第64話 湖底


僕はすぐにでも小夜子を抱きしめたかった。


小夜子の心の傷を、交代人格としての犠牲者、たったひとりのイマジナリーフレンドであった僕が抱きしめてあげたかった。


「ここはあの湖の底なの」


 


それは僕にもわかっていた。


つらい記億も、おぞましい事実も、ありきたりな日常も封印する、湖の底。


その湖の底に沈められたのなら僕は永遠に出られないのかもしれない。



小夜子と一緒に死ぬのかもしれない。


小夜子だけは救わねば。


小夜子だけは地上の世界へ歩きださなければ。



僕が最初に処刑された浮き島がある、因縁の湖の底で僕らは何かを求めている。



「ここであなたと一生過ごせたら……」


「ダメだよ。ここに住むのは僕だけだ。小夜子は上へ上がって生き伸びなければならない。小夜子は日向の世界の方が似合っているんだから。僕はここで眠る。眠りつかなくちゃいけないのは僕だけだ」


「だって、私は怖いものの。外の世界がとても怖いもの」

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