第7話.我が悪事~放火~
奴に呼び出されることがある。
こちらから行くこともあるが。
頻度はだいたい、月に一度だ。
王宮の中庭まで、公爵家の侍従を従え、やってきた。
わざわざ十分に着飾ってこないといけない。面倒だ。
傷は「隠す努力はした」程度の化粧がされている。
…………しかし、これはまた。
茶会で控える侍従が、主催にしなだれかかっているとは、斬新だな。
「最近、あまり会いに来てくれないね?ローズティア」
15とは思えない艶やかさで、そいつが言う。
が、舌なめずりしそうな感じで……趣味の悪い声だ。
好ましくない。
そこの侍従以外も女を侍らせているのは、見たことがある。
何がいいというのだか。
王子になら無条件で跪くのか?跪くのだろうな。断れないだろう。
それは分かる。
悦んで傅く要素が、まったく想像できない。
そいつ美形か?全然違うだろう。
だが女……奴の両側に侍る者たちは、陶然としている。
明らかに職務を放棄しているように見えるが。
それが主人の命令だから聞いているのか?
…………何か、引っかかるな。
「王子殿下がお忙しいようなので。申し訳ありません」
「君の方も、領の経営に携わってるそうじゃないか。さすがだね」
「恐れ入ります」
褒めるな。怖気が走る。素直にやめてほしい。
顔だけはにこやかに、茶番を続ける。
「せっかくだから……もっとこっちに寄らないかい?ローズティア」
両側に侍従を侍らせておいてか?
だがその者、ただの侍従ではないな。
肌の色からして……東の国の出身だ。
なるほど。
「それはまたの機会に」
「そうか、残念だ」
こちらの侍従が椅子を引いてくれたので、座る。
まだ茶も入っていないのに……何か、香る?
妙に甘ったるい。
これは……まさか。
そっと懐から小瓶を出し、中身を僅かに膝の上にかける。
反応……している。
こいつはいくつかの毒物に反応するスライムだ。
ということは、この香は。
その、仕事を放棄した侍従たちは、そういうことか。
……奥歯をかみ砕いてしまいそうだ。
「例の茶を」
「はっ」
少し小瓶を見せて、侍従に伝える。
この子は苦労して引き当てた、私の味方だ。
ローンズ様の残してくださった伝手から、引き入れた。
王宮に来ることになったとき、私の身辺を守らせるために雇っている。
当然この事態にも、示し合わせがある。
強く香りの立つ茶が入る。
「ほう、いい香りだね」
「はい。外国製と聞いてはおりますが。
珍しいので、仕入れてしまいました」
香りから鼻腔に入り、効果を発揮する毒物に、少しだが効果のあるものだ。
そうしたものと反応した場合に、すっきりとしたいい香りになる。
普通にいれると少々匂いが強く、飲むのは大変だ。
そうしてしばし。
適度に茶番を続け、庭を辞する。
……奴はやりたい放題、やっている。手を打たなくてはならない。
あれで陛下や王妃殿下に何かされたら、厄介では済まない。
仕入れ先は、これまで集めた情報を加味し、東国だろうな。
王宮の廊下に差し掛かったところで。
「次は東で」
「はい」
闇に潜む影に告げ、私は王宮を去った。
◇ ◇ ◇
勝手口から出て、夜闇に紛れる。
……革とはいえ、鎧はさすがに少し重いな。着慣れない。
しばらくそのまま進む。
木の影に隠れてから。
鎧や小手を脱ぎ、それに小瓶から出した一つスライムをつける。
少し離れてから、別の小瓶から色の違うスライムを取り出す。
これはあのとき、私が投げたものだ。
出て来た砦の方を振り返る。
…………遠く、少し光が煌めいた。
よし。
スライムを鎧に投げつける。
鎧が燃え上がる。革とはいえ、簡単には燃えないものだろうに。
炎が、私が薄く砦の中から引いて来ていた、スライムの線を渡っていく。
さて、離れよう。かなりの威力になるはずだ。
おっと、もう誰も見ていない。こいつもとっておかなくては。
顔から、ハートスライムを剥がす。
精悍な顔つきの兵士は、醜い火傷の女に戻った。
その日。小競り合いの絶えない隣国と国境の砦が、爆発し、跡形もなく吹っ飛んだ。
砦ばかりか、辺境伯の屋敷、街中のいくつかの倉庫も粉々になった。
倉庫からは……ご禁制の薬物が出て来たそうだ。
…………隣国は、なぜか攻めてくることもなかった。
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