第13話 不快な記憶の湖沼


 僕はすぐさま日記を破いてゴミ箱に捨てるとナイフを研いだ。


 年季の入ったナイフはまだ切れ味が抜群で、清々しいほど美しい。


 死の粛清のためにもこれ以上にふさわしい至極品はないと思った。


――お父様か、あの医者か、どちらを先に葬るか迷う。


 僕の傷心でもある、お父様との秘密。


 あれほどの肌の触れ合いはないに違いない。


 男の僕が反応し、一瞬だけ快楽が芽生えたのだから、禁断の味というのは奥が深い。


 だが、小夜子のためを思うと強い怒りが芽生え、僕は椅子を蹴とばした。


 部屋にあったぬいぐるみを千切り、机を叩き、窓硝子を割り、しまいには部屋にあった大きな硝子の彫刻を床に叩きつけ、僕は叫んだ。


 誰かが二階へと上がる音がした。


 僕は慎重に椅子を片付けた。


 重々しくドアが開くと中年の女が息を切らしながら僕を見つめる。



「小夜子、入院しよう。お母さんも覚悟するから」


 僕は黙って対応した。



「お母さんね、世間体を気にして小夜子を今まで病院に行かさなかったけど、それはごめんね、本当にごめんね。このままじゃ、小夜子がもっとおかしくなってしまう。本当の小夜子はもっと優しい子だったのに。今から磯崎先生のところへ行こう。それとも、とんぷくを飲む? 楽になるよ。小夜子が一番つらいのは一番母さんがわかっているんだから」


 僕は、はい、とも、いいえ、とも言わなかった。


 また小うるさい女がやってきた。


 


 とにかく不快だった。


 小夜子が一番女の中ではこの女を嫌うのはわかっている。


 娘が犯されているのに全く気づこうとしなかった最低な女、母親の皮をかぶった偽善者。


 今さらなんだって言うんだ。


 だったら、小夜子が小さいときに手を差し伸べば良かったんじゃないか。


 僕は無言のまま、部屋を出ようとした。


 そのとき、女が僕の手を掴んだ。


 僕は阻まれ、身動きがとれなくなる。


「小夜子……、待ちなさい。そこにいるのは真一君よね?」


 

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