第6話.我が悪事~窃盗~
またしばらく。
焼けた先生のお宅は私が少し直し、小屋のようにしてある。
そこに何かと持ち運び、使わせていただいている。
ここを忘れない、ために。
それは感傷に違いないが。
ここに来るたび。
胸の炎が喜ぶように、大きくなるのを感じる。
小屋の外、壁に背を預け、地べたに座って。
あの時のように、本を読む。
革の装丁の分厚い本。
……この本、使われている革が、普通ではない。
手触りが、おかしい。
獣のそれでは、明らかにない。
では何か?と言われると。正直わからない。
触れるとこう……手を合わされるような、そんな感触がある。
人、ではないと思う。
まさか、魔物?
スライム……あり得ないとは、言い切れないな。
あの業火で燃えることなく残った本。
今の私の、最も頼りとする武器。
何度も読み込み。
必要なものは調べ。
集め、書き足し。
備えた。
頁を、めくる。
これ、だ。
……探していた記述が見つかった。
一度見たはずだが読み落としていた、小さな書き込み。
スライム複数種の、併用について。
赤と緑のスライムの爆発を始め、いくつかのことが書いてある。
あの男が、ローンズ様の顔を得ている理由。
誰かが、ハートスライムを同時に使ったのだ。
そうしてあいつに、王子の顔を与えた。
このことは、二つのことを示している。
一つ、先生並みに、スライムに詳しい何者かがいる。
二つ。この件は、最初から誰かに仕組まれている。
王子たちの治療に当たったのは、公爵領の者もそうだが。
王城から来ていた者もいたはずだ。
その中に、的が混じっている。
しかも、ローンズ様の把握のされようから見て。
怪しい者、手引きした者……すなわち敵が、どこかにいるのだ。
誰が敵か、分からない。
慎重に、しかし目を引くように、動かなくてはなるまい。
ただ地味に動き回っては、意味がないのだ。
明らかに、政治的な力を持つ者たちが相手。
奴を始め、そのまま倒すことは難しいのだ。
追い詰め、炙り出し、引きずり下ろす。
私は哀れな事件の被害者、公爵令嬢。
そして奴の婚約者。
敵もまた、正面からは手が出せない。
だからこそおびき出し、手を出させる。
備え、逆襲し、ねじ伏せる。
だが。
頼れる者は、少ない。
公爵家は頼れない。ご迷惑をかけ過ぎる。
味方は――ローンズ様が導いてくださって会った、あの方だけ。
近づく、足音がする。
立ち上がる。
時間通りだ。
そちらは見ずに。
前を、向いて。
「いきましょう」
「ええ」
証拠を用いた、公正な戦いでは届かない。
政治闘争でも難しいだろう。相手は王子だ。
ならば……暴力を用いる。
もちろん、私には何の権限もない。
大した力もない。
ならば罪に濡れてでも。
戦うまで。
◇ ◇ ◇
建物の裏手から出て、通りを足早に歩く。
前から来た男と、すれ違う。
……懐の巻紙を一つ渡す。
そのまま、裏通りを行こうとし――
「お、おいあんた。今そっから出て来たよな?」
暗がりですぐ見えなかったが、何人か薄汚れた男たちがいる。
通りを塞がれた。面倒だな。
被っていたフードをとって。
懐のものをいくらか、投げてよこした。
「やるよ」
金貨が、石畳に散らばる。
先の建物――男爵の屋敷にあったものだ。
王国の一男爵が持てるようなものではない。
男たちは金貨に群がる。
よし。道が拓いた。今のうちだ。
私は裏通りを抜け、大通りまで出ると、懐の金貨をばらまきながら歩く。
「コンゴ男爵は税も払わず、金貨を貯め込んでいた!
そら拾え!
使ってしまえ!
これは皆の金だ!」
私は顔を見せながら大通りを歩き、騒ぎで人のいなくなった門を抜け、街を出た。
しばらく進み、林に入って外套を脱ぎ。
顔からそれを、剥がす。
髭面の下から、私の火傷顔が現れた。
剥がしたぬるりとしたそれは、懐から取り出した瓶にしまった。
欲しかった証文は、手に入った。
次だ。
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