第2話 やるだけやった男の告白(2/3)

 マリーが王宮に居を移してしばらくすると、取り巻きごと学校に通わなくなった。

 もはや彼女には学校に行く意味がなかったからだ。

 当然ながらそう仕向けたのはフィルバドールに他ならない。

 そしてマリーは熟考した上での判断なのか何も考えていないのか、どんどん城内の人間を魅了、掌握を始めた。


 フィルバドールは被害を少しでも被害を減らすため、自ら率先してマリーの希望を叶えた。

 魅了される人間を少しでも減らすため、護衛の名目で魔法を行使し危害を加えてでもマリーに近づく人間を減らした。


 だが、それの効果のない人物も少なからず存在する。


「…わたくしは自らの夫と息子に話があるのです、通しなさい」

「誰も通すな、と厳命を受けております」

「わたくしの命令は戦時中以外は王である夫の命令と同等の価値を持ちます、我が国は今戦時中なのですか?」

(戦時中みたいなものなんだよね、残念ながら)


 そう心中でぼやくフィルバドールの前にいるのは国王の妻、つまり王妃。

 水色のウェーブのかかったロングヘアに低身長の割には出る所が出ているトランジスタグラマー。

 そして顔は目がぱっちりとした異常なまでの童顔であり、やや老け顔のフィルバドールと並ぶと年下にしか見えないほど。

 こんななりで2人の子を産んだ33歳とはとても思えない女性がティア王妃である。

 そしてその横に仕えるのが1年前からティア王妃の護衛を務めているフィルバドールと同級生のリン。

 リンは黒髪のボブショートで服はメイド服ではあるが所々に動きやすい改造が施されており、見る人が見れば明らかに殺る気の人間だというのが分かるつくりになっている。

 そしてその女性としてはかなりの長身と狐のようなすらっとした顔で学園在籍時から男性人気が高かった。

 今は主人の手前何も喋らず後ろに控えているが、明らかな殺気をフィルバドールに向けている。


「もう一度言います。道を開けなさい、貴方にわたくしの前を塞ぐ権利はありません」

「…わかりました」


 フィルバドールが大人しく引き下がったのには後ろに控えているリンが恐ろしかったのもあるが、ティア王妃はこの国で一番の魔法使い、つまりマリーの魔眼に抵抗できる人間というのがあったのだ。




「そこだ、最初から母に協力を依頼すればよかったのではないか?」

「私にはティア王妃と王や王子を介さず繋がれるようなコネはありませんでしたし、最悪ティア王妃が隙を突かれて既に魅了されている可能性を考えるととてもそんな危ない橋を渡ることはできませんでした」

「それこそ私にだって声を掛ければよかったはずだが」

「…サイオン王子、いくら辺境伯の息子とはいえ、今まで接点の無かった人間に貴方の父君と兄上が魅了されている、と言われてそのまま信じる事ができますか?」

「…難しかっただろうな」

「でしょう?魅了の魔眼は証拠もありませんし、確認するといってサイオン王子が魅了にやられては本末転倒です。それに、仮に私が協力を依頼したとして、近衛兵の大半がマリーに抑えられていた状況では僕単独で動かせる戦力ではとても勝つ事はできませんでした」

「…続けてくれ」





 王城の謁見用の玉座の間、そこで男を侍らせながら玉座にふんぞり返ったマリーとティアとリンが対峙していた。


「カストル様のお母様ですね!はじめまして!マリーと…」


 そうマリーが言うか言わずかのタイミングでティアの右手から火球が発射されるも、バルムンクの防御壁で阻まれる。


「…ティアよ、いきなり無礼ではないか」


 ティアがバルムンクを睨みつけ、はあ、と心底呆れたようなため息を付いた。


「わたくしは貴方の名前は知っていますし、貴方が何をしようとしているかは今わかりました…我が夫と息子ながら情けない、末代までの恥と知りなさい」


 言われた2人はピンと来てない、それどころかいきなり攻撃してきた母親に困惑している。


「???お母様…よく意味が…」


 あくまでも意味がわからない、というふうにふるまうマリー。


「貴方にお母様などと呼ばれる筋合いはありませんよ、『魔眼持ち』」

「!!みんな、私を守って!」


 その言葉を聞いた瞬間、マリーの目が据わり、憎しみを顕にしてティアを睨みつける。


「リン、私が許可します、やりなさい!」


 この国で一番、戦いとは無縁な場所であるはずの玉座の前で争いが起こった。

 王を含めた取り巻きが全力でマリーを守り、近衛兵15名がティアとリンに対して鞘に収めたままの剣で攻撃を行う。



 魔法使いがいかに強いといえど、王を守るために魔法に抵抗のある鎧を装備した近衛兵に対して近距離では分が悪い。

 そして崩落することを考えると大技も使えず、徐々に徐々に疲弊して追い詰められていく2人。

 そして戦いが始まって6分も経過したころ。


「あ」


 ばちり。

 という音と共にティアが前のめりに倒れる。

 気配を消して後ろから機を伺っていたフィルバドールの放った雷球がティアの背中を捉え、麻痺させたのだ。


「フィル!貴様…くっ!」


 倒れたティアに気を取られたリンが近衛兵の鞘付きの剣による打撃を受け、そのままの勢いで転がってフィルバドールの近くに倒れ込む。


「…しばらく大人しくしててくれ」


 そう言うとリンにも雷球を放ち、そのまま麻痺させる。


「わぁ!ありがとう皆!」


 破顔し、皆にお礼を言って回るマリー。


「ありがとうね!フィル!」

「いえ、マリーが無事で何よりです」


 心にもない、何十回何百回と言った言葉を口から出力するフィルバドール。


「うむ、そうだな…して、この2人をどうするか」


 バルムンクの妻に掛ける言葉とは思えないほどに興味がなさそうな発言に対し静かな絶望を覚えるフィルバドール。


「父上と、更にマリーにまで魔法を放つとは我が母ながら許せませぬ、ギロチンによる処刑が妥当でしょう」

「うむ…」


 さも、当然だという風に極刑を口にする親子。

 それを聞いたティアは麻痺して倒れこんでいる状態ではらはらと目から涙を流している。

 しかしレオスとビリーはあまり乗り気ではないようだ。


(あの2人は多分ヤッたな…)


 フィルバドールの仮説は当たっている。

 マリーは既にバルムンクとカストルの2人と肉体関係を結んでいたのだ。

 魅了はその人と親密になればなるほど効果が増す為、相手の魅了深度を上げるには男女問わずヤッてしまうのが手っ取り早い。


「…うん…可哀そうだけど…また同じことをされるかもしれないし…」

「いけません、マリー」

「フィル…?」


 マリーが2人をあたかもやむなく対処する、といったていで処刑しようとしたのをフィルバドールが制止する。


「殺してはなりません、この2人…特にティア王妃の実家は南部で非常に強い権力を持っています、例え御身が襲われたとはいえ殺してしまえば南部は間違いなく黙ってはいないでしょう…リンの実家もそうです。彼女の実家は騎士団に強い影響力を持っています」

「…どうすれば良いの?」

「簡単な話です」


 話しながら移動し、マリーの前に進み出るフィルバドールに対し不安になったのか、すがるようにして見上げるマリー。


「力を封印し、しばらく城内で蟄居させその後心労のため辺境へ療養、という形で送り込めば良いのです、要は力を振るえぬ状態と場所に押し込めてしまえば良い…そうですね。我が領地にでも送れば良いでしょう。お二人の出身とは全く別の地域ですので知己の者もいらっしゃらないでしょうし」

「しかし、王妃の蟄居の話は隠しきれるものではありません、始まってしまえばすぐに漏れてしまうでしょう、その場合南部が行動に移す可能性があるのでは?」

 ビリーの指摘に対し、フィルバドールはにっこりと笑って答える。


「ようは時間稼ぎが出来ればよいのです、気づかれる前に南部や騎士団とマリー様が交流し、親睦を深めれば良いのです」

「なるほど…うん!フィルにお任せするわ!」

「ありがたき幸せ、マリーの為に役目を全うさせて頂きます」


 何百回とやった大げさなモーションで膝を付いて臣下の礼を取るフィルバドール。

 その顔には仮面のような笑顔が張り付いていた。







「わたくしに何用ですか」


 監獄、と言うには綺麗過ぎるティアとリンの2人が監禁されている蟄居部屋にフィルバドールは訪れていた。

 リンは無言でこちらを射殺すような目で睨み、ティアは気丈に振る舞っているものの、目の下には薄く隈ができ目は赤く目端に涙の後が痛々しく残ってる。


(申し訳ない)


 そう思いつつも本題に入る。


「お二人共、監獄の中ではお暇でしょうから、と思いまして…」


 フィンバドールがドアの下から差し入れたのは2冊の分厚い娯楽本。

 娯楽本といっても下世話なものではなく、貴族用の格調高いものだ。


「こんなもの…!」


 ティアが足で蹴り出そうとするも、フィンバドールも足に力を入れ蹴り戻す。

 扉の格子越しに今まで見たことがないような必死な顔のフィンバドールを見てティアは一瞬、あっけに取られそのまま2冊の本は監獄の中へ放り込まれた。


「…ゆっくりと、読んで頂きたい、ゆっくりとね…時間はたっぷりあります」






「…そこで母とリンはお前の真意を知るわけだな」

「王妃様はこの国一番の魔法使いです、マリーの性格からしてできる限り早く無力化して引き離さなければまずいという判断と…王妃様には計画を知っておいてもらわなければならなかったのです」

「魅了が効かない訳だからな」

「力を封印してしまった以上、マリーが監獄に来て魅了をかけてしまう可能性もありましたが…そこは彼女の浅慮に賭けるしかなかったですね」

「なるほどな…」

「弟と妹の為でもありますけどね、全て片付いた後に復学させてもらえればなあ…という下世話な読みもありました」


 ははは、とフィンバドールは苦笑する。


「…そろそろ私が出てくる頃か」

「ええ」







「そこをのけ」

「申し訳ありません、誰も通すな、と王より厳命を受けております」

「母上について問いただすのだ、これは家族の問題であり王権とは関係のない事だ」

「…王より誰も通すな、と厳命を受けております、例えサイオン王子でも通す事はできません」


 サイオンは2ヶ月ほど実績作りのための出征に出ていた。

 その上でフィルバドールには明確に劣るが、マリーの魅了をギリギリ防御できるぐらいの魔法使いでもあった。


「どうしても、t」


 言葉を言い終わる前に腹にモロにフィルバドールの放った風弾を受け、長い通路を吹っ飛ぶサイオン。

 なんということはない、サイオンが「どうしても」と言った直後に超高速で詠唱を行い、風弾を出そうとしたのを更にそれを上回る速度でフィルバドールが詠唱し、先にふっとばしたのだ。


「フィルバドール!貴様!」


 剣を抜き切りかかってくる側仕えにも同じように風弾を腹に当て、サイオン隣に吹っ飛ばす。


「…学園にお帰りください、サイオン王子」


 そう言い、いつもマリーに見せる張り付いた笑顔で一礼した。







「来ましたか」


 1日に1回、監視という名目で蟄居部屋へ通うフィルバドール。

 真意を知った今となってはティアもリンも口には出さないが気取られない程度には好意的な態度を示している。


「ありがとうございます、とても楽しく拝見させていただきました」

「それはどうも、次はこちらをお読みください」


 この1日、または2日に1回の本のやりとりが3人を繋いでいる。

 ごく薄い紙に今後の予定や現状などを書いたものを本に挟み、それを2人に渡す。

 とはいえ1日1回の頻度であると、書くことがない時もある。

 そんな時は軽い雑談や励ましの言葉を交えて少しでも気晴らしになるように配慮をしていた。

 当然、読み終わったら夜に燭台かトイレへ捨ててくれ、と最後に書くのを忘れてはいない。

 蟄居部屋には文房具がない為、向こうからの返信はない。

 だが反応を見る限り2人は喜んでくれているとはずだ、とフィルバドールは思っている。


「近日中に我が領へご案内することが決まりましたので準備をお願いします」

「そう、ですか」

「…ご安心を、私が付いて行きますし、お二人共ご一緒にご案内させていただきます…それともう1人、送る相手もいますので」


 そう言って足早にその場を後にするフィルバドールを、ティアは熱の籠もった目で見送っていた。





「マリー、手はず通りお二人を我が領へお連れし療養していただく準備が整いました。後はマリーのゴーサインが出れば私が責任を持って実行させていただきます」

「分かったわ…ではフィル、『鍵』」を」

「はい、こちらに」



 つい3ヶ月前までただの平民だった小娘が、立派に「人を使う」人間に成長している。

 取り巻きの人数も増え内務を預かる人間は半分以上骨抜きにされている。

 フィルバドール以外の取り巻きを誑かし、咥えこんだ事も要因の1つであろう。

 立場が人を作るとはよく言ったものだ、とフィルバドールは思わず感じ入りながら鍵を渡す


「カストル、確認をお願い」

「ああ」


 いつの間にかフィルバドールの事も、バルムンク王の事も、カストルの事も呼び捨てで呼ぶようになっていた。


「確認した。問題ない」

「ありがとう、ではフィル、お二人のことをよしなにお願いね」


 この鍵というのはティアとリンの枷の鍵だ。

 自らが預かるのは万が一の事を恐れての事だろう。

 吹き込まれたのか自分で考えたのかは知らないが、多少は知恵が回るようになったようだ。


「それともう1人、同じく私の領に連れて行きたい方がいるのですが」

「あら、だあれ?」

「…ミュレス伯爵令嬢です」

「ああ…」

「失礼ながら言わせていただきますが、正直な所マリーはミュレス嬢を持て余しているのではないですか?」

「…」


 これは事実である。

 マリーはミュレスの事を嫌いではない。

 むしろ好きなのだ。

 だが対外的にはミュレスはカストルの婚約者であり、次期王妃である。

 その立場と状況は面白くない。

 とはいえ婚約破棄、というのもミュレスが可哀想でできない。

 だけど処分するなんてのももってのほか…。

 そういう気持ちが綯い交ぜになって、ここ最近は意図的に一緒にいる回数を減らしているのだ。


「別に難しく考える必要はありません、お二人と同じように心身を病み療養…としてもらえれば良いのです…回復までに1年や2年かかる、となれば王宮としても婚約を解消せざるを得ません」

「…」

「本来であれば本家に戻すのが筋ですが環境が少しでも良いところへ…とでっちあげてなんのかんの理由を付けて引き渡しを伸ばせば良い…その後、婚約が解消されたら改めて王都に戻してマリーのお気に入りとして側仕えさせれば良いのです、難しく考える必要はありません」

「…やっぱり貴方って頼りになるわ、フィル」

「ありがたき幸せ」


 幾度となくこなした大げさなモーションで膝を付いて臣下の礼を取る。

 そしてこの話を持ちかけて確信した。

 こんなガバガバな計画に簡単に乗っかってくるのであればこの女の根っこは浅はかなままだと。



「そして王よ、それに付随して2点、やっていただきたい事がございます」

「む?なんだ?」


 マリーの腕を取りマッサージをしていたバルムンクに声を掛ける。


「まず第一にサイオン王子を領地点検の名目で王都から1ヶ月から2ヶ月ほど離して頂きたいのです」

「その理由は?」

「サイオン第二王子は報告の通り我らに対し敵愾心を持っています、現状ではおとなしくしていますが、いつ牙を剥くかわかりません、ですが処分する訳にもいきません」


 マリーも、バルムンクも、カストルも大きく頷く。

 お前らの息子と弟の話だぞ、と心底呆れつつもフィルバドールはそのまま続ける。


「ですので、サイオン王子には行軍演習など…名目はなんでも良いです、ここにリストアップした部隊を率いて王都から引き離すのです」

「そしてその間にこの城を完全に掌握する…という事かしら?」

「そのとおりです、マリー」

「いいわ、やりましょう。いい加減じわじわとやるのも飽きちゃったのよね」

「一度完全に掌握してしまえば、第二王子は城にすら入れなくなります。そうすれば我々を邪魔するものは誰もいません」

「バルムンク、承認をお願いね」

「分かった、愛するマリーよ」

「それももう1つ…我が父であるバトラス=エニュオの事です」

「お父上?」

「はい、今は王のおかげでなんとかなっていますが、そろそろ限界が来ています…これ以上音信不通になるようであれば父は自ら乗り込んでくるでしょう」

「そうよね、トーマスに大怪我させちゃったのだものね」

「我が愛しきマリーの為とはいえ、いささかやりすぎた感は否めません」

「あらまあ、上手ね」

「いえ、心からの言葉でございます」


 マリーに対し小さく礼をして話を続ける。


「確かとてもお強い方なのですよね?」

「ええ、身内自慢となってしまいますが…」

「それで、私は何をすれば良いのだ?」

「簡単な話です、父を王都へ呼んでほしいのです」

「ここへ?」

「はい、我が領地とはいえ、父が残っていれば3人を預けれるかどうかもわかりません」

「一度留守にさせて入れ違いに預ける、という訳だな」

「そのとおりです、王よ」

「それで私も謁見に同席して仲良くすれば良いのね?」

「いえ、マリーは御身の為にも会わない方が良いかと存じます」

「どうして?」

「理由は分かりませんが、マリーは近しい我ら以外の魔法使いがあまり好きではない様子」

「え、ええ…」


 目に見えてマリーのテンションが落ち、声のトーンも下がる。


「我が父バトラスは私を上回る強さの魔法使いです、マリーとはあまり相性が良くはないのではないか…と具申させていただきます」

「そ、そうね…バルムンクにお任せしちゃおうかしら」

「それがよろしいかと」

「うむ、委細承知した」


 自信満々に、何も確認せず、細部を詰めずに了承した国王に対し、フィルバドールは哀れみの視線を送った。

 マリーが来る前までは自分の書類に沢山ダメ出しをしてくれた男だったのに、と。

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