やるだけやった男の話  ~平民の娘に国王ごと魅了された国をなんとか立て直す~

@ringegge

第1話 やるだけやった男の告白(1/3)

一応恋愛と銘打ってますが、出てくるのは結構後の方になります。

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 小窓からのわずかな月明かりだけが照らす牢屋の中で、金髪の男は大の字に寝転んでいた。


「…やるだけはやったな」


 男はそう呟く。

 その男は満身創痍であった。


 右目には青いあざができ、体中に打撲痕に擦り傷、右足は折れているのを乱暴に添え木で固定されている。


 国の第一王子がひょんなことから出会った商人の娘マリーに一目惚れし、真実の愛に目覚めた。

 庶民の読むような恋愛小説に良くあるありきたりな話だ。


 恋愛小説と違ったのは、第一王子ばかりか本来であれば諌めなければならない乳母兄弟、枢機卿の息子、将軍の息子、辺境伯の跡取り息子、更には国王までもが「真実の愛」に目覚めてしまったのだ。


 そしてこの牢屋でボロボロの、満身創痍の状態で横たわっている男の名はフィルバドール=エニュオ。

 19歳の辺境伯の跡取り息子であり、優秀な魔法使いであり、自らババを引きに行った男である。






「これより本日の尋問を行う」

「…よろしくお願いします」


 フィルバドールはそう言い、痛む体を引きずって座ったまま姿勢を正して格子越しにいる人間に頭を下げる。

 体は痛むが起き上がらない訳にもいかない。

 なにせ尋問の相手は弱冠15歳ながら現状この国のトップである第二王子サイオンなのだ。


 この牢屋に入れられてから毎日毎日、何度も行われている尋問。

 その質問内容は一字一句変わらず、不審に思いながらも同じように答えていた。

 だが今日は最初から様相が違っていた。


「…マリーが行使していたのは天然の魅了の魔眼であることが判明した」

「…!」


 魔眼とは、呪文によって行使を行う魔法とは違い、視線と意識を向けるだけで自動発動できる非常に凶悪なものだ。

 反面、詠唱する文言を変えれば別の効果が発揮できる魔法とは違い、ただ1つの効果しか行使できない。

 そして魅了の魔眼は魔眼の中でも最重要のものと位置付けられ、顕現した場合必ず国への申請が必要となる。

 なにせ、魅了は魔法では行使できないからだ。



「魅了の魔眼はここ200年この一帯では顕現していなかった、だからこそ発見が遅れ、取り返しの付かない事態になってしまった」

「…私もそれに操られていたのですね」


 フィルバドールのその言葉にサイオンはハッと吐き捨てる。


「良く言う。フィル、お前は最初から魅了になんぞかかっていなかっただろう」


 サイオンは笑いながら、しかし確かな怒気を交えてそう断言した。


「…」


 黙りこくるフィルバドールに、サイオンは更に続ける。


「…お前以外の取り巻きだった連中にも同じ尋問をこの1週間毎日繰り返し行っている。そいつらが何を言っているかお前は分かるか?」

「存じません」

「マリーに会わせてくれ、ただそれだけ、何を聞いてもそれだ。目の焦点も合っていない。まともな精神状態ではない。だがお前だけはおれの目を見ておれの質問にちゃんと答えた」


 それにだ、とサイオンは言い、懐から1枚の羊皮紙を取り出し、フィルバドールに見せる。


「我が母からの嘆願書だ。『我が王家の恥を雪ぐ為自ら死地に赴いたエニュオ家の嫡男をどうか減刑してほしい』とな。騎士団からの連名での助命嘆願もあるぞ」

「…」

「母やリンから全て聞いたのだ、今更取り繕う意味もないだろう。それにだ…父や兄に何があったかは最早お前に聞くしかないのだ」


 サイオンは少し顔を落としながらそう呟いた。


「…わかりました」


 一言。

 そう言ってフィルバドールは語り始めた。







 きっかけは弟の異変であった。

 エニュオ家には子供が3人おり、長男であるフィルバドールの下に妹と弟が1人ずついる。

 フィルバドールは既に学園を卒業し王都内で跡継ぎとなるために王宮に出入りをして辺境と王都を繋ぐ連絡役として忙しく暮らしていた。

連絡役といっても簡単な仕事ではない。

父や国からの要望をフィルバドールが全てまとめなければならないし、半端な出来なものを持っていけば父から、財務方から、はたまた国王からとんでもない勢いでダメ出しが飛んでくる。

その上で魔法使いとしての仕事もあるのだ、次期辺境伯が内定しているとはいえ、忙しすぎて婚約者どころか女性と付き合ったこともない始末だ。



 ある日学園から帰ってきた妹が半泣きになりながらフィルバドールに「弟がおかしい、お兄ちゃん助けて」と訴えて来た。

 特待生枠で入ってきた平民に入れ込みすぎていると。

 学生時代の惚れた腫れたなど、ほうっておけば良いと思っていたフィルバドールだったが、妹が怯えを見せるほど訴えてくるなどそうそうない事であったから、こっそりと学園に様子を見に行くことにした。




「マリー、私はお前の為ならばどんな事でもしよう」

「マリー、俺はお前を一生守る」

「マリー、喉は渇いていないかい?」

「マリー、僕は君に一生の愛を捧げるよ」


 昼時を狙い学園を訪問したフィルバドールの目に、マリーと呼ばれている娘が第一王子カストルやその乳母兄であるレオス、枢機卿の息子であるビリー、更にフィルバドールの弟であるトーマスをカフェテラスで傅かせいわゆる逆ハーレム状態になっている異様な光景が広がっていた。


「なんだこりゃあ、どうなってるんだ…?」


 フィルバドールは思わずそう漏らす程にただひたすらに困惑した。

 うちのトーマスと枢機卿の息子であるビリー、乳母兄のレオスには婚約者がいないからまだ良い。

 だが第一王子には婚約者がいたはずだ。

 こんな事をして良い訳がない。

 そう思っているとフィルバドールの目に第一王子の婚約者であるキトラ伯爵家のミュレス嬢が目に入る。

 だが彼女の様子もおかしい、ミュレス嬢は温和な性格で知られているが、伯爵令嬢であるからしてあんな光景を見せられたら流石に注意ぐらいはするはずだ。

 だが彼女は1人で逆ハーレムを眺めながらニコニコと笑って食事をしている。

 何がなんだかわからない。

 困惑しっぱなしのフィルバドールはまずミュレス嬢に声をかけることとした



「ミュレス伯爵令嬢、少しよろしいでしょうか」

「貴方は…トーマス君の兄君ですね、何故ここに?」

「少し用事がありまして…それはさておき、ミュレス嬢、カストル様は何処へ?」

「それでしたらそちら、マリーさんの所へいらっしゃいますわ」


 さも当然、といった口ぶりで右手を逆ハーレム空間へ向ける。


「カストル様は貴方の婚約者でしょう、よろしいのですか?」


 その態度に少し苛ついたフィルバドールは強めに詰問をする。


「んー…マリーさんは私の妹のようなものですし…妹は婚約者よりも大事ですので…問題ないのではないでしょうか」


 フィルバドールの言葉にミュレスは少しだけ考え、こう言った。

 それを聞いたフィルバドールは瞬時に戦闘態勢に入る。

 フィルバドールは19歳という若さでありながら王国の中でもトップレベルの魔法使いであり、その魔法使いとしての経験と勘から、国の中核に近い人間が魅了か、洗脳をされている、と認識したからだ。

 起点はほぼ確実にマリーであり、例え大きな騒ぎになろうが殺してしまうしかない。

 そう思い極小の氷の刃を創造する魔法を小声で詠唱し、左手の掌に握り込んでマリーに対し投擲しようとした瞬間。


「やあマリー、元気かい?」

「王様!来てくださったんですね!」


 フィルバドールに絶望を突きつける声が聞こえてきた。

 振り向けば、この国の王であるバルムンクが近衛兵を連れてわざわざ学園に来ているのだ。


「ああ可愛いマリーよ、君の為ならば毎日でも通おう…そうだ、いっそ王宮で暮らさないかい?通学も楽になるであろう」

「良いのですか!?」


 マリーは愛らしく、同時にわざとらしく大げさに喜ぶ。


「父上、それは名案です!」

「マリーの安全も保たれます」


 口々に賛意を示す取り巻きに、ニコニコと笑いながらそれを眺めているミュレス、この状況に何も口を挟まない近衛兵。

 それを遠巻きに気味悪そうに見つめる一般生徒。

 フィルバドールは悟った。


 国の中枢は既に侵され切っている、と。







「…兄やレオスが入れ込んでる女性がいるというのは聞いていた、婚約者であるミュレス姉さんが問題にしていない様子であったから放置していたがその頃から父も影響下だったとは…」

「明らかに異常な光景でしたが他の生徒も流石に国王と次期国王のやることに口出しもできなかったのでしょうね」

「学園の教師や一部生徒も魅了されていたのが確認されている、口止めの意味もあったのだろうな」

「その状態では私もマリーを殺す事はできず、しばらく様子を見るしか有りませんでした、そして…」






 そこからフィルバドールは足繁く学園に通った。

 学園に通い、トーマスに目を覚ますよう、ここから抜けるように何度も声を掛けた。

 そんな事をしていればマリーは当然、面白くはない。

 2回目に訪ねた時にはマリーのほうから接触をしてきた。


「トーマスくんのお兄様ですね!私、マリーと申します!よろしくお願いします!」

「ああ…よろしく」

「トーマスくんやお兄様に私、なにかご迷惑をおかけましたか?」

「…彼はまだ学生の身であるし、君とは身分も違う。このような事をしていては他のものに示しがつかない」

「そういう事ならば大丈夫です!バルムンクさまがなんとかしてくれますから!」

「うむ、心配すべきことではない」


 小柄なマリーを膝上に載せたバルムンク王がうむうむ、と頷く。


「ですが…」

「そんなにご迷惑…ですか?」


 マリーが目を潤ませてフィルバドールの顔を覗き込む。


(魔眼か、厄介な)


 フィルバドールは心のなかでそう吐き捨てた。

 フィルバドールは魔法に精通しているからして、魔眼への抵抗も容易い。


(しかし規格外の出力だ。ある程度魔法の使えるミュレス嬢の防御がぶち抜かれるのも当然か)


 魔眼の出力はその人の魔力量に比例する。

 恐らく国内でこの魔眼を防げるのはフィルバドールを含めて3人か4人。

 その限られた人間もこの女の前で気を抜けば魅了されてしまうだろう。



「いえ…私としてはあくまで一般論として…」

「私のおともだちにはミュレス姉さまもいます!みんなで力を合わせればなんとかなります!」


 フィルバドールの目を見てマリーが更に力説する。


「…今日の所は王の許可も出ている事ですし、帰らせて頂きます…」

「はい!また来てくださいね!」


 こうやってフィルバドールはマリーと都度接触し、魔法の習熟度を確認していた。

 これで魔眼の扱いに長けていれば「魔眼は効かない」と判断して王を経由して自分を殺しにくるに違いない。

 だが何度か通ってもそんな気配はなかった。

 マリーが魔法にあまり詳しくない、そう判断したフィルバドールは足繁く学園へ通い小競り合いを繰り返し、徐々に意見をマリー寄りにシフトさせ、あたかも徐々に魔眼に魅せられているかのような演出を取った。






「お兄ちゃんやめて!トーマスが死んじゃうよ!」

「うぐ…」

「何度言えば分かるのだ。トーマス、お前は弱い。お前はマリーにふさわしくない」


 その結果がこれだ。

 王都のエニュオ家の屋敷の中庭にて、辺境伯の子である兄と弟が商人の娘を取り合い殺し合い一歩手前の喧嘩を行う。

 他人が聞けばさぞかし滑稽で笑いを誘う話である。

 そしてその実力差は歴然としており、かたやフィルバドールは無傷。かたやトーマスは体中に裂傷を作り、両足の骨は折れ気を失っている。

 そして妹のマーヤはそんなトーマスを覆いかぶさるようにしてフィルバドールの前に立ち弟を守っている。


「お兄ちゃん!なんで!?なんで平民の女なんかのためにこんな事をするの!?」

「トーマスには彼女は相応しくない、彼女の隣には僕こそ相応しい、ただそれだけさ」


 当然、フィルバドールはそのような事は欠片も思っていない。


「おかしいよ!お兄ちゃんも!トーマスも!なんで!?なんで!?」

「…トーマス、お前はもう学校に来なくても良い。マーヤもだ」

「!?」

「お前たち2人は邪魔だ、既に退学手続きは取っている。エニュオ領へ帰るが良い」

「な、なんで…そこまで…お兄ちゃん…優しかったのに…」


 マーヤはぼろぼろと涙を流しながら変貌してしまった兄に絶望した様子で呟くように問いかける。


「もう一度言う、邪魔だ。既に馬車も用意してある、それで帰れ」


 そう言い捨て、自らの進退を掛けてでも俺を止めようとする使用人や執事を振り切り、フィルバドールは無理やり2人を領地に帰らせた。




「…フィルさん、ここ2.3日トーマスくんを見ないけど…なにかあったのですか?」


 ここ数日姿の見えぬトーマスを心から心配したのか、魅了が解けたのか心配していたのか、どちらの考えだったのかはわからないが、マリーが不安そうにフィルバドールに声を掛けてきた。


「あれは領に返しました、マリーの近くにいるには資格が足りない男でしたので」

「そんな…」

「これからは私が代わってマリーをお守りします、私にはその力があります、貴方の敵を我が魔法で粉砕せしめましょう」


 大げさに、芝居っぽく、演劇の主人公が姫に忠誠を誓うように。

 フィルバドールは自分を殺してマリーに傅いた。


 マリーはそれを見て満足そうな笑みを浮かべてこう言った。


「…よろしくお願いします、フィル様」


 それ以降マリーがトーマスの事に触れる事はなかった。

 まるで最初からいなかったかのように。




「…弟に怪我を負わせて心苦しく…いや、やめよう」


 サイオンは話を切った。

 理由は明白、フィルバドールの顔が苦渋に満ちていたからである。

 好き好んで肉親を痛めつける事を苦しく思わないものなどそういない。


「何故弟と妹を退学に?」

「…腐ってもあの2人は辺境伯の子息子女です、あのまま通学していれば2人は魅了され利用されるだけ利用されていたでしょう、そんな事になるのであれば学校なんぞ辞めたほうがマシです」

「しかしそうなれば辺境伯の知ることとなるだろう、それは良かったのか?」

「ええ、何せその時僕のバックには王と王子がいましたからね…何を言われようとなんとでもなりましたよ…それに父には僕や王家に対して不信感を持ってほしかったのです」

「不信感を?」

「ええ、既に王が掌握されている以上は放っておけば近い領のトップから順番に骨抜きにされていたでしょうからね、それに…」

「それに?」

「サイオン様だって城を追い出された時に最終的にうちの領に駆け込んだでしょう?」

「ああ、そう…だな」

「そういうことです、王子の軍勢とうちの家の軍勢をまとめたかったんです」



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恋愛ではありませんが、連載中の作品もよろしければ見ていってください。


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