第7話 やるだけやった男の話
「判決を言い渡す」
うちの親父と第二王子が王城に突入してから3ヶ月と少し。
ようやっと詳細な調査が終わり、俺の刑も確定した。
俺は自分のやった全ての罪になりえるであろうことを記録していた為、改めて行った尋問時にそれをまとめて提出したんだが、余りの犯罪行為のオンパレードに王子がドン引きしていた。
第二王子が掌握するまで王城を管理・統制させるための越権行為の数々、とりあえずマリーの機嫌を取るための物品の収集の為の浪費、何をするにも金を引っ張る必要があったため適当に国庫と宝物庫からちょろまかした結果の横領、片っ端からやりまくった命令書の印の捏造など累積で懲役刑であればざっくり概算で1000年ほどの服役かギロチンで5回首を切られる必要があったが、多くは非常事態の為、という事で不問になった。
だが、俺の行動が褒められた物ではないのは当たり前の話であって。
結局のところ俺は辺境伯領の継承権剥奪と、特別に認可された場合を除いた王都への立入禁止、更に全く預かり知らぬ領地へ代官として赴任するように言い渡された。
つまりまあ、もう中央の政治に関わることはできないということだ。
とはいえ、これは非常に温情ある判決なのは分かっている。
取り調べが終わった後は魔力封印の枷を嵌められはしたものの拘束されることもなく離れを一棟与えられその中で自由に過ごすこともできたし、面会も制限なしでできたし、継承権を剥奪されたとはいえエニュオの姓を名乗る事もできる。
親父には泣きながら殴られるし母にはただ何も言わず抱きしめられるし、後詰めで来た妹には謝りながら泣きつかれるし弟には足を折ったにも関わらず自分のやったことの記憶があるせいか感謝までされた。
そしてサイオン王子からは魔法でぶっ飛ばしたことをひとしきり責められた後に「それはそれ、これはこれだ」と言ってぶっとい金の延べ棒を3本渡された。
退職金込みの報奨+迷惑料ということらしい。
延べ棒なんて触ったの初めてだよ俺。
そして更に「王都への立ち入りは禁止とはいえ、おれはいつでも特別な認可を出せるということを忘れないことだ」というありがたいお言葉を頂いた。
とまあ、そんな感じで俺個人の着地点としては最上の上がりだろう。
ただ国としては現状かなり厳しい。
今回の一件は「謎の敵性魔女による王城襲撃」という扱いとなった。
この世界で言う魔女は悪い魔法使いの女、という意味合いで使われ、別に魔女というものが存在するわけではない、ちなみに男の場合は魔人。
その魔女が王や王太子を傀儡にしてこの国を危機に陥れ、それをサイオン王子がいち早く察知して手勢を率いて制圧した…というストーリーだ。
最悪な事に俺の見立て通り、最初に魅了された俺を除いた4人は国中の魔法使いを呼び寄せて検査・治療させても状態は好転することはなく、全員表向きは魔法の影響による死亡…実際は服毒による安楽死となった。
マリーを生かしたまま拘束すればもしかするとなんとかなった可能性はあるが、その可能性と魔眼の危険性を天秤にかけ、苦渋の選択で危険性を取った為マリーは突入時に殺害されている。
今回一番貧乏くじを引いたのは教会だ。
俺が妨害していたのは本当に魅了されると厳しい人間の接触のみのため、それ以外はノーマークにせざるを得ず、マリーは色々と好き勝手魅了していた。
枢機卿が中度の魅了状態にかかっていた為マリーの要請により教会を抑え王宮への干渉が出来ない状態であった上、本人が回復はできるものの魅了の後遺症でまだ本業への復帰は難しい上に息子はそのまま死んでしまったのだ。
踏んだり蹴ったりとはこの事である。
また、こちらもやや魅了が深かったミュレス嬢は持ち前の魔力で早期に復帰した、とはいえ覚醒した時は全ての記憶があったということで錯乱状態になっていたそうだが…。
そして落ち着いた所であらためてサイオン王子の婚約者として婚約し直したそうだ。
実家としても思う所はあれど次期王妃というポジションは変わらない上に国を救った英雄が伴侶となる、というオプションがついてくるので特に問題にはならなかったそう。
本人同士も元々仲が良かったのも大きかったそうだ。
そして実質的に今回の王都攻めを指揮したティア王妃は自分の夫や息子の失態の責任を取る為残念ながら全ての職を辞し、王都を離れ隠居するとのこと。
リンもそれについていくらしく、ここはもっと良い着地点はなかったか…と今でも思う。
そして事情を知らない貴族からの突き上げもやはり多い上に魅了深度が深すぎて年単位で業務に復帰できない代官も数多く存在するため、今後の国家運営は順風満帆とはとても言いづらい。
とはいえ、もう俺には関係ない事だ。
これ以上の被害を抑えるのは無理だったと胸を張って言えるしね。
そして俺は今赴任先の領地へ1人、馬を走らせながら向かっている。
王都から馬車で1日と半分ほどのその土地は王都近郊とは思えないほどに良く言えばのどか、悪く言えば田舎で。
体の良い左遷というのがぴったりな場所だった。
恐らくこの距離なのは王子が俺を呼びつけやすくしたのもあるだろう。
俺もこの半年、一生分働いた自覚もあるしかなり早いが隠居も悪くない。
そう考えればこの牧歌的な雰囲気も悪くはない。
金もあるしほとぼりが冷めたら嫁さんでも見つけようか。
そう考えていると領主の館に到着。
預かった鍵で中に入ると思いもよらない光景が広がっていた。
「おかえりなさい」
「はろー」
ティア王妃とリンがさも当然のように寛いでいるのだ。
「ええ!?ティア王妃!?」
「あたしもいるんだけど…」
「ふふふ、もうわたくしは王妃ではありません…これからはティアとお呼びくださいませ」
「ええと…ティア…さん…なんでここに…」
「ティアです。なんでと申されましても、ここの領土はわたくしが隠居時に息子からもらった領土ですから」
そんな事一切聞いてないんだけど…。
「フィル…よろしいでしょうか?」
「ひゃ、はい!ティア王妃」
「ティアです。わたしくは先日起きた事件によりとても心を痛めました」
「はい」
それはそうだろう、自分の子と夫を間接的に殺す命令を出したのだから。
「だからわたくしは責任を取る意味で、全ての職を辞し隠居する運びとなりました」
「…申し訳ありません」
今思えばもう少しスマートに色々出来た可能性があるかな、というのは事実だ。
「いえ、フィルはよくやってくれました。そ、それで…わたくしが貴方を指名した理由なのですが…ええと…」
ティアさんが顔を赤らめながら指をいじいじとしている。
こ、これは…。
「魅了されたとはいえ、夫と息子に殺そう、と言われたわたくしは…本当に傷つきました、それこそ、心が壊れてしまうほどに、です。それで…貴方はそんな事は思ってはなかったでしょうけども…その傷を癒してくれたのがあなたの手紙なのです…最初の手紙に書いてあったあなたがたの味方です、という言葉がわたくしにとって生きる糧となっていたのです…それで…もう30も超えたのに…夫や子と死別したばかりなのに…物凄く…恥ずかしくて…はしたないのですけど…」
流石に女性と付き合ったりデートしたことがない俺でも分かる。
そこまで朴念仁ではない。
これは。
「フィル…貴方の事を…お慕いしております…」
愛の告白だ。
「フィル…?」
「は、はい!」
「と、当然ですが!フィルにも断る権利はあります!もうわたくしはおばさんですし、若い子のほうが…という気持ちはわかります…断ってもなにか罰を与えるという事もありません…でもフィルに拒絶されたら…わたくし…とても辛くて…挫けて…その後一生…涙と共に暮らすことになるかもしれません…」
そう言いながら少し震えながらぽろり、と涙を流すティアさん。
多少、脅迫じみてはいるが必死さの表れなんだろう。
俺がどう返答をするか、必死に考えているとトントン、と肩を叩かれた。
「フィル、はいこれ。着任した代官様あてに王家から」
そう言ってニヤニヤした顔でリンが手渡してきたのはなるほど封蝋に王家の印が押された正式な書類だ。
魔法がかかっているわけでもないのに禍々しいオーラが何故か見える。
物凄く嫌な予感がしながら封を破いて中身を確認する。
『新任代官 フィルバドール=エニュオ殿
貴殿が赴任する領地は隠居されたティア元王妃の領地である為、失礼のないよう対応すること。
また、その領地の所有者はティア元王妃であり、貴殿の赴任はティア元王妃たってのご希望によるものであるからして、本人の希望を最優先に叶えた上で、格別の配慮・忖度を貴殿に期待するものとする。
新王 サイオンより』
読み進めながら天を見上げる俺。
外堀は完璧に埋められていた。
「フィル…?」
「あの…ええと…」
「やはりわたくしではダメでしょうか…」
「いやその…やっぱり心の準備と言うか…」
「あ…そうですよね…急にこんな事言われてもびっくりしますよね…でもあの…脅迫とか恫喝とか…決してそういうのではないのですが…非常事態だったとはいえ…わたくしに雷撃を浴びせた責任とか…あると思うのですけど…いや気にはしてないんですよ!でも…その当時は王妃でしたし…対外的にも…あと腕に枷を嵌めた事とかも…痣がちょっとできましたし…もう治りましたけど…あと…最初のお手紙に『全ての事態が終わった後に我が身を持って清算させて頂きます』と書かれていましたし…」
ティアさんの目から涙がこぼれ、どんどん瞳の光が消えていくにつれ発言もなりふり構わなくなってきた。
ええい。
何を迷っているんだ。
年齢差がなんだ、身分差がなんだ。
一番えらい人の許可も出ている。
眼の前の女性を見ろ。
水色のウェーブのかかったロングヘア、30を超えた二児の母とは思えない童顔、身長は低いのに出るとこでているプロポーション。
それに何よりも俺の事を好いてくれているその心。
全てのプライドをかなぐり捨ててなりふり構わず年下に告白するそのいじらしさ。
「あっ」
男ならいかんかい!という精神で俺はティアさんを抱きしめて返答する。
「ああ…フィル…これは夢ではないかしら…」
ワンテンポ置いてティアさんの目に光が戻り、ぎゅっと俺を抱き返す。
「…ティアさん、若輩たる我が身に過大なる想いを寄せていただき、身に余る光栄に存じます…最初の手紙に『全ての事態が終わった後に我が身を以て清算させて頂きます』と確かに書きました、覚えております…責任、取らせていただきます」
「ティアです」
「…ティア」
「はい。わたくしもフィルの事を手紙を貰った時からずっとお慕いしておりました…よろしくお願いします」
お互いに儀式じみたやり取りを済ませたところで、どちらかともなく自然と軽く、あくまでも軽く口付けを交わす。
「…さて、めでたく代官就任も終わった所で奥様、予定通り2週間の休暇を頂きますね、はーやれやれ」
完全に蚊帳の外に置かれていたリンが付き合ってらんねーという感じの投げやりっぷりでそう言って荷物を纏めてさっさと出ていく。
「ちょ、リン!待て!2週間って!」
「リン、サイオンに話は通してありますので王都に付いたらボーナスを受け取ってくださいね、この半年大変でしたから」
「ありがとうございます」
「こういうのは!色々と!段階が!あるもんだろ!リン!おい!って力強!」
魔法使いの行使する魔法には大きく分けて2つのカテゴリがある。
魔力を氷や炎、雷撃など別のものに変換し、投射するもの。
魔力を自分の体に纏わせて筋力や瞬発力を擬似的に増大させるもの。
あまり知られていないが、ティアが得意なのは実は後者のほうで、学校に通っていた時は色々と伝説が残っていたのを今自分がその強さを体感して思い出した。
「さあ、家の中を案内しますね、フィル」
そう言って俺を抱きしめたまま引っ張っていくティア。
踏ん張ろうにもティアの力のほうが強くずりずりと奥に引っ張り込まれる。
この人俺より格上だから勝ち目がねえ!
「あ、あの!こういうのって段階!段階が!」
「フィル、愛し合う2人に段階などないのですよ…まずは台所を一緒に見ましょうか」
だ、ダメだ勝てない!
無敵だこの人!
「じゃ、奥様も旦那様も私がいない間ごゆっくり、お土産買ってきますんで」
ずりずりと家の奥に引っ張られていく俺を眺めながらリンはそう言って扉を閉め、唯一の脱出口であった館の扉に鍵をかけた。
これが、やるだけやった俺の話。
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一応完結ですがもう+1話ぐらいなにかあるかもしれません
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