第10話.今、炎より怪物が生まれる

 私は焦っていた。

 ああ言ったものの……決め手がない。


 周囲は承知の上で、あいつを王太子にしている。

 あいつはそれをある程度知悉した上で、のさばっている。

 正面からは、突き崩せない。


 おそらく唯一の手は、アマンダ様の、提案。

 多数の貴族が絡むゆえの、苦肉の策というところか?

 政治の領域となると、簡単には手が出せない。


 そのためには……やはり奴を炙り出すしかない。

 邪魔をし、こちらを排除するよう、動かすのだ。

 動かざるを得ない状況に、仕向けてやる。


 手の者を殺し。

 繋がりのあるところを燃やし。

 犯罪の証拠をばらまき。


 だが、効果があるのかは……実感が湧かない。

 なぜだ。確かに追い詰めているはずなのに。

 奴の周囲の勢力は、確かに削っている。


 なら、何だ。

 他に……まさか奴にも、仲間が?


 あり得るとすれば……。


 黙考しつつ、林の間を駆ける。

 先の仕事で、スライムのほとんどは使い切った。

 今日は引き上げ、また次に――――


 咄嗟に抜いたナイフが、剣閃を受け止めた。


「おー。奴の言う通りだ。

 こそこそしてるネズミが、おびき出されやがった」


 ッ。こっちが罠にかかってたか!

 切り払う。

 間合いを取られた。


 ナイフをちらつかせ、振るいながら、死角から蹴りを放つ。

 足に、そして手元に向かうように見せかけ――大胆にこめかみを打ち抜く。


「ぐぉっ!?」


 よろめくそいつに、姿勢を低くして迫る。

 ――っ、なんだ、今の。目、が。


 迫る銀の光に、ナイフを、合わせ。


 短剣が弾き飛ばされた。

 くっ、地面を、砂を蹴ったか。目に入ったッ。


「生け捕りって言われてるから、なッ!」


 こめかみに拳が刺さった。

 体重を乗せて振り抜かれ、倒れる。

 ぐ……油断した。


 もたついている間に、馬乗りになられる。

 拳が、二度。

 剣の柄が、三度顔面を叩いた。


 ……これは、ひどい顔に、なっていそうだな。

 身が震える。気持ちが悪い。いくらか、骨が折れてるようだ。

 鼻、喉奥にひどい違和感があって――相応の流血もしていそうだ。


 おのれ。この身のこなし、奴が賊の頃の仲間、だな。

 朦朧とする……思考が、安定しない。

 まだ、敗れる、わけには……。


「くそっ、いって……なにもんだよまったく。

 何年も手こずらせてくれやがって……お?

 こいつ女か。

 しかもなんだ、顔隠してやがんのか?

 へっへ。じゃあご尊顔を拝見してやるか」


 ああ、やめろ。

 見るな。剥がすな。

 ローンズ様――――


「うげぇ、なんだこりゃ火傷か!?

 けっ。萎えちまった」


 やけ、ど。

 わたしの、ほのお。

 もう思い出せないローンズ様のお顔が――炎の向こうに消えて行く。


「ダメなんだよなぁ。火かき棒でぶん殴ったガキを思い出してよ。

 うるせぇし、なんか投げたと思ったら爆発するし。

 さんざんな目に…………なんだその目は」


 私の震えが、止まる。

 目。

 私をごみのように見る、目。


 


「気に食わね――おごっ!?」


 体が勝手に、動いた。

 私の右手が、顔から剝がれかけのスライムを引き剝がし。

 拳にまとって――そいつの口の中に押し込んだ。


 拳の先が、燃えるように熱くなる。


 スライムは意外に強靭だ。こうされると、かみ砕くこともできない。

 そしてハートスライムは、記憶を食って姿や色を変える。

 もし変えた状態で、他の者に触れていたら。


 私の怨念を、拳に張り付いたスライムに籠める。


「あがあああああああああああああああああああああああああ!?」


 あの時の私よりも大きく、浅ましく、男の叫びが上がる。


 見えるだろう、私の目の奥に。

 お前を覗く、この瞳の向こうに。

 あの夜の業火が!


 全身を震わせ、力が抜けたそいつの口から、手を抜く。


 意識は失っていないものの、両手はだらんとさがり、膝を折って動けないようだ。


 私は立ち上がり、そいつを見下ろす。


「私の誇りを……この火傷を笑ったな?」


 スライムを、もう一つ剥がす。

 普段の火傷跡は、ハートスライムでマシな状態にした顔だ。

 これが本当の、私。


「ひいぃっっ」


 この顔が悍ましいか。恐ろしいか。そうだろう。

 しかし怯えるその顔の、なんと滑稽なことか。


「ククク……フフフフ」


 笑いが、こみ上げる。


「フハハハハハハハハハハハハハハ!

 私が何者かと聞いたな!教えてやろう!」


 あの黄金の時が。

 私の愛しい日々が、燃えていく。


 炎の向こうから、新たな私が現れる。


「私はッ!火傷顔フライフェイス!!」


 両手を広げ。

 天を向いて。


「この顔より醜い悪党を焼き尽くす!

 炎の化け物だッ!!」


 その炎は復讐のそれではない。

 これは命。私の生命。私の生き様。


 あの夜から10年の時を経て。

 今生まれた、新たな怪物の命だ!!


 恐怖の前に、男が意識を失い、崩れ落ちる。


 嗚呼、嗚呼。

 なんと滑稽で、なんと面白い!

 生きる喜びを、実感する!!


「アハハハハハハハハハ!!

 ハハハハハハハハハハ!!!!」

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