第3話 やるだけやった男の告白(3/3)

「ミュレス嬢、行きましょうか」

「はい…ですがフィルバドール様、何故私がエニュオ領へ行くのですか?」

「マリーたってのお願いですので」

「マリー…そうね…私の可愛いマリーの…あれ?」

(そろそろか)


 魅了の魔眼の欠点の1つ。

 それは定期的に掛け直さなければ次第に効果が薄れ、最終的に魅了が解除されてしまう事。

 そしてマリーはそれを知らない。


(まあ、魔眼の解説本など限られた人間しか閲覧できんからな)


 魔眼はその特性と危険性の観点からその情報が市井の人間にほとんど公開されない。

 それでも魔眼持ちは体感的に分かってくるものではあるのだが、その分かりの筋をフィルバドールが予め交流させる人間を限定させて消し飛ばしたのだ。


(触れ合う人間を限定させれば、魔眼の欠点など意識しなくなる)


 そして魅了の魔眼の最大の欠点。

 それは魅了した人間の知能が著しく低下する事だ。

 魅了された人間は魅了した人間の事を第一に思い行動する。そして魅了が深まれば深まるほど、躊躇なくあらゆる手段を使うようになる。

 つまり、短慮的な行動を取りやすくなるのだ。

 当然ながら魅了した人間がやってと言えばその通りに行動はする、つまり魅了した側の知能がそのまま対象の行動に反映されるという事。


 仮に今目の前でフィルバドールを見送っているビリーが魅了されていなければ、この異常な状況に対し絶対に止めていただろう。

 なにせ護衛なし、馬車1つ、護送対象は拘束せず簡易的な馬車の檻に閉じ込めているだけという状況で輸送する。

 別に道中が危険というわけではない、野盗程度に襲われようがフィルバドール1人でどうとでもなる。

 だが要人護送としてはこの警備体制はあり得ない。

 これはまかり通るのはビリーがただ単にマリーに「見送ってきて」と言われただけだからに他ならない。

 見送るだけだから、他の事は気にならない、目に入らない。

 故に指摘もしない。


 そんなビリーに対しフィルバドールは哀れみの目を向ける。

 最初期からの取り巻きの人間の魅了深度は既に取り返しの付かない所まで来ている。

 今引き離したとしてももとに戻るかはわからない。

 聞けば彼の父も既にマリーと何度か面会をしているらしく、教会にもマリーの汚染が広がっているのは想像に難くない。


(とはいえ、僕1人では被害を減らす事しかできない)


 そう思い、ビリーの見送りを受けて馬車を駆り出発した。




「ティア王妃、今お時間よろしいでしょうか」

「はい」


 馬の手綱を握り、王都からエニュオ領への道中、この時初めてフィルバドールはティアと真に言葉を交わした。

 ティアの服装は王妃とは思えぬ程に質素なものであったが、その美しさは隠せるものではなく、そこそこのお金持ちの商家の一人娘といったいでたちが更に幼さを加速させ、十代の少女と言われても通るようなシルエットとなっていた。

 リンと並べば十人が十人ティアのほうが年下と見誤るだろう。


「向こうに着いたら、やっていただきたい事がいくつかございます」

「わたくしにできることでしたら、何でも」


 その声に少し熱が入っているのを、女性経験のないフィルバドールは気付かない。


「…そう難しい訳ではありません。恐らく僕と入れ違い…2日後か3日後に父が戻ってくるはずです、そこで父に洗いざらいを告白し、現王を打倒するようそそのかして欲しいのです」

「しかしそれは…」


 無理だ、とティアは思った。

 いかに辺境伯といえど現状の王都の軍備を抜けるような戦力はない。


「大丈夫です、暫くすればサイオン王子がある程度の兵力を率いて我が領を訪れます…そのように差配しましたので」

「サイオンが…?」

「はい、ですのでご安心いただければと思います…サイオン王子とティア王妃を御旗とすれば確実に父は乗ってきます…恐らく父は王との会談で頭に血が登っているでしょうし、ね…」

「…本来であればわたくしが貴方のように動いて処理すべき事態ですのに、本当に申し訳ありません」

「気にしないでください…と言っても無理ですよね、ご家族の問題ですし」


 少しの沈黙のあと、ティアが口を開く。


「何故、フィルバドール…フィル殿は自ら汚名を被ってでもこのようなことをされているのですか…?」


 ティアにとってこれは聞いておかねばならない事だった。

 蟄居中の手紙で彼が被害を抑えるためにサイオンや他の家臣に危害を加えた事は知っていた。

 形式上、貴族は王家に忠誠を誓っているとはいえ実情はそうでもないのが現実で、このような状況であれば国外へ脱出するなり如何様にもできたはずなのだ。


「まあ、できそうだったからですね」

「できそうだった?」

「はい、手紙で書いた通り最初にあの逆ハーレムに遭遇した時、こう思ったんですよ…この国詰んだなって」


 この国は詰んでる。

 分かってはいたが、あらためて言葉にされるとティアにとっては心に重くのしかかる一言であった。


「で、僕って自分で言うのもあれですが結構頭回るので…詰んだなって思ったと同時に、まだなんとかなるんじゃないか?とも思ったんです、正確にはサイオン王子とティア王妃がいればなんとかなるんじゃないか?と」


 実際、どちらかが既に魅了されていた場合フィルバドールは全てを投げうって家族ごと国外へ逃げる算段を立てていた。


「でまあ、弟と引き離しつつ調査するとお二人はまだ大丈夫そうだったので、これならいけるな、と…」

「そうだったのですね…」

「それと、もう1つ…一緒に乗っているミュレス嬢のフォローをお願いします…恐らく魅了がそろそろ切れて、混乱されると思うので…」

「わかりました」


 そこまで聞いたティアに、1つの疑念が浮かんだ。


「フィル殿…まさかとは思いますが、王都に戻るおつもりですか?」

「ええ、お三方を送ったらすぐに」

「何故です!?」

「なんで!?」


 ティアはおろか、会話を黙って聞いていたリンすら驚く。

 このまま辺境伯領に残り一緒に反旗を翻せば間違いなく彼は救国の英雄の1人になれるのだ、ここで王都へ戻ってしまえば待つのは逆賊として討たれる運命のみである。


「ティア王妃、今回のこのエニュオ領への移送…現王妃をお送りするのに使用人もつけず、護衛も僕1人どころか御者まで担当しています…どう考えたっておかしいですよね?」

「え、ええ…」

「今回のこの移送に関しては僕が提案したものですが、今の王宮の実権は全てマリーが握っています…全てにおいてです、つまり…」


 小さく息を吐いて、フィルバドールは続ける。


「正気の人間が1人も中枢に残っていないのです、ですから一事が万事、このようなとんでもないおかしな提案が通るのです」

「まさか…」


 ティアにはフィルバドールが紡ぐ二の句が分かってしまった。



「父と王子が意見を擦り合わせて王都へ来るまでにどんなに早くても30日から40日はかかるでしょう…マリーを裏切るのは最高のタイミングが今なのは理解しています、ここで裏切れば胸のすくような思いになるでしょう…ですが僕が今30日も城を空ければ、その前に国がどうにかなってしまいます…それは権力譲渡を目的とするのであれば絶対によくありません」

「そんな…そんなの…」


 ティアは両手を覆っておいおいと泣き始めた。

 このさきの彼の運命を考えれば、良いものには決してならないからだ。


「幸い僕には弟がいますので、もし僕に何かがあっても辺境伯領は安泰です、辺境伯嫡男として、生まれた時から国の仕組みに組み込まれている部品みたいなものですし立場における恩恵も受けています…何よりも」


 この仕事は僕にしかできませんから。

 全てを諦めたように声を出して笑いながら、フィルバドールはそう言った。


「…それと、この事は父にも、王子にも言わないで貰えると助かります、私を助けようとして余計な犠牲が出るのは避けたいですし、理由があったとはいえ僕はこの国におけるギロチン刑3回分ぐらいの罪は犯しているので」


 その言葉に対しティアは返事をせずしくしくと泣き続けるばかり。

 気まずいまま会話は終わり、その後何度か休憩で街に立ち寄るも一言も会話をせず、フィルバドールは何事もなくエニュオ領へ到着し困惑する家族に対し強引に3人を引き渡し、そのまま王都へ踵を返した。







「とまあ、そこから先日のように王子と父が王都に乗り込んで、制圧されて今こうなってる、って感じですね」

「なるほどな」

「…予測としては自分含めた取り巻きは突入時に全員殺されると思っていたのですがね」


 私なんかほら、魔法使いですし、とフィルバドールは意外だった、という顔で答える。


「辺境伯領で母と再会した時、私に泣きながらお前を助けてあげてくれ、と言われたからな。その時に今回の話も聞けばそりゃあ配慮ぐらいはする…あのように取り乱した母を見たのは初めてだった」

「…そこまでしていただける謂れはないと思うんですがね」

「お前は女心というのが欠片もわからんのだな」


 フィルバドールが漏らした言葉にサイオンは信じられんという顔でツッコミを入れる。


「まあ良い、とにかくだ…フィルバドール=エニュオ、自分でも告解しているように、お前の罪が非常に大きいのは事実、反面でお前の功績が同じく非常に大きいのも事実だ。そこらへんを加味して処分を下す故、沙汰を待つことだ」

「わかりました」

「後で医師も回すので治療をしてもらえ」


 そう言って去っていくサイオンを見送るフィルバドール。


「王妃様がそこまで取り乱すのは計算外だったなあ…」


 そう言いつつ、無理して姿勢を正していた体を労るために再び固い床に寝っ転がるのであった。



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