第8話.我が悪事~殺人~

「…………これはどういうご了見でしょう」


 さる貴族の夜会に出て、席を外した折。

 幾人かの令嬢に囲まれた。


「聡明なダンストン公爵令嬢なら、お分かりではなくて?」

「ローンズ王太子殿下の婚約者ですもの」

「ご結婚はいつになるのでしょう?私、ドレスを新調したくて」


 よく言う。

 あれの侍らせている女どもの癖して。


 しなだれかかる侍従を見かけることはなくなったが。

 今度は令嬢に手を出し始めたか。

 どういう繋がりだ。


 いくつか手は考えらえるが、あり得そうなのは……。

 ……今あれをローンズ様と呼んだ女。

 この国の令嬢ではないな。


「ご用件がないなら、失礼いたします」

「ちょっと待ちなさいよ!」「王太子様はあんたのモノじゃないのよ!?」


 それを私に言うな。

 するりと抜け、立ち去る。


 木陰にそっと声をかける。


「あの令嬢」

「……西の国の者でしょう。調べます」

「頼みます」



  ◇  ◇  ◇ 



「お前、なぜ……」


 なぜも何も、貴様が幾人かの令嬢を脅して回っていた連中の一人だからだ。

 奴は伝手を使って手勢を集め、貴族の令嬢を手籠めにし。

 そうして手を広げようとしていた……らしい。


 私のところに訴えかけて来た彼女たちのおかげで、早期に気づくことができた。

 彼女たちは開き直ったか、あるいは篭絡の言葉を真に受けたか。

 どうせ絡めとられたのだからと、一番上の奴を狙いに定めたのだろうな。


 だがあいつの婚約者は、悍ましいことに私。

 排除せねばならないと、短絡的に動いた、と。


 腹に刺したナイフを抜き、隙だらけになった首を斬る。

 返り血を私にたっぷりと浴びせ、そいつは倒れ伏した。


 仲間だと思わせるのは、そう難しいことではないからな。

 対象さえわかっていれば、楽なものだ。


「ッ!?きゃあああああああああああああああああ!!」


 ん。見つかったか。

 人気のないところでやったつもりだが、まぁいい。


 叫ぶご婦人の脇を抜け、通りに出る。

 こちらを見ている幾人かの人間のうち――やはり出てきたな。

 時間になっても来ないからと、様子を見に来たか。


 そして私――自分と同じ顔をしているこちらを見て、驚き、固まっている。


 懐から、スライムの一つをそいつのいる地面に投げつける。

 スライムは一気に広がり、石畳に浸透した。

 地面が陥没し、その男は前のめりに転んだ。


 すっと近づき。

 首筋をナイフで、深く薙ぐ。


「ひ、人殺し!」


 ナイフはそいつの反対の首に突き立てておき。

 素早く人の間を抜けて行く。


 裏の通りをいくつか抜けながら、外壁まで到達する。

 ……この街の壁は、あまり高くも厚くもない。


 スライムを投げつけると、壁は簡単に崩れ去った。


 血染めの外套を外に投げ、別のスライムで火をつける。

 そして私は顔のハートスライムを剥いで、元の顔へ。

 ……一人の男から、代わりの外套と小瓶を受け取る。


 外套を纏い、小瓶を開け、少し待つ。


 兵士が二人、やってきた。

 崩れた壁、燃える炎のあたりを見ている。

 少し外れたところに立っているこちらには、気づいてもいない。


「おい、こっちだ!」

「いたか!?外か!人を呼べ、山狩りだ!!」


 …………いた。こいつだ。


 再びハートスライムを被り。

 今度は老婆の顔へ。


「……失礼」


 仲間が人を呼びに行ったので、一人になったその兵士の口に。

 小瓶から出していたスライムを押し込む。


 こいつは単純に、水分を食う。

 唯一、直接人に害する可能性のあるスライムだ。


 押し込まれてもがくが、すぐ顔色が悪くなっていく。

 声も出せず、男は乾いて、果てた。


 自業自得だ。

 お前たちの排除は、別に殺害でなくてもよかったんだが。

 さる令嬢からのご依頼さ。女を甘く見たな。


 掃除は、これで終わりだ。


 だがまだだ。

 まだ私の炎は、消えない。

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