第6話 気付くのが遅れた王妃の告白 (3/3)
「フィル殿…まさかとは思いますが、王都に戻るおつもりですか?」
「ええ、お三方を送ったらすぐに」
「何故です!?」
「なんで!?」
わたくしの邪魔をせず傍観に徹してくれていたリンすら驚きの声を上げていました。
当然です。
ここで辺境伯に残り、わたくしの証言と共にサイオンと辺境伯に釈明すれば間違いなく受け入れられ、彼は救国の英雄の1人に数えられることでしょう。
しかし、王都に戻れば残る道は逆賊として討たれるか、そうでなくとも処刑されるのみ。
何を考えているのか、全く理解ができません。
わたくしとリンが言葉を失っていると、フィルが諭すような優しい声で理由を話してくれました。
「ティア王妃、今回のこのエニュオ領への移送…現王妃をお送りするのに使用人もつけず、護衛も僕1人どころか御者まで担当しています…どう考えたっておかしいですよね?」
「え、ええ…」
全く持ってその通りです。
わたくしが軽んじられているとかそういうのを抜きにしても、あまりにも人員が少なすぎる。
伯爵令嬢と王妃の護送であれば、少なくとも使用人は4人、護衛は30人以上付けるのが当たり前です。
ですが今街道を往くわたくしたちの人員はたったの4人。
辺境伯領への道は危険なわけではないですが野盗が出ないとも限らないわけで、ミュレスちゃんは魅了が切れかけなのか眠そうな目でぼうっとしていて実質的に戦えるのはフィル1人のみ。
それでも、彼ならば負けはしませんが万が一があります。
「今回のこの移送に関しては僕が提案したものですが、今の王宮の実権は全てマリーが握っています…全てにおいてです、つまり…」
フィルはため息をついて、何かを諦めたかのような声で。
「正気の人間が1人も中枢に残っていないのです、ですから一事が万事、このようなとんでもないおかしな提案が通るのです」
そう言いました。
「まさか…」
わたくしは思わずそう漏らしました。
わたくしも自慢というわけではないですが、それなりに勉強は出来、夫の助けとなるような政治の流れもある程度習っております。
だからこそ彼の考えている事、今から言わんとしている事が分かるのです。
彼は
彼は
「父と王子が意見を擦り合わせて王都へ来るまでにどんなに早くても30日から40日はかかるでしょう…マリーを裏切るのは最高のタイミングが今なのは理解しています、ここで裏切れば胸のすくような思いになるでしょう…ですが僕が今30日も城を空ければ、その前に国がどうにかなってしまいます…それは権力譲渡を目的とするのであれば絶対によくありません」
わたくしとサイオンの為の轍となって死ぬつもりなのです。
「そんな…そんなの…」
わたくしはもう、涙が止まりませんでした。
頭では分かります。
やらないとまずいのも分かります。
このような護送命令が通る環境ということは、財務担当者も警備兵もほぼ掌握されているのでしょう。
その状態で正気の人間が1人もいなければ2週間もあれば城内はめちゃくちゃになってしまう。
一度破綻してしまえばその影響はすぐに城下にも波及します。
そうなってからわたくしたちが乗り込んでも今後の国家運営に支障をきたすのも分かります。
そして王都を制圧するだけの兵力を動かすにはどう頑張っても1ヶ月はかかってしまう事もわかります。
わかります。
わかっています。
でも、そんなの、そんなのって。
フィルは、この子はそんな事をする理由も責任もないじゃないですか。
「幸い僕には弟がいますので、もし僕に何かがあっても辺境伯領は安泰です、辺境伯嫡男として、生まれた時から国の仕組みに組み込まれている部品みたいなものですし立場における恩恵も受けています…何よりも」
そうじゃない、そんな事を聞きたいわけじゃない。
「この仕事は僕にしかできませんから」
フィル、あなたは何故そんなことを笑いながら言えるの。
そんな事しなくていい、あなたにはそんな責任はない。
そう言ってあげたいのに。
王妃としての、国を動かす立場の人間としてのわたくしがそれを言ってはいけない、フィルにしかできない仕事なのは事実で必要な犠牲だと警告してきて。
全部が全部ぐちゃぐちゃになって、喉から出るのは嗚咽ばかりで。
もう、彼に何も言えなくなって、赤子のようにずっと泣いてばかりでした。
それからの事はもう殆ど覚えていません。
困惑するエニュオ領の方々に対しフィルが突き放すようにわたくしたちを預け、マリーへの愛を理由にそのまま王都へ引き返して行きました。
最後、引き渡す時に一言、小声でわたくしとリンに聞こえるように。
「おさらばです、お元気で」
と声を掛けて。
わたくしはそれを聞いてまた涙が止まらなくなって。
それを見たフィルのお母様や妹さんが、フィルに対して本気で罵声を浴びせられていて。
違う、違うと言いたいのに声が出なくて。
フィルのお母様とリンに支えられた時にそのままふっと、気を失ってしまいました。
---サイオンside---
「おかしい」
王宮でなにかが起こってるのは間違いない。
母とはいつの間にか連絡が取れないし、父や兄に直接問いただそうとしても忌々しい金髪の男に魔法で制圧される。
かと思えば父が大兵力を率いて各地を回って演習を行え、と言い始めた。
このタイミングで王都を離れるのは抵抗があったが王命に背けるはずもなく。
演習自体は別に良い。
領地貴族への牽制にもなるし野盗狩りも兼任できて治安維持にもなる。
だがいくらなんでも現有戦力の6割で動くのは無駄が多すぎるし、過剰戦力だ。
そして道中で怒り心頭のバトラス辺境伯と合流した。
彼が言うにはここ最近の王宮の動きを正すために父と会談したが要領を得ず、殆ど会話にならなかったと。
しかもエニュオ領近郊で演習予定があるにも関わらずこの演習そのものの事を知らされていなかったし、王との会談でも一切触れられなかったらしい。
そしてバトラス辺境伯といえば金髪の確か、フィルバドールと言ったか、あれの父親だ。
そのことについて聞くと王都に通わせていた弟と妹…特に弟の両足を折って辺境伯領へ強引に返した事についても問いただすつもりだったらしい。
結果は外出中ということで接触出来なかったそうだが。
ますますおかしい。
最初は、父もしくは兄がなんらかの理由で私を殺そうとしているのではないかと思った。
恨みを買った覚えはないが、何が引き金で事が起こるかなんてことは誰もわからん。
だが、それにしては戦力が過大過ぎる。
普通暗殺する場合ならばもっともっと手勢を減らして出発させるはず。
「王都から戦力を減らす為?いや…」
「大変です!」
堂々巡りの思考を続けていると、テント内に伝令が飛び込んできた。
「どうした?」
「バトラス辺境伯より、ティア王妃様とミュレス伯爵令嬢をお預かりしているとエニュオ領から急ぎの連絡があったとの事です!」
「はぁ!?」
意味がわからない、何故だ?
脱出してきた?いやそんな甘い警備ではないはずだ。
「すぐにエニュオ領へ向かう!準備を」
そう言っておれは急ぎ身支度を始めた。
大規模な軍を一度に動かすのは性質的に難しい為、先遣隊ということでバトラス辺境伯とおれに加えて信用のおける家臣何人かで先発隊を組み、4日ほどでエニュオ領で辿り着いた。
母と義姉さんは辺境伯の屋敷にて保護されているらしく、到着次第すぐに待機しているという部屋に入ると久しく顔を見ていなかった母が出迎えてくれた。
「サイオン!良く無事で!」
「母上!」
母は最後に見たときよりも少し痩せ、目の下に隈が出来てはいたが元気そうではある、が、腕の犯罪者用の封印の枷が目に入りおれは少し顔が歪む。
「ごめんなさい、不覚を取ってしまったわ」
おれの目線が封印の枷に行っている事のに気付くと、そう言いながら母は大きく頭を下げた。
「…知っている事を全てお話しして頂きます」
「…ええ」
「…魅了の魔眼ですか」
「はい」
「つまり馬鹿息子や王や王太子がまるごと操られ、既に取り返しのつかない所まで来ている、と」
この話を聞いた先見隊の全員が絶句している。
身内の贔屓目なしで優秀な父や兄がまさかこんなことで…とは思わざるを得なかった。
おれも魔法使いである以上、魔眼の恐ろしさは書物などで人よりも分かっていたつもりではあるがここまでとは…。
「それならばあのフィルバドールとかいう男がえらく強硬な態度だったのも頷けるな」
「トーマスの足を折ったのもそのせいか…」
「あの子はなんてことを…」
魅了の魔眼で操られているとはいえ、おれに対し魔法を見舞ったのは看過することはできない。
バトラス辺境伯も渋い顔をしているし、奥方は情けないと言いながら涙を流している。
彼らの反応から見ても軽い処分にはならないし、なるとも思っていないだろう。
そう考えていると、母もぽろぽろと涙を流し始めた。
「母上、おつらい記憶があるようでしたらお話はまた後ででも…」
母の泣く場面など生まれてからついぞ見たことがなく、少し動転してしまった。
その涙は止まらず、リンが背中をさすりながら慰めている。
彼女にも封印の枷が装着されているあたり、ろくな扱いではなかったのであろう。
「違う…違うのです…」
違う?
「どういうことですか?」
「彼は…フィルは…」
ん?フィル?
「フィルバドールは…全くの正気です…彼は…わたくしたちの為に…サイオン…お願いです…彼を助けて…」
そう言いながらしゃがみ込んで泣き始めた。
どういうことだ?正気?
「王妃様、申し訳ありません、話が良く…」
「ここからは私が説明させていただきます、奥方様、申し訳ありませんが姫様をお休みさせてください」
バトラス辺境伯も困惑しているようで、申し訳なさそうに追加説明を求めるとかわりにリンが説明するという。
そしてその説明に我々は衝撃を受ける事になる。
「…つまり弟の足を折ったのもおれに魔法を当てて妨害したのも全てはマリーという女に接触させない為だったと」
「はい、そしてこのエニュオ領に王都を落とせるだけの戦力を集めたのも彼です」
秘密裏に受け渡された手紙や、状況証拠などから先遣隊の中でも彼は正気であろう、という意見で一致した。
バトラス辺境伯が洗脳されきった父上を見てきたのもその論を補強する材料となった。
辺境伯いわく、「惚けた老人のようであった」そうだからな。
そしておれも、数々の疑問点に納得がいった。
おれやバトラス辺境伯を殺す為ではなく、おれやバトラス辺境伯に王都を落としてもらう為の行動と見れば全ては合点がいく。
しかし、しかしだ。
「その、我が母上が…フィルバドールにベタベタに惚れている、という話は必要だったのか?」
おれの言葉に皆が微妙な顔になった。
母上はあまり感情の機微を表に出す人ではない。
笑顔を見せない訳では決して無いが、少なくともおれが見ていた母上はいつも静かで、理知的で、冷静な人であった。
そんな母が辺境伯の息子とはいえその程度の立場の人間をフィル、と気安く呼んでいるのも少し疑問ではあったし、あんなに泣いて延命を乞う事などどういうことか?とは思っていた。
「当然、必要です」
リンはそう言って持論を述べる。
フィルバドールと母はどちらもおれよりも優秀な魔法使いだ、そしてその2人の魔法使いが出した結論が
『もはや最初に魅了された王・王太子・乳兄弟・枢機卿の息子は助ける事はできない』
というものであった。
これにはバトラス辺境伯も期間的にそうであろう、とこの結論を支持した。
そしてその王がまともな判断ができない、となると今一番この国で権力があるのは母ということになる。
つまり母は自分の夫と息子を殺すように指示しなければならない立場だ。
それが心にどれだけ負担がかかるかは想像に難くない。
「…私は幸運にも姫様から引き離されることなくずっとお世話をさせて頂いておりますが、諸々の状況を鑑みて今の姫様の状態ではバルムンク様やカストル様に加えてフィルバドールまで失うと心が耐えきれない可能性が高いです」
フィルバドールが王都に戻った状態であれですからね、と母が引っ込んだ部屋のドアを親指で差しながらリンが言う。
「なるほどな…」
「サイオン王子、そういった理由なのであれば私からもできれば殺すのは…」
そう言うのは辺境伯。
当然だな、この話を統合すれば少なくとも彼は罪に問われるにしても殺されるいわれはない。
「…突入部隊は全員刃引きで対応が妥当か」
ぽつりと漏らした言葉に対し辺境伯とリンが無言で頭を下げる。
まったく手間をかけさせる。
覚えておけよ、フィルバドール。
―――――――――――――――――――――――――――――
よろしければコメントやフォロー、☆で評価して頂けると頂けると幸いです
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます