第4話 気付くのが遅れた王妃の告白 (1/3)

 わたくしの名前はティア。

 公爵家に生まれ、お父様が言うには非常に稀有な量の魔力を生まれつき持っていたため、わたくしが6歳の頃には10歳以上年上の王太子との婚約が成立し、それに伴って婚約者以外の男性とは接点を作らぬまま学園を卒業し王家に嫁ぎました。


 わたくしの夫となる男性は私がかなりの年下であり更に童顔であったのがあまり好みでなかったらしく、結婚までに会ったとしてもあくまで義務という感じの対応で終始されていました。

 わたくしとしても顔の好みは男性の触れ合うことが少なかったのでそもそもよくわかりませんし、会話が年齢差もあって噛み合わない時期が長かったものですからお互い様かもしれません。

 このようにそもそも最初から愛のない結婚で、夜の逢瀬も義務といった形で最低限の回数をこなすのみ、男児を2人作った後は義務は果たした、とばかりに行為すらありませんでした。


 ただ、それでお互い浮気をするということもありませんでしたし、仲が悪かったということはなく。

 少なくとも私はお互いに信頼し合った夫婦だと思っていました。

 夫は側室を作ることもなく、愛人を別の所で囲うということもなかったのも、認識の正しさを補強する材料でした。

 夫は行為自体も非常に淡白でしたし、もしかしたらそういったこと自体がそもそもあまり好きではなかったのかもしれません。


 嫁ぐ前に叔母に「政略的な婚姻は相手を嫌いにならなければ上出来」と言われていたので、そういった心持ちで過ごしていたのも良かったのか、私としてもそこまで寂しいと思う事はありませんでした。

 無事に生まれた息子2人も大病なく丈夫に、性格も弟が多少皮肉屋なこと以外は健全に育ちました。

 そういう意味で母としての仕事も終わりに近づき、夫もわたくしのする事に干渉もしてくるようなタイプではなかったので、これからの余生は魔法の研究でもして過ごそうかしら、と思っていた矢先に。


 気付けば国そのものが終わり一歩手前まで来ていました。


 今思えば、そういえば、という程度ではありますが、最初の違和感は長男、王太子であるカストルが学園で平民の子と頻繁に食事やお茶会をしているという話を耳にした時でした。

 裏を取るために乳母兄のレオスや婚約者であるミュレスちゃん(わたくしはこう呼んでおりました、非常に可愛らしいので)に聞き取りをしたところ、両名ともに「可愛らしく性格も良い女性である」という返答をもらったため、そのタイミングでは疑念を払拭できました。


 何もしていなくとも太陽のように目立つ子は平民・貴族問わずいるものです。


 聞けば特待生扱いとのことでそういったある種のカリスマを持ち合わせている子なのでしょう。

 ミュレスちゃんはおとなしい子ではありましたが聡明でわたくしと同じく公爵令嬢であったというのもあり、彼女が問題にしていないようであれば大丈夫であろうし私も一度顔を見てみるのも良いかもな、と思ってその話はわたくしの中でそこで終わりました。



 次におかしい、と思ったのは夫からその女生徒の話と名前が出てからです。


 夫は公務などに忙しく普段あまり接点がないため、これも信頼関係を作る為の一環としてわたくしと夫は最低でも週に1回は一緒に食事を摂る事にしています。


 その女生徒の話はわたくしから夫に振ったので、しばらく話題に出すのも夫が会話をする努力をしてくれているのかな、と思い、特に問題にはしていませんでした。


 しかし、食事を重ねる度にその女生徒の話題が多くなり、ついには『マリー』と呼び捨てにするようになりました。


 今まで他の女性の話など、食卓で出たことはなかったのに。


 ただ、歳を重ねると性格の変わる人もいるという話も聞き及びますから、夫も50に近づきそういう時期なのかなと思い怪しいと思いながらもその時点では流してしまいました。

 ここで気付けていればまた少し結末は違ったのかもしれません。


 決定的なおかしさを感じたのは夫が私との食事をすっぽかした事でした。


 聞けば夫は予定を次々とキャンセルし、マリーという女生徒を王宮に住まわせ、更にカストルやレオス、更にはミュレスちゃんも一緒になって仲睦まじく過ごしているというのではないですか。

 しかも学校にもここ最近通学をしていないと。


 真意を問いただすべく職務中を狙って夫のいる玉座の間へ、つい1年前にわたくしの護衛に就任したリンを伴って足早に進みます。

 そして、王座の間への扉の前には1人の男性が立ちふさがるようにして佇んでいました。


「わたくしは自らの夫と息子に話があるのです、通しなさい」

「誰も通すな、と厳命を受けております」


 そう言ったのは金髪を無造作に後ろで束ねた少し野暮ったい感じの男性。

 確か辺境伯の嫡男で…名前はフィルバドール。

 ちょくちょく城に出入りして辺境伯であるお父上と財務官僚や夫との間で板挟みになっていた男の子と記憶しています。


「わたくしの命令は戦時中以外は王である夫の命令と同等の価値を持ちます、我が国は今戦時中なのですか?」


 そう言ったわたくしに対して、申し訳ありませんと頭を下げながらも通そうとしない彼に対しいらつきを覚え、更に強い言葉で叱責するようにもう一度通すように言いました。

 後ろでリンに殺気を放たせるのも忘れません。


「もう一度言います。道を開けなさい、貴方にわたくしの前を塞ぐ権利はありません」

「…わかりました」


 観念したのか振り向いて扉を開け、そのままわたくしとリンは中に入りました。

 さきほどの男は辺境伯の嫡男としての立場をわきまえていないようです。

 聞けばリンとは同級生で、あのような事をするような人間ではなかったとか。

 処罰を加える前に話を聞いてみるとしましょう。

 そのまま歩を進めるとそんな考えが全て消し飛ぶような光景が目の前に広がっていました。


 夫にしか座ることの許されぬ王座に、見知らぬ女性が座っているのです。


 夫とカストルは王座の横でその女性の手を取り傅いており、それだけでこの現状がいかに異常であるかというのを嫌でも認識しました。

 そしてその見知らぬ女性の瞳は淡く桃色の光を称えているのです。


 わたくしは何が起こったかを瞬時に理解し、シンプルに一言、こう思いました。



 やられた。





「カストル様のお母様ですね!はじめまして!マリーと…」


 魅了に対しては話を聞かず・目を見ず・素早く処分する。

 書物での知識でそう理解していたわたくしは馴れ馴れしく、王座に座ったまま話し始める女に対し火球の魔法を詠唱し、そのままぶつけました。


「…ティアよ、いきなり無礼ではないか」

「そうです…何をしているのですか」


 しかしその魔法も防御魔法でガードされ、その魔法を発現させた夫と息子から非難をされます。


 そしてその目は本気で私に対し困惑している目で。


 既にかなり重度の魅了を受けている、そう感じました。


 魅了の魔眼は書物の記載を見る限りでは効果が最高まで高まると自然に解消されず破滅しか残っていない、とされており、そうなれば目の前の魅了された人間は全員死ぬしかなくなります。


 そんな事は絶対に避けなければならない。


 最低でも今ここにいるわたくしの夫である国王と王太子、その乳母兄弟、枢機卿に扉を守っていた辺境伯の息子と恐らくは伯爵令嬢であるミュレスちゃんもその影響下にあるはずです。




「貴方にお母様などと呼ばれる筋合いはありませんよ、『魔眼持ち』」


 猫なで声で魅了をかけようとしてきた女にそう吐き捨て、わたくしとリンは戦闘態勢を取った。


 この女を殺すために。





 結論から言って、わたくしとリンはマリーと名乗る女に負けてしまいました。

 正確に言えば取り巻きの、私達を通せんぼしていたフィルバドールという子の放った雷撃で麻痺させられ、そのまま彼の魔法で拘束されてしました。

 無謀とは自分でも承知していました。

 リンもそう思っていたでしょう。


 ただ、ここでなんとかできないともう止められない、この国は終わってしまう。そう思ってしまい、動かざるを得ない状態までわたくしの心は追い込まれていました。


 拘束され、どうしよう、どうしようと考えているうちにマリーとその取り巻きの話題は、わたくしとリンの処遇についての話に移りました。


「父上と、更にマリーにまで魔法を放つとは我が母ながら許せませぬ、ギロチンによる処刑が妥当でしょう」


 わたくしがお腹を痛めて産んだ息子がそう言いました。


「うむ…」


 愛はなくとも、信頼しあっていると思っていたわたくしの夫がそれに同意しました。


 聞きたくなかった。


 魅了されている、この言葉は2人の本心ではない。

 頭ではそれは分かっています。


 でも

 でも


 憎らしげな顔でわたくしを睨んで、その言葉は言って欲しくなかった。

 息子には愛を、夫には信頼を、私なりに注いできたはずです。


 わたくしがあなた達に何をしたというの。


 わたくしのこころはかき乱され、いとも簡単に砕かれました。

 気付けば自然と、麻痺して呂律の回らない口からは嗚咽が漏れ、ぼろぼろと涙を流していました。


 人前で泣くことなど、結婚式でもなかったというのに。


「いけません、マリー」


 ふいに、聞き覚えのある声が聞こえました。

 わたくしを拘束した憎らしい男の声です。

 その男が言うにはわたくしを殺せば実家が黙ってない、時間稼ぎの為に暫く閉じ込めた後に地方に飛ばしてしまうべきだと。

 言っている事はそのとおりです、わたくしの首をギロチンで刎ねれば実家が黙ってはいないでしょう。

 そしてそれは間違いなく国を割る内戦の封切りでもあります。


 結果、マリーがフィルバドールの提案を受け入れ、わたくしとリンは貴族用の監獄に監禁されることとなりました。


 そしてわたくしとリンは犯罪者用の魔力封印の腕輪を装着され、そのまま同じ部屋に押し込まれました。

 こういうのは普通であれば共謀防止の為に分けるものなのに。


 そこまで考えが至らなかったのか

 何もできないと思っているのか

 わたくしのことなどどうでもよいのか


 答えは分かりません。


 監獄とはいえ貴族用ですので、ふかふかのベッドはありますしシャワーやトイレも備え付けられ、着替えもあります。

 衛生面で心が削られるということがないのは不幸中の幸いだったのかもしれません。


 そしてわたくしはリンにひたすら謝りました。

 わたくしと共に押し込められたということは辿る運命も同じという事。

 彼女は19歳の未婚で子供も産んでいません。

 そんな子を巻き込んでしまった。

 そう言うとリンは気にしていませんよ、と疲れたように笑い、こう言いました。


「放っておいたら、遅かれ早かれ私も操られていたと思いますから」


 そう、わたくしは惨めにも生き長らえた結果、この国の崩壊を見届けてから死ぬ事が決まってしまいました。

 あのまま首を刎ねられたほうが、魅了されたほうが何も苦しまず、考えずに死ねるだけマシだったのかもしれないと思うようになって。

 そんな事を考えていると拭っても拭っても涙が出てしまい、気丈にわたくしを励ましてくれるリンに顔向けできずそのまま泣き疲れて寝てしまいました。





「お二人共、監獄の中ではお暇でしょうから、と思いまして…」


 あの悪夢のような出来事の翌日、そう言ってわたくしを拘束したフィルバドールがまるで何事もなかったかのように、差し入れと称して分厚い本を2冊持ってきてそのまま格子扉の左下の食事口から差し込んできました。


「こんなもの…!」


 いけしゃあしゃあとしたその態度に、馬鹿にされている気がして。

 差し込んできた本を足で押し戻しました。

 そうこうしていると、わたくしの道を塞いだ時も、わたくしの処遇を話し合っているときもずっと人を馬鹿にしたような顔で笑っていた男が物凄く真剣な顔になって。

 わたくしはその変貌ぶりにあっけにとられて、そのまま本が部屋の中に蹴り込まれました。


「…ゆっくりと、読んで頂きたい、ゆっくりとね…時間はたっぷりあります」


 本を蹴り入れた後は、いつもの馬鹿にしたような笑顔に戻って。

 そう言って去っていきました。


 腹立たしいとは思いつつも、何もしないでいれば悪いことをどんどん考えて気が滅入ってしまう気がして、あの嫌な男に乗せられるのは癪に触りますが、リンと1冊ずつ分けて読むことにしました。


 中身は恋愛小説の短編集。

 わたくしも平民や下級貴族に生まれれば、こういう事があったのかもしれないな、と思いながらぼんやりと、読むというよりは眺めるようにぱらり、ぱらりと何の感銘もなく読み進めました。

 1/3ほど呼んだ頃でしょうか、ページをめくるとぱらりと何か、間に薄い紙が挟まっているのがわかりました。

 なにかしら、と思いわたくしはそれをちらりと眺めると、ぼんやりとしていた頭に電流が走りました。




『ティア王妃様 リン様 先日は私フィルバドール=エニュオが御身を傷つけたこと、並びに不遜な態度を取り、誠に申し訳ありません。

 御身を傷つけた罪、並びに現在犯してしまっている罪は全てを記録しており、全ての事態が終わった後に我が身を持って清算させて頂きます。


 私はマリーの魅了に対し抵抗に成功しておりますが、私が気付いた段階で既にバルムンク王が魅了されていた為魅了にかかったという体でハーレムに潜入し、内部から被害拡大の防止に尽力しております。


 私の調査により、サイオン王子とその周辺はまだ魅了されていない事が分かっており、現在は王子とマリーを接触させぬように動いています。

 我がエニュオ領の者も早々に王都から引き上げさせておりますので、御身を確実に保護することが可能です。


 マリーは私の見立てでは学がなく、浅はかで短慮な人間です。

 付け入る隙はいくらでもあります。

 ご家族があのような状態になってしまい心に対し甚大なる苦痛を受けているとは思いますが、気を強くお待ち下さい。


 私はあなたがたの味方です。



 この書類は読み終わった後にトイレに流すか、燭台で燃やすようお願いします』


 この手紙が本物で、彼が正気だという証拠はありません。

 私をぬか喜びさせ、奈落に落とす為の罠かもしれない。

 でもわたくしは。


 私はあなたがたの味方です。


 この言葉を見た時に、嬉しくて、不甲斐なくて、まだ助けてくれる人がいるんだっていろんな気持ちがないまぜになって。

 手紙を胸に抱いて号泣してしまいました。


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