てる。



  ◇  ◇  ◇ 



 私は15になった。

 だが、王子殿下は私と婚姻するでもなく。

 婚約を破棄するでもなく。


 理由がまったくわからなかったが。

 しばらくし、噂を聞いた。

 王子殿下の、放蕩の。


 それを聞いたとき、勘が働いた。

 あいつは、王になるつもりはないのだ。

 密かに私腹でも肥し、悪事を働き、そのうち逃げるつもりなのだろう。


 私との婚約は、ある種の命綱。

 万が一ばれたとき、当時を知るダンストンに身の証を立てさせる。

 ……つまり、後ろ盾だ。


 私はあの男に。

 舐められている。


 ……許せない。


 炎が、大きくなった。


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